誰かと重ねたら心がまもられるかもしれないの

私に叔父がいた。
いたという言い方だともう亡くなってると勘違いされがちだけどそうじゃない。
母さんからこっそり聞いたのは、なんでも名の知れた指定敵団体に所属しているから連絡がとれないんだと。
叔父に似た個性の私はよく叔父から個性の使い方に気をつけるように言われていた。
叔父は結晶を生成する個性だったけど、生成されたそれは本物には程遠く、利用だけされて痛い目にあったのだと。
私の個性で生成するものは本物だから叔父と比べれば比較的手厚く扱われるけれど、できればそんな薄暗い世界には決して入るなと、小さな頃から言い聞かされていた。
大きな手は結晶がなくてもごつくて、でも優しかったから叔父のことは今でも大好きだ。
──そんな叔父に申し訳ないなと、心から思う。
あの人の気まぐれでたまにあの人の部下の人たちとテレビのある部屋でぼーっとすることはあるけど、その度にニュースの端っこに私の名前と写真や行方不明になった経緯とかが報道されるのがなかなか心にくる。
あとはそうだな、あの人が私を監禁してる部屋に長時間居座っているのもストレス。
なるべく息を殺して、あまり身動ぎしないで。
私は石私は石とずっと心の中で唱えながら平静を保つ。
叔父に言い聞かされてから人前では絶対泣くもんか怪我するもんかと決めていたけれど、ただの女子高生が敵に歯向かえるわけがなく、定期的に傷を抉られるわその度に泣き喚くわでかっこつかない、心が折れる。
今現在だって、今日に限ってベッドに上がって我が物顔で寛ぎながらパソコンを開いてるこの人の神経が知れない。
なるべく音を立てないように毛布に包まってベッドの隅で膝を抱えた。
ちらり、こっちを一瞥してあの人はパソコンのキーボードを打っていく。
あんな大きな手でよくキーボード打てるな、そのまま壊しちゃえ。
口に出したら何されるかわからないからしっかりと口は噤む。
帰りたい……母さんに会いたい、父さんに会いたい、あわよくば叔父さんに会いたい……泣いてなんかないもん、あくび涙だもん。
落ちたのはピアスに使ってる真珠だし、金具から取れただけだもん。

「……おい」

ずずっと鼻を啜ると、声をかけられた。
思わず肩をびくつかせて被っている毛布からそろりと窺うと、金に似た目とばちりと目が合う。
零れ落ちた真珠は隠すように握りしめたけど、きっとすぐバレるんだろうな。
心の中ではいくらでも反抗的に吠えることはできるけど、現実では怖くてそんなことはできない。
むしろ悲鳴上げてない現時点の私を誰か褒めて。
しばらくじっと見つめ合う形になって、先に動いたのはこの人だった。
伸ばされた手に思わず目をキツく瞑って、それから次に体に回った腕に体を強ばらせる。
膝を抱えていた私を引き寄せるようにして、私を小脇に抱えるような体勢に体は強ばったまま。
……温くてちょっといいなとか思ってない、思ってないったら思ってない。

「何もしねえから力抜いてろ」

既にしてるんですけど?
何言っちゃってんの?
というか今あったけぇって言ったよね?
湯たんぽ代わりか何か?
だったらこの部屋来ないでご自分の部屋でぬくぬくすればいいのでは?
けれど人の体温って相手が誰であろうとほっとするらしい、心地よく感じる。
毛布は被ったままだし、このまま顔上げてもこの人の顔は見えないけれど。
キーボードを叩く音と、この人の息遣い、めちゃくちゃ速くなってる私よりもゆったりとした鼓動、たまに上下する大きな手。
この人がどんな人かわかっているはずなのに安心するなんて。
ああ、もう。
いっその事、心を守るためになんとか症候群になってしまった方が、楽だったのかもしれないのになあ。

2023年7月28日