「前髪そのままだとそのうち目ェ悪くすんで」
ゴツいアクセサリーを纏った手が私に伸びて、武骨な指先がカーテンのように垂れる前髪を耳にかけた。
明るくなった視界で翠石さんが笑う。
眩しい……思わず写真の編集に使っているタブレット端末を彼との間に立てて視線を遮れば抗議の声が上がった。
困ってないから、前髪長いままでも。
タブレット端末を持ち直して先程撮ったばかりのキャバ嬢たちの写真を編集していく。
実物と変わり過ぎないように、かつ人目を引くように。
カメラマンっていうのは、撮る技術も大事だけれどその後に編集して綺麗に仕上げるのも大事だ。
特にこういうキャバクラなんか、指名をもらえるかもらえないかは給料に影響する。
そう考えると私の仕事もある意味では重要だ。
黙々と作業を繰り返していると翠石さんは私の隣にどかりと腰をかけ、私の手元を覗き込んだ。
「相変わらず丁寧な加工するなぁ」
「まあ……仕事ですし」
視線が痛い。
手元じゃなくて私の横顔に翠石さんの視線が刺さる。
そしてまた、手が伸びて長い前髪を耳にかけた。
別にいいのに……何か言おうと翠石さんの方に視線を向ければ、思ったより翠石さんとの距離が近くて言葉が引っ込む。
近い近い。
距離感バグってんのかってくらい近い。
「俺としては、名前の顔見える方がええんやけど」
綺麗な目ェ隠してもったいない。
親指の腹で目尻を撫でられる。
翠石さんの目が弓形に細められる。
なんか、こう、あれだ。
家族写真とか、結婚写真とか、そんな仕事の時に依頼人がよくする表情。
ただでさえバグって近い距離、それが翠石さんによって縮まってくる。
いやいや──ンな馬鹿な。
互いの鼻先がぶつかる寸前、反射的に持っているタブレット端末を持ち上げた。
「っだァ!?」
「あ、」
細い側面が見事に翠石さんの顎を跳ね上げ、翠石さんが顎を押さえて蹲る。
あっぶな。
よく動いた私の腕。
タブレット端末持っててよかったね私。
ちゃんと動けて偉い。
「あー……アンちゃんに撮影頼まれてたんで、失礼しまーす」
「おまっ」
適当に必要な機材を引っ掴んでその場を後にした。
嘘はついてない、うん。
なんなんだあの人、距離感狂ってんのかな。
キャバ嬢たちの控え室に入ればアンちゃんが「おそーい!」と頬を膨らませる。
はいはいお待たせしました。
謝罪の言葉を口にして、綺麗にドレスアップしたアンちゃんにポーズの指示をした。