翠石依織とランチに行く

人混みだあ……早朝、CLUB Paradoxの建物の写真を撮るように依頼されていたので終えた帰り道。
時間は昼過ぎ、でもこんなに混んだことあったっけ?
何かイベントあるのかな……
バトルの前にステージを撮って、それを雑誌の特集で組むからと何度も撮り直して編集して……時間かかってしまったな。
関係者の写真も撮ったし、主催者の会談もばっちり、なのはいい。
それにCLUB Paradox関連の仕事って報酬とてもいいから断る理由にならないんだよね。
私なんかがカメラマンとして雇われてていいのかな、と思うこともある。
自分のスキルアップのためだから、人と話すの苦手でも、と割り切っても苦手なものは苦手だ。
帰る前にコンビニに寄って何か軽くご飯買おうかな……

「おっ?名前?」

近くのコンビニはどこだったか。
キョロキョロと探していると見知った姿を見つけた。
翠石さんだ。
翠石さんは人混みを器用に掻き分けて私のところへやってくる。
あ、アイシャドウしてない。
それに格好もいつもよりラフだ。

「カメラ持ってお仕事?朝からお疲れさん」

「あ、はい。お疲れ様です……翠石さんは……?」

「俺ェ?あー……下見や下見」

CLUB Paradoxの下見かな。
あのステージに立つのは翠石さんたちもだもんな。
まだ出場するチームは中には入れなかったと思う。
カメラを片手に、撮ったんですけど見ますか?と聞けば翠石さんは一度目を丸くするとすぐ破顔した。
人懐こそうな笑顔。
翠石さんはほなどこかで飯食おか、と私の手を引く。
ラフな格好だし、あのジャラジャラしたアクセサリーも少ないな。
……というか、あの、手、手!
思わず手を引っ込めようとすると、翠石さんはそれを見透かしたようにはぐれたらあかんやろ、そう言って繋いだ手に力を入れた。
いや、あの、耐性!耐性ないから……私に……!

「名前は何食べたいん?」

「あ、っと……なんでも……」

「俺に合わせるとめっちゃ食うけど」

「……じゃ、あ……パスタとか、ドリアとか……?」

「イタリアンなー」

どっかあったろ、私の手を引いて私のペースに合わせて歩く翠石さん。
行き着いた先は有名なチェーン店のファミレスだ。
値段もリーズナブルだし、美味しいし、混む前なのか空いている。
窓側の席に案内されて翠石さんと向かい合うように座った。
私はパスタのランチセット、サラダとスープ、ドリンクバー付き。
翠石さんもパスタのランチセット、でもパスタは大盛りでさらに追加で他にも頼む。
確かによく食べるな……
ふたりでドリンクバーで飲み物を選び、それから席へ戻った。

「名前はあそこのカメラマンとして雇われとるんだったか」

「今日は中の写真と、主催者の会談の写真撮ってきました」

「ステージの写真ある?」

「ありますよ」

鞄にしまっていたタブレット端末を取り出してCLUB Paradoxとフォルダ分けされたものをタップして翠石さんに渡す。
ほーん……と感心したようにタブレット端末に目を落とす翠石さんをアイスティーを啜りながら見た。
ほんとこの人顔綺麗だなあ、いつものアイシャドウは自分でやっているのかな、だとしたら器用だし上手だ。
あまり華やかなメイクって、手を出すのもおっかなびっくりになるから、映える人って本当に綺麗だと思う。

「ありがとさん、ごっつええステージや」

「ですよね。皆さんのライブの日には私も最前列の機材エリアや舞台袖から写真撮らせてもらいます」

「色男に撮ってやー」

既に色男をさらに色男に撮るのめちゃくちゃハードル高いな……がんばろ……
幻影ライブ、皆さんの歌もだけど、ただのライブとは違う。
それこそ精神力を削りながら、自分のトラウマと戦いながらのステージだ。
私はそれをどれだけ素敵で迫力あって魅力的なのかを伝える側だから、責任重大。
ちょっと萎縮してしまうと、きょとんとした翠石さんは大丈夫大丈夫名前ならどんなカメラマンより上手やって、と励ましてくれた。

「しっかしあれやなぁ……名前が俺らを撮るんなら、気合い入れんとな!」

いいところ見せたるさかい、見といて。
そう言ってにっと歯を見せて笑う翠石さんに楽しみにしてます、と自然と口角が上がった。

2023年7月28日