なんちゃって転生者のワノ国生活⑬

あの子は大丈夫だろうか。
おれの首が斬り落とされたところを見せてしまった。
城に火を放ちながら福ロクジュとあの子を探すもあの子はいない。
聞けばキングの部下に連れて行かれたのだと言う。
あ、あの野郎……!
おれが裏切られるのはまだいい、どうせカイドウは海賊、納得はするが許しはしない。
けれどあの子は別だろうが。
何もしていない、良くも悪くも。
賢いあの子のことだ、逃げ出してはいるはず。
途中、光月の侍共に出会してひとつを残し首を斬り落とされたがまだいい、おれはこうして生きているからな。
逃げ込んだ先でジャックが敗北をしたのを目撃し、虫の息のカン十郎に最後の指示を出したまでもいい。
あとは、福ロクジュがあの子を連れてここへやって来てから脱出だ。
下手に動いてはならぬ、あの子がここへ逃げ込むかもしれない。
動いて探し回るのは福ロクジュが必ずと言ったのだ、任せる以外にあるまい。
そう思っていると、隣から三味線の音が聞こえた。
覗かなければよかった。
最愛はなくもと親愛がいるのだから。
こんな地獄のような状況で、最愛が変わらず笑みを見せ、見事な三味線の演奏をしたら誰だってそちらへ揺らいでしまうだろう。
ああ、ああ!最愛が目の前にいる!
もしもと描いた未来にいてくれたらなんて素敵かと、今でも夢に見る最愛が!!
思えばこの選択が間違いだ。
死んだはずの最愛は、もう過去なのだと切り捨てられればよかったのだ。
欲の皮が突っ張られようと、おれの可愛いあの子だけを考えていればよかったのだ。
そうしていれば、こうして最愛がおれを憎む顔を見ずに済んだ、最愛が光月だと知らずに済んだ。
最愛は、綺麗なものは綺麗なままで済むようにすればよかったのだ。
力尽きる寸前の同じ黒炭の内通者に焼かれずに済んだ。
こんな、醜い怨念などあの子に見せずに済んだのだ。
ああ、ああ、後悔だけが募る。
どこで間違えてしまったのか。
最後の首が落とされる、勢いよく開いた襖からあの子が部屋へ足を踏み入れる。

「お、おじ様……」

ああ、でも、仕方ない。
おれは死ぬ、道連れに誰も連れて行けず。
それでよかったのかもしれない。
最後によかったと思える人生になるとは思わなかった。
ずっと何もかもを憎んで恨んで生きてきた。
けれどあの子がいたから、少しは、いや、かなり充実した人生だったと思う。
おれがしてきたことは許されない。
可愛い娘がいた。
おれをおじ様と呼び慕ってくれる、おれにはもったいない可哀想で可愛い娘。
死んでも尚、この国の人間からはずっと憎まれるだろう。
構わない、けれど、あの子にその憎しみが向かわないことだけを祈る。
おれは、お前の親で、悪くない人生だった。
この国の何もかもは嫌いだ、憎んでいる、恨んでいる。
けれど、おれの娘。
……ああ、間違えたのは、おれの娘が最愛だったことに気づけなかったことか。

 

声が聞こえた。
おじ様の声が。
まさかと思って襖を開けば、そこにあったのは信じ難い光景で。
なんで小紫がいるのかとか、なんで狂死郎がいるのかとか、そんなものはどうでもよくなるくらい。
狂死郎の奮う刃が燃え上がるおじ様の首を斬り落とす。
ごとりと落ちた、おじ様の首。
なんで何回も、自分の親の殺されるところを見ないといけないの?
私が、何をしたの?
ああ、いや、そんなの自問自答しなくてもわかるじゃん。
何もしなかったから。
良くも悪くも、何もしなかった。
流されるまま、ただそうやって生きていたから。
なのに、大切なものだけは守りたいだなんて、都合が良過ぎるよな。
私に気づいた小紫と狂死郎がこちらを振り向く。
もう反射的だった。
本能ってのかな。
殺されるなって、思って。

「待って!!」

眩暈がしようが手足が痛かろうが関係ない。
逃げなきゃ。
身を翻して走り出そうとしたところで限界を迎えていた足が滑る。
転びそうになったところを誰かに抱きとめられた。
恐る恐る振り向くと、なんとも言えない顔をしている狂死郎が。
殺される、きっとこのまま殺される。
……でも、それでもいいかな。
もういいよ、私にしては頑張ったもん。
振り下ろされるであろう刃を覚悟して目を瞑ると、次に襲ったのは何かがぶつかるような衝撃だった。

「よかった……!探していたの、あなただけ連れて行かれたのは見ていたから……」

「すぐ殺される様子もなかった故、後回しの形になって申し訳ない」

……何言ってんだこの人たち。
私を襲った衝撃は小紫が私を抱きしめた衝撃だったらしい。
小紫は私から体を離すと怪我はしてないか、乱暴はされていないかと私の体を触って確かめる。
……誰、この人たち。
私の知っている小紫と狂死郎じゃない。
手も足も酷い傷、と言われて改めて自分の手と足を見た。
城の中はあちこち火が回っていたから何か動かすのも熱かったし、走り回るなんてなかったから下駄の鼻緒が指の間に擦れに擦れて酷い有様だ。
自覚するとじんじん痛んでくるし、気にならなかった眩暈や眠気も襲ってきた。
ふらりと体が傾けば、それを狂死郎と小紫が慌てたように抱える。

「大丈夫!?傳ジロー、この子様子が……」

「何か盛られたのかもしれませぬ。疲労にしては……」

瞼が重い、眩暈が酷くて気持ち悪い。
声が遠い、何言ってんのかよくわかんない。
……ああ、でもさ、おじ様を殺したのが、この人たちってことは、光月なんだよね。
それなら、よかったかもしれない。
あんな、カイドウみたいな野郎に殺されるよりも、光月でよかった。
それだけは、よかったと思えるかもしれない。
ぐるぐる回る視界、絶え間なく襲う眠気、沁みるような痛み。
それに体力のない私は抗えずに、そのまま目を閉じて意識を手放した。
……そういえば、キングやカイドウはどうなったんだろう。
負けたのかな?
だったらざまーみろって笑ってやれるのにな。
──夢を見た気がする。
おじ様の夢。
私の手を繋いでゆっくり私に合わせて歩いているの。
でも酷いんだ。
一緒に手を繋いでいたのに、急に手を離してさ。
お前はもうひとりでも大丈夫だって、朗らかに笑って背を押すの。
私の何を見たら大丈夫だって言えるの。
わかんないよ。
おじ様がいなきゃ、私は世界がどんな色をしているのかわかんない。
自分で自分を守る術なんて知らない。
だっておじ様が守ってくれるって言っていたじゃない。
そんなこと言わないで、私のおとうさんじゃない。
私の一番はおじ様なのに、おじ様の一番は私じゃないの?
みっともなく泣いて叫んでもおじ様は困ったように笑うだけ。
私の名前をおじ様が呟く。
自分の名前なんて嫌いだよ。
色がわからないのに、こんな皮肉な名前だなんて。
おじ様が呼んでくれるから、そんなこと思わなかったのに。
一緒にいてよ、とおじ様に手を伸ばしたところで目が覚めた。
見慣れた天井、ああ、城だ、私の部屋。
今のが現実で、現実が夢ならよかったのに。
体を起こして体を見渡す。
手首と足首には包帯が巻かれていた、思ったより痛くはない。
それから今度は自分の周りを。
置かれていたのは、あの簪。
……持っておこう。
キングがどうなったかは知らないけど、これは気に入っているから、綺麗だし……
いつの間にか寝間着になっているけれど、誰か着替えさせてくれたのだろうか。
あー、なんかやけに倦怠感があるな。
薬盛られたから多分それ、あと疲労はある。
一生分走り回った、結局何もかも間に合わなかったし何もできなかったけど。
はあ、と息を吐くと襖が開いた。
そこにいたのは、女の人。
私が知っている名前は小紫、多分名前は別なんだろうな。
女の人は私と目が合うと、大きな声で目を覚ましましたー!!と叫ぶ。
あんまり大きな声は出さんでもろて、結構怠いんだよ。
女の人は私の近くまでやってくると、私の手を取って安堵の表情を浮かべた。

「目が覚めたんですね!よかった……あなた三日も眠っていたから……」

「……」

「どこか痛いところはない?気分も悪くないかしら」

「あの……」

「?」

「……どちら様ですか?」

思わず出たのがその言葉なのはちょっと申し訳ないけれど仕方なくね?
女の人は目を丸くすると優しく微笑み名前を口にする。
光月日和。
その名前に体を思わず固くした。
あの光月おでんの娘だって、なんだ、ガチもんの姫様じゃん。
お飾りの、ただ成り行きで姫様だと呼ばれた私なんかと全く違う。
なんて皮肉なことだろう、おじ様が惚れ込んでいた人が光月の姫様なんてさ。

「聡明なあなたのことだから先に言っておきますね。私たちに、あなたをどうこうしようとする気持ちも意思もありません。あなたは確かに黒炭の人間です、けれど、オロチのように何かをしたわけではありませんし、本人はもう亡くなっています。……以前のような、過ちは繰り返しません」

先に言われてしまった感がとてもある。
お姫様の世迷いごとかとも思ったけれど、どうやら本気らしい。
以前のような、というのはおじ様のじい様のことを言っているのだろうか。
ちょっとかちんと来たので一言申してもよろしい?

「恐れながら日和姫、あなたが何をご存知なのでしょうか」

何を知っているんだ。
おじ様がどんな思いをして生きていたのか、なんであんなことをしていたのか、それを全部知っている上で言っているのか。
知らないとか言ったら私も怒るよ、それに関しては。
下手なこと言ったら殺されるかもしれなくても、それは譲れない。
自分が何をされていたのか、私自身ほとんど覚えていないから言うつもりもないけれど、おじ様や過去に殺された同じ姓の人間についてはここで言わせてもらう。

「ただ黒炭として生まれただけで黒炭の人間がどんな思いをしてきて、死んでいったのかご存知なのですか。この国に罪人の家族や一族諸共処刑をする決まりは、おじ様が決めた時以外に過去になかったと私は把握しております。あなた方、光月の方々だけがおじ様を追い詰めたのではなく、この国の人間がおじ様を追い詰めたのでしょう?そしておじ様に追い詰められたのでしょう?今までのことを考えたら、私は処刑されるのが筋ではないのでしょうか」

「そんなこと……!確かに私たちは、この国は間違えました。でも、ここでわざわざ間違える道理などありません!」

「……それは、第二の黒炭オロチをつくりたくないからですか?私がきっかけでまたおじ様のような人間が生まれてワノ国を陥れると思っているからでしょう?」

「違う!」

「違わない!私が光月のことを知らないようにあなただって黒炭のことを知らないだろうが!知った口を利くな!!どいつもこいつも自分の正義感に酔いしれやがって!」

日和と私が声を荒げると、部屋の襖が開かれて狂死郎……いや、傳ジローって呼ばれていたっけ、が入ってきた。
最初から外にいやがったな。

「処刑するならどうぞ。罪人の血筋は排除されるのでしょう?弁明も何もしません。黒炭という血筋だけが理由になる。別に抗いません、そんな力はありませんから」

「なんでそんな……」

「……おじ様がなんで躍起になっていたのか知らないでしょう?あの人、私には優しかったんです。心から私の境遇を可哀想と哀れんでくれて、誰よりも慈しんでくれて。私にはこの国を憎めと恨めと強制はしなかった、していたならば、もっとおじ様だって楽だったろうに」

何も知らないのに、罪を背負わされるのは可哀想だと。
けれど、おじ様のことに関しては違う。
おじ様が何をしてきたのか、何を果たそうと思っていたのか知っている。
それをお前が償えと言われても、抗いはしない。
結局この国の根っこは変わらないのだと、それを残った人間全員が思い知ればいい。
おじ様の罪なら私も背負う覚悟はできている。
顔も人となりも知らない同じ血筋の人間の罪を償うのなら真っ平御免だが、おじ様の罪なら受け入れる。
何かを恨みながら生きるのは苦しい、おじ様はきっと苦しかった。
私がそれを背負うことで、死んだ後のおじ様が少しでも楽になれるなら背負ってやる。

「誰かに押し付けることで楽になるのならどうぞ。それがこの国でしょう?罪は黒炭に、抗うことは光月に、当事者はいないのに全てを他人に押し付ける、それがワノ国ではないのですか?」

私の言葉にとうとう日和は何も返せなかった。
それはやって来た傳ジローも同じで。

「おじ様を殺されて、おじ様を殺したあなた方を私は憎んでいません。仇打ちなんてものも考えておりません。むしろおじ様がやっと全てから解放されて安心しています。それはありがとうございました」

体は少し痛むけれど、佇まいを直して日和に頭を下げる。
それは本心だ。
おじ様が死んで悲しいけれど、同時に安心もした。
もう、おじ様が恨みながら生きていくことはない。
やっと解放されたんだ、こんなクソみてーな国から、クソみてーな人間から。
それだけ、それだけは心から安堵する。
私の今後は別にどうにでもなればいい、元々そう思って生きていた節はあるもん。
絶句しているであろうふたりを見るために顔を上げた。
そして、少しだけ表情を緩める。

「ねえ、今どんな気持ちですか?」


黒炭の女の子
なんちゃって転生者。
目の前で二度、おじ様が首を斬り落とされるところを見てしまった。
割りと情緒不安定になっているので思っていることも言っていることもぐちゃぐちゃ。
おじ様がやっと解放されたことだけは、よかったと思える。

黒炭オロチ
最後まで間違えてしまった。
でも悔いはない、こうなるのはわかっていた。

光月日和
オロチのところに行くまでは女の子を探していた。
無事に見つかって安心。
目が覚めた女の子と話をするも、全てに反論できる程知ってはいなかった。
でも、女の子には何も罪はないことだけは知っている。

傳ジロー
戦ってはいたが、女の子が連れ去られたのを知っていたので気にしてはいた。
日和が女の子の見舞いや世話をしている時に部屋の外で待機していた人。
彼も、女の子には何も罪はないことだけは知っている。

2023年8月4日