「走り回るな犬女!!」
「大人しくしとけっつったろ馬鹿!!」
「キングからも動くなって言われてるナリでしょ!!」
「部屋戻ってろ!!」
「あー……おれがそれやるから戻れ」
「あらあら名前、私のところで休んでいく?」
ええ……
なんだかみんな過保護じゃない……?
少しでも動いたらこれだよ。
私が仕事を片付けていたら下っ端から飛び六胞へ迅速に報告が行って、飛び六胞によってキングに引き渡されるかブラックマリアの部屋へ連行される。
そんなに?そんなに過保護になることあるゥ……?
書類とか部屋でできそうなものを片付けながらご飯を食べに来たヤマトくんに言ったら「当たり前だろ!なんで大丈夫だと思ってるの!?」と怒られた、解せぬ。
しかもフーズ・フーやササキも私の首根っこを掴んで直々にキングに引き渡すときた。
ササキはともかく、フーズ・フーがだよ?
犬猿ならぬ犬猫の仲だよ?悪い方の。
うるティとページワンなんかふたりで私の腕を引いていくし、ブラックマリアは粘着力のある糸を引っ付けるし。
ドレークを見習え、私から荷物取って背中押すだけだぞ。
一通り報告書に目を通してからそれを机に置き、後でジャックくんに届けないとなと思いながら背もたれに背を預ける。
……まあ、一番過保護なのはキングか。
圧がやばい。
私が書類受け取っている時に私の後ろから下っ端を見下ろすのやめてほしい。
普通に怖いじゃん、私の耳と尻尾がそれを訴えているのに気づいているはずなんだけどな。
ヤマトくんは私が持ってきたご飯を平らげると、椅子に腰かける私の膝にしなだれるように体を預け、一声かけるとそっと私のお腹を撫でた。
うん、まあ、そういうこと。
体調おかしいなって思っていたし、ブラックマリアから付き添うから一度医者に診てもらいましょうと言われ、うちの医者に診てもらって発覚したんだけど。
「ちょっと大きくなった?」
「なんか下っ腹出てきた感じ」
「言い方……」
「あまり実感なくて」
きょとんとしていた私を余所に付き添ってくれたブラックマリアはとても嬉しそうに微笑んでいて、私からキングに話をすればキングはそれはそれは喜んでいた。
パパにも私から報告したんだけど、その三日後にはワノ国へやってきて真っ直ぐ鬼ヶ島に来たと思ったら変身したまま鬼ヶ島に特大の雷を落としたしキングとカイドウさんが殴られていたっけなァ……カイドウさんとは屋上で喧嘩とは言えないレベルの殴り合い始めていたけど。
おいおい泣いていたパパだけど、キングに対しては当たりめちゃクソ強いパパだけど、でも嬉しそうにしてくれたのが私も嬉しい。
「名前がお母さんなら僕は叔父さんになるんだよね!」
「……あ、うん」
性別上では叔母さんな気もするんだけどね、叔父さんだね。
マタニティーブルーとかないの?って聞かれたけど今のところ全くないんだよね。
体調おかしいって言っても吐きそうになるような気持ち悪さはないし……あ、ただ匂いはちょっと敏感になってるかも。
酒や煙草の匂い、元々好きじゃなかったし苦手な方だったけどさらに苦手になってるというか……
一昨日キングがカイドウさんと酒飲んで部屋に戻って来た時めちゃくちゃ嫌だったからな……顔を顰めたら機嫌が悪いと勘違いされてめちゃくちゃよしよしされたけど。
素直に酒臭いの無理って言ったらしょぼしょぼお風呂に行ってたな……あのタッパのあるキングがしょぼしょぼするとか……結局なかなか上がってこないキングの様子を見に行ったら何故か落ち込んでいた。
私よりブルーなんじゃないの。
「私、これからジャックくんのところに書類届けに行くけどヤマトくんどうする?」
「僕も出るよ、名前がいないのに居座ったらキングと遭遇しそうだし」
それな。
最後にもう一度私のお腹を撫でたヤマトくんが部屋の天井にジャンプし、ヤマトくんようにと空けている出入口から出て行った。
私がサイボーグでも他の動物は嫌って言ったらメアリーズはここへ来なくなったし、また逃げ回るだろう。
よいしょ、と書類を持って立ち上がり部屋を出る。
別にまだそんなにお腹大きくないから多少動き回っても大丈夫だと思うのにな。
なんて思いながら歩いていたらササキに見つかって「またてめェは!!」と書類を取り上げられた、解せぬ。
そんなに重くないよ……?軽いよ……?
さらに途中、フーズ・フーにも見つかって「歩き回るな犬女!!」と首根っこ掴まれて引き摺られた、それこそ解せぬ。
なんか、扱い間違ってね……?
みんな妊婦初心者かよ、嘘じゃん。
いや妊婦初心者は私だったわ、あまりにも今までの扱いと天地の差があって混乱しているのは私。
ちなみにそんな私とササキとフーズ・フーを見たジャックくんが「やべーから姉御のその運び方はやめてやれ……キングの兄御に見つかったら後が……あ」と言っている途中で私たちの後ろからキングがやってきた。
あっ、やべーな。
私じゃなくて主にフーズ・フーが。
ササキは書類持ってくれただけだもん。
フーズ・フーはほら、首根っこ掴んで引き摺っていたから。
担いだりしてお腹圧迫しないようにの配慮だけど、見られた相手が最悪だっただろうな。
問答無用でフーズ・フーがキングに蹴られた、なんて可哀想な猫ちゃん……
後で何か美味しいものブラックマリア伝手にでも届けよう。
まあほらあれだね、慣れないことを慣れないやつがするなってことだね。
感謝はしてる、蹴られたのはどんまい。
ササキに持ってくれてありがとうと書類を受け取り、おれはここで、と伸びたフーズ・フーを担ぎながらササキは去っていった。
走るな大人しくしろ部屋戻れ、と主に飛び六胞から釘を刺される名前は困ったように耳を垂れさせていた。
そりゃあそうだろ。
カイドウさんとおれも、なんならクイーンの野郎もお前に負担はかけない方向で意見が固まったからな。
おれはもとより、カイドウさんとクイーンは叔父貴の雷回避のためと言っても間違いはない。
体調が少し良くない程度で済んでいるからか、飛び六胞に釘を刺される度に不満そうに尻尾が揺れる。
ご機嫌取りに甘いモンを渡せば喜んで食べるからまだいいか……
ベッドの上でぷらぷらと足を揺らす名前の腹に手を伸ばしてみれば、なんとも言えない顔をした。
「みんな触りたがるけどそんな大きくないよ」
「まあ大きくなった気がする程度だな……ちょっと待てみんなって誰だ」
「うるティとブラックマリアとヤマトくん」
野郎はいねェな、いたらそいつ殺してやる。
ただ聞き流せねェ名前があったので聞けば、不定期に私の部屋にご飯食べに来たり一緒にお風呂入ったり着替えたり寝たりしてるよとさらっと言いやがった。
……まあ、仲がいいとは思っていたからな。
「叔父さんになるんだーって喜んでいたけど」
「お前はいつヤマトの姉になったんだ」
「気がついたら名前がお姉ちゃんだね!って言ってた」
「せめて従姉妹だろ」
「ほんとそれ」
カイドウさん泣くぞ。
気が早いな、と言えばそれはみんなじゃんと名前は唇を尖らせる。
あれするなこれするながストレスらしい。
不満そうに尻尾でベッドを叩く姿から見て取れた。
そんな名前の脇を抱えて膝に乗せ、宥めるように頭を撫で回す。
なんだかんだこいつは好かれているからな。
気が早いのも、普段の姿から想像もつかない心配の仕方も、その証拠だろう。
あのフーズ・フーでさえ喧嘩を売ることはなく、負担をかけないようにしているのはわかる。
……だからと言ってお前がこいつの首根っこを掴んで引き摺って歩くのはなしだけどな。
相性は最悪かもしれねェが、喧嘩友達みたいなポジションに収まっている。
歳も一番近いから余計にだ。
名前が近くにいれば煙草の火をすぐ消すくらいには気にかけるなんて、数年前は思ってもいなかった。
「できるならあまり出歩くなよ。まだ安定期じゃねェんだろ」
「えー」
えー、じゃねェ。
過保護過保護と言われるが、そうでもしねェとこいつは走り回るんだよ。
根が真面目過ぎるのも玉に瑕だな。
いい子にしてりゃ土産くらいは持ってきてやるよ。
当分遠征にはもちろん連れて行かねェし、ワノ国での巡回も行かせねェ。
「おれのためだと思って大人しくしてくれ」
幼子に言い聞かせるように言えば、不満さを隠すことなく「……わかった」と絞り出すように答える。
……とある将軍の戯言だとは思いてェけどな、例の十年が来るのはもうすぐだ。
おれたちに万が一などはないとしても、名前個人がどうなるかなんて予想もつかないだろう。
少しの不安材料を消してからいつも通りに過ごせばいい。
その話は名前もいい気はしねェようだしな。
「お土産あれがいい、甘いもの」
「だろうな」
「チョコとかクッキー食べたい」
「ここじゃ珍しいからな」
「あとお肉」
「……食いしん坊か」
まあ栄養は摂っておかねェとな。
あとねあとね、と機嫌が治った名前の頭を撫でながら頼むから走り回るのはもとより、暴れるなんてことはするなよと念を押した。
名前
狼のミンク族と人間のハーフ。
おめでたがわかってからみんな過保護でちょっと不満。
けれどみんな自分のことのように嬉しそうな顔を見せるから何も言えない。
お土産は甘いものかお肉がいい!食いしん坊さん。
キング
名前のおめでたがわかってからの過保護代表。
誰よりも浮かれているところはある、本人もわかっている。
気にかけるのはいいが扱いはまともにやれ、とフーズ・フーに容赦なく蹴りを入れて医務室送りにした。
万が一はないと思っているけれど、あったら困る。
ヤマト
名前は僕のお姉ちゃんだから僕は叔父さんになるんだよ!
めちゃくちゃ嬉しいし楽しみ。
飛び六胞
主にキングから名前の仕事をやるように言われているので気にかけている。
蹴られたフーズ・フーはどんまい。
気に食わないやつが相手でも数年も過ごしていれば情は湧くよねって話。