ミシロタウン

私にはルルがいたからそれでよかった。
周りの同い年の子たちは自分のポケモンが欲しいって、私が羨ましいって言う。
別に自慢してるわけじゃない。
いつも一緒にいるのは成り行きだけど私がルルのトレーナーになったから。
幼くてもトレーナーだもの、ポケモンと一緒にいたいもん。
ルルがいるから他のポケモンはいなくても、いいかもしれない。
そんなこと思ってそれなりに時間が過ぎて、1日のうち引きこもる時間が8割くらいになっま時、普段顔が怖くてなかなか近寄れなかった兄さんが私の手を引いて外に出た。
だから、なんで私はここにいるんだろう。

「ちわっす博士。こいつがこの前話した俺の妹ッス」

問答無用で、というか怖くて話しかけらんないからされるがままドンカラスのあいちゃんに乗せられて連れてかれたのはミシロタウン。
頑張ってあいちゃんの背中にしがみついていたけれど振り落とされた、おま、一応あなたのトレーナーの妹なんだけど。
初対面の博士は、兄さんの知り合いらしい。
こんな温厚そうな人が兄さんの知り合い……マジか。
兄さん、怖い顔なのに真っ当な仕事してたんだ。

「はじめまして名前ちゃん。私はオダマキ、博士としてポケモンの研究をしているんだ」

「あ、えと、はじめまして……」

「すいません、こいつ手持ちのアブソルとしかコミュニケーションとらないんで」

あとは両親くらいしかまともに話さないんスよ、俺は顔怖いから逃げられてて。
ぽふぽふと頭を撫でられ、恐る恐る兄さんを見上げた。
意外、穏やかな目をしてる。

「いいんだよ、ゆっくりで。さて、本題に入ろうかな」

「名前、お前しばらく家に帰ってくんな」

え、どういう話?


オダマキ博士は順を追って話してくれた。
要は引きこもりの私に新しくポケモンを託してホウエン地方を旅させたいと。
兄さんはそのために私をミシロタウンに連れてきたんだと。
頼んでないし。

「嫌がるのはわかってんよ、でもよォ……ちょっと我慢して回ってこい。そしたら意識も変わるだろ」

顔怖いけど昔から間違ったことなんて言わなかった兄さんの言葉に、曖昧に私が頷けばオダマキ博士は机の上にモンスターボールを3つ並べた。
私のルルが入っているボールより新しい。

「好きなポケモンを選ぶといいよ。草タイプのキモリ、炎タイプのアチャモ、水タイプのミズゴロウ。これから君の手持ちになる子だ」

カタカタと揺れるボール。
まるで自分を連れてってと言ってるみたい。
でも、私なんかにできるのかな。
家に引きこもっていた、私なんかが旅なんて。
腰のベルトについているボールが少し揺れた。
……ルルもいるなら、頑張れる。

「じゃあ、このボールの子」

選んだのは、一番揺れの激しかったボール。
出していいのか兄さんと博士に聞けば、いいよとOKをもらった。
軽く宙に放れば、閃光と共にそのポケモンが姿を現す。
オレンジの毛。
ひよこ……?
つぶらな瞳で周りを見渡し、それから正面にいる私を見ると嬉しそうに鳴いて胸に飛び込んできた。
慌てて受け止めるとすりすりと頬ずりをして、それから大人しくそのまま腕の中に収まる。

「その子はアチャモだよ。少し前に一緒に育ったミズゴロウとキモリがトレーナーを見つけてね、いじけてたんだ」

「チャモ!」

「アチャモ……」

「いいじゃねえか、可愛らしいやつで」

「うん。よろしくね、アチャモ」

正直不安だけど、ルルもいるし、大丈夫。
抱き上げてこつんと額を当てると、頼もしくアチャモは声を上げた。


「103番道路に行ってごらん。私の娘とつい先日越してきた子がいるから」

「途中野生のポケモンが出るからそのアチャモでバトルしてみろ。あ、疲れたら途中の町のポケセン寄れよ」

いつの間にか持ってた私の鞄押し付けて研究所から蹴り出されたんだけど。
外で待ってたあいちゃんは、頑張んなよって言うように私の体を押した。
肩を落とす私と、張り切っているアチャモ。
ああそうだ、ルルにも紹介しないと。
もうすぐでミシロタウンを出るってところで、アチャモに向き合う。

「あのねアチャモ、この子紹介するね」

「チャモー?」

だあれ?って聞くみたいにこてんと首を傾げる仕草が可愛らしい。
長年の付き合いであるルルを紹介するために、腰のボールに手を伸ばした。

「ルル、出てきて」

手に馴染んだボール。
きっとアチャモのボールも、そのうち馴染むのだろう。
ボールが開いて閃光と共に私の相棒が出てくる。
種族はアブソル、名前はルル。
父さんや母さん、兄さんのポケモンとは別に小さな頃から一緒にいるポケモン。
ルルは応えるように鳴くと目の前のアチャモに視線を移す。
つぶらな瞳のアチャモとちょっと鋭い目付きのルル。

「チャモッ!?」

「……」

その鋭い目付きにびっくりしたのか、とてとてとアチャモは私の足に回り込むと、ちらりとルルを見る。
アチャモを見て、ルルは私に何か言いたげな視線を向けた。

「オダマキ博士にもらったの。仲良くして」

「……グゥゥ」

「そんな怖い顔しないでさ」

「チャ、チャモ……」

ルルの頭を撫でて言えば、しょうがないな、と言わんばかりの溜め息を吐く。
物は試し、ってことでこのまま103番道路まで行こうか。
硬直しているアチャモをルルの上に乗せると、鳴き声にならない叫びがアチャモから発せられた。

2023年7月25日