御前の命で櫻田さんが攫ってきたのは俺や冬馬と同じくらいの女だった。
加えて女の家族も皆殺しで、家も焼き払えってことだから相当な思い入れでもあるのか。
可哀想に、どこで御前に見初められたのか、どこであの家族が逆鱗に触れたのかはわからないけれど。
綺麗な顔立ちというのは女のことを言うのだろう。
何も変哲のない、偶然旧華族に生まれた、それだけの女。
綺麗な顔を歪ませて、細い体で精一杯威嚇しているのはまあ可愛いんじゃない?
何度もここから脱走しようとしては俺たちに見つかる。
ちゃんと忠告はしたよ?やめた方がいいって。
「脱走……それは逆鱗に触れる行為」
大人しくしておけば、それなりにいい思いはできたんじゃないかな。
何度も脱走未遂を繰り返し、とうとう御前の堪忍袋の緒が切れたらしい。
御前手ずから女の足の腱を断ったのだとか。
ああ、あの日の酷い悲鳴はそれか。
生憎俺が抱く感想なんてこんなもの、だってそうだろ?
雇い主がそうしろと命じるから、女の護衛をしているだけ。
もしも殺せと命じるのなら、躊躇なくその細い首に手だってかける、それがアサシンだ。
女は、名字名前という可哀想なお嬢は、かなり大人しくなった。
与えられた離れの部屋の隅で膝を抱えて息を殺して、泣き腫らした目で包帯の巻かれている足首を擦っている。
……さすがに良心が痛むわ、と榊は独り言ちると何かを買ってきた。
コンビニで菓子の類かな、甘いの好きなんだと、榊がお嬢の護衛の時には毎回何かを差し入れているらしい。
ふーん……じゃあ、すっかり塞ぎ込んでいるお嬢も俺が何か渡せばまた強がりでも口にすんのかな。
「何が好きかは知らないからいらないって言われても困るんだけどさァ、こういうの食う?」
御前お抱えの闇医者に足首の包帯を換えてもらっているお嬢に、コンビニの袋を揺らして見せると幾分かマシな顔でこちらを見る。
ん……、と小さく頷いたのでそれを座卓に置いて部屋を出た。
護衛だからって部屋の中にいる必要はない。
……ちょっとだけ、表情柔らかくなってきていたな。
お嬢の処置が終わった闇医者にお嬢の傷の様子を聞けば、もう抜糸もでき、問題はないだろうと返答をもらう。
それならよかったんじゃない?傷が傷だから、残るだろうけどさ。
ただ、アキレス腱の縫合はするなと御前より指示があったから、この先歩くのは無理だろう、できても激痛が伴うだろうって。
ま、仕方ないだろ。
むしろ命があるだけ珍しいんだから。
「アンタ、何が好きなの?」
「何がって?」
「榊に甘いモン好きって聞いたけど、具体的に何かって聞いてんの」
「洋菓子かな、ここでは和菓子がほとんどだけど……いや、美味しくないわけじゃないんだけど、洋菓子全般が好き」
へー、じゃあ適当に洋菓子買っていけばいいのか。
練り切りじゃなくてシュークリーム、大福じゃなくてケーキ、羊羹じゃなくてプリン、なんなら緑茶じゃなくて紅茶。
なァんだ、コンビニでいいじゃん。
どうせお嬢様ってやつなんだから上質なもの食べているんだろうけどさ、指定もしなかったからどこのやつでも食べるでしょ。
ちょっとからかってやろうかな、とか思ってお嬢に差し入れしたわけだけど。
「これ美味しいよね、最近だとコンビニのだからって侮れなくてさ」
プラスチック容器の蓋を慣れた手つきで開け、上品な所作で食べ始める姿に少し呆気に取られた。
お嬢様……それは世間知らずの小娘、かと思っていたけれど。
表情も段々当初のような豊かなものになってきている。
顔がいい人間がそうやって微笑むと、なんだか胸が締め付けられるような、鷲掴みにされるような感覚を覚えた。
……なるほど、御前がこの女を求めたのはこれだろうか。
あたたかい。
この裏社会で人の命を数え切れない程奪ってきた俺が、アサシンになることが運命だと思っていた俺が、そう思う。
なら、俺よりも遥かに長く裏社会に君臨してきた御前は、もっと温かいと感じたんじゃないか、もっと胸を鷲掴みにされたんじゃないか。
加えてあの気質だ、欲のままにお嬢を欲した結果、お嬢はここにいるんだろう。
……本当に、可哀想に。
哀れだと思う、憐れだと思う。
でもそれ以上に、俺のものではないけれどここにいてよかったと思う。
一生で会えることのなかったあたたかいものがここにあるのは、きっと心地がいい。
「……運動しないのに甘いものばかり……それはデブまっしぐら」
「急に喧嘩売るじゃん」
むっと眉根を寄せたその顔すら、何回でも俺の胸を鷲掴みにするんだから。
