しょーちゃん、しょーちゃん。
こっちを向いてほしい。
しょーちゃん、しょーちゃん。
私に声をかけてほしい。
しょーちゃん、しょーちゃん。
私の頭を撫でてほしい。
しょーちゃん、しょーちゃん。
私を抱っこしてほしい。
──ああ、いっそのこと、子どもに戻れたら、何も知らないまま過ごしていた子どもに戻れたら、どんなにいいんだろうか。
「名前、そこで寝ると体を傷めますよ」
比較的穏やかな声が聞こえて目を開けた。
どうやら、カウンター席に突っ伏して寝ていたらしい。
持っていたはずのグラスは既になく、代わりに水の入ったグラスが目の前にコトリと置かれる。
怠い体を起こすと、黒霧が「おはようございます」と声をかけた。
「……潰れてた」
「ええ、いつものことですけど」
幾分かアルコールは抜けたらしい。
用意してもらった水を飲みながら携帯で時間を確認する。
真夜中の2時。
……こんな遅くになってたんだ。
寝泊まりはこのままここでしてるから平気なんだけど。
頭痛い。
ズキズキと痛む頭を押さえると、黒霧が呆れたような溜め息を吐いた。
なんだよ、今回はトイレに駆け込んでないだけマシだろ。
ここでも粗相してないからマシだろ。
寝るだけって、今までで一番平和なんだからな。
そう言えば、何を威張ってるんですか、と呆れられる。
あーこりゃ何言ってもスルーされるわ。
「名字名前、明日は手筈通りに」
「……授業の予定表とその詳細をもらえばいいんでしょ」
「ええ、元雄英生のあなたなら職員室に入るのも容易いでしょう」
妹さん、いえ、従妹さんもいらっしゃいますし。
ほんと、ここの人間は人の地雷を踏み抜くのがお好きなことで。
カウンターに叩きつけるようにグラスを置くと、酔っていたのと個性を使ったのが相まってグラスが割れた。
その細かな欠片が私の手に食い込んで小さな傷を幾つも作り、そこから赤い雫がポタポタと落ちる。
「ちゃんと言われた通りにやってんだから余計なことしたら言いなりになんてならない」
「それは失礼しました。しかし、あなたもご自分の立場をお忘れなく。……手当てを、」
「いらん、寝る」
食い込んだ欠片を指で引き抜いてカウンターに落とし、席を立った。
バーの隅っこに申し訳なく置いてるソファーに横たわり壁に向く。
個性を使って傷の回復スピードを少し早め、血が止まったのを見計らって個性を解除した。
ガシャガシャとあまり好きじゃない音は、黒霧が割れたグラスを片付けている音だろう。
明日……というか今日、卒業した学校へ行く。
会えるといいなぁ、大好きな彼に。
見れるといいなぁ、大切な彼女を。
じくじくと痛む手のひらを軽く握って、それから目を閉じた。