死柄木は耳元で囁く

憐れだな、と思った。
助けてと小さい声でヒーローたちに求めていたのに、オールマイト以外には手を伸ばしてもらえなかった女が。
可哀想に、あんなにヒーローがいたのに!
あのガキを助けるためにあれだけの、実力を持ったヒーロー共が駆けつけていたのに!
たったひとりしかその手を伸ばしていなかった!
あとは手を伸ばすことも、それどころか女の助けを求める声にすら気づかなかった!
可哀想に、可哀想に。
どれだけ痛めつけても、諦観した表情までしか見れなかったのに。
NO.1ヒーローですら助けられないなんて、可哀想に。
きっとその表情は絶望というのだろう。
赤い目をまぁるく見開いて、手を伸ばしていた姿は傑作だった。
蹲っている女の前にしゃがむ。
ぽろぽろと柄にもなく涙を流す姿に鼻で嗤って形のいい耳に顔を寄せた。

「悲しいよなぁ、名前」

あのガキは助けてもらえたのに、お前だけ助けてもらえなくて。
以前襲撃した時のことから、こいつが敵連合に無理矢理従わされてるのはあのオールマイトなら察しているはずだ。
NO.1ヒーローなら、オールマイトなら、そう思っていたのに全てを覆されて、こいつの心はボロボロだ。
なあ、ヒーローへの憧れなんかもう捨てればいいんだ。
お前が大好きで大好きでしょうがないイレイザーヘッドへの恋心も一緒に捨ててしまえば、ヒーローなんて捨ててしまえば、身も心も敵になってしまえば、そんなに苦しまなくて済むだろう?
もう、楽になってしまってもいいだろう?
可哀想に、憐れな女。
なのに何故か、初めて可愛らしく見える。
いつも鋭く細めていた目は影もない。
強気な態度すら、毅然とした姿すら。
助けてもらえなかった、ただの憐れな女。
止まらない冷たい雫を掬うように頬から目元に向かって指を滑らせる。

「もうヒーローはお前を助けない。オールマイトももう活動できない。お前を助けようと思っている人間なんていない。可哀想に……」

いつもならうるさいと怒鳴るか何も言わずに殴りかかるか。
それすらしないのだから、もうこいつの心は限界だ。

「可哀想な名前」

反抗もできない事実に口角が自然と上がる。
今、とても気分がいい。
息を荒げてくしゃっと顔を歪ませる名前の背中に腕を回して、耳元で囁いた。

「悲しいよなぁ」

所在なさげなその手が、俺の服の裾を掴んだ。

2023年7月28日