鬼道が羨ましい

「有人だけゴーグルもらって羨ましい!!」

くわっと歯を剥き出しにして素直な言葉を口にした名前。
その後総帥の背中に貼り付いて「私もー!私も欲しいなー!ゴーグルじゃなくていいからー!!」と駄々をこねてたのも覚えてる。

「お前は露骨な表現が好きだな」

俺にそういう嫉妬を隠さないところ、とか。
部活中なのか、グラウンドの端で腕立て伏せをしている名前を見下ろして言えば、動きを止めて名前がこちらを見上げた。
周りの部員は力尽きたかのように地面に伏せてるのに、こいつはどこか余裕が残ってる。

「それ今する?部活は?」

「総帥と出かけてた」

「あ、そう……」

キャプテンと思われる3年生が休憩を伝えると、名前はそのまま立ち上がって大きく伸びをした。
他の部員は仰向けで、疲れたように情けない声を出す。
サッカー部ほど活躍はしていないが、それなりに強いらしい帝国野球部。
部員はもちろん、ほとんど男子。
女子は名前以外にもいるが、選手なのは名前だけ、あとはマネージャーだ。
体格が大きめだから選手として男子と並べるのだろう。
俺より身長が少し高いしな。

「おじさんとお出かけって言ってもサッカー関係?」

「ああ、御影専農という学校に」

「へー」

……珍しい。
いつもなら「ずるい!」とか言って食いつくのに。
マネージャーから受け取ったタオルで顔や首を拭き、スポーツドリンクか何か入ったボトルを片手に名前はアンダーウェアの裾を摘んでパタパタ動かす。

「私がずるい!って言わないなんて珍しいって顔してるよ、有人」

ああ、やっぱり顔に出てたか。

「さすがにね、サッカー関連のことはずるいって言わないよ、思ってても」

「思ってるのか」

「でもほら、私は今部活中だし、野球部も大会がもうすぐあるしね」

なるほど。
昔から総帥に構われてるのが羨ましい羨ましいと騒いでる名前だが、少しは弁えてるらしい。
切り替えはしっかりしてるというかなんというか。

「部活ないなら見てく?うちの練習」

「いや、遅れて合流することになってるんだ」

「そっかー」

名前はボトルとタオルを回収する籠に持ってたそれらを入れると、マネージャーにありがとうと一言言って置いていた帽子を被った。
その帽子のつばには、スポーツ用のサングラスがかかっている。
確か、駄々をこねた後に総帥に買ってもらったサングラス。
名前の守備位置が外野で、高く打ち上げられたボールが太陽と被って見えなくなる時があるからと、これで見やすいと、とても嬉しそうに笑いながら言ってた。
本当に、総帥が好きなんだな。

「影山ー!キャッチボール始めるぞー!!」

「はーい!!行きます!……じゃ、有人も部活頑張ってね」

「ああ」

サングラスをかけて、グローブをつけながら走っていく。
待ってる部員に肩に腕を回されてぎゃあぎゃあ騒ぎながら笑ってる名前。
……俺も、練習に行こう。

2023年7月28日