鬼道をお姫様抱っこする

事故だ。
これは、事故だ。

「……鬼道さん…………」

誰かが俺の名前をぽつりと呟く。
顔が赤くなっていくのがわかる、とても熱い。
決して自分より逞しい腕や柔らかい胸とかに顔を赤くしたんじゃない。
男として、これは、これは……!!

「有人軽いね!いや私が力持ちなんだよね、これは!!」

「下ろせ!!」

どうしてこうなった。
意外と近い名前の顔。
憎たらしいくらいキラキラと楽しそうな表情で、たまに「よっこいしょ」と俺の体勢を直す。
膝裏と背中から回る腕が確実に俺より太い。
下手すると源田より鍛えてるんじゃないだろうか。
所謂横抱き、お姫様抱っこをされてる俺は右手で顔を覆った。
どうしてこうなった。

「だってさー、有人が足挫いたってタレコミがあってたまたま通りかかった私が捕まった」

「おんぶしてくれるかなとは思ったンスけど、まさかお姫様抱っことは思わなかったんで……」

成神が申し訳なさそうに声を出す。
確かに少し前の接触で足を挫いたが、歩けないほどでは……

「名前先輩すごいっすね、軽々と」

次からはゴリラ先輩って呼びます。
なんて失礼なことを言った成神の頭に源田の拳骨が落ちる。
洞面は後ろから名前のジャージの裾を引き、「今度僕も肩車お願いします!」なんて屈託のない笑顔で言った。

「さて、とりあえず有人は保健室でよろしい?」

「……もうさっさと運んでくれ」

「俺もいつか名前に負けないくらいムキムキになって鬼道さんを……!!」

「冗談はその細い体にしときなよー」

何か口走った佐久間の言葉を一刀両断する名前。
しょうがない、事実だ。
担架に乗って階段を上がるよりは名前に横抱きにされていた方が安定するかもしれないな……
やけに安定してるのが不思議だ。
一体こいつはどんな練習をしてるんだ……

「鬼道をよろしくな、名前」

「へいへい。有人、怖かったら私の首に腕回してもいいよー」

「絶っっっ対にしない」

したら何か失う気がする。
はっはっは、と楽しそうに笑う名前はそのままフィールドの外に足を向けた。
ちらりと後ろを見たら、サッカー部全員がなんとも言えない表情だったのは、言うまでもないだろう。

2023年7月28日