諏訪洸太郎と水族館デート

──じゃあ明日、この水槽の前で待ち合わせな。
コウタが赤ペンで大きく丸を付けたパンフレットを見つめる。
現地の現地集合、と言えばいいだろうか。
水族館なんて初めてだし、いくら1人に慣れてるとはいえあの、さすがに1人で水族館に入るのは緊張する。
と思ってた時もあった。
たのしい。
きれい。
腕時計でこまめに時間を確認しながら何度も他の水槽の前で足を止める。
館内が元々薄暗いから、青い照明の中を泳ぐ魚たちの鱗がキラキラ輝いてるように見えて、しばらくじっと止まっていれば中身は動くから飽きなくて。
思わず水槽に手をついて、じっと中身を見つめてしまう。
どの辺りの海にいるのか、どのくらい深い場所にいるのか、なんでこんな名前なのか、水槽横の解説なんかも読んで、夢中になって時計を確認するのも忘れてしまって。

「おまっ……!連絡くらいしろよ……」

「ご、めん……」

そう、いつの間にか待ち合わせ時間を30分くらい過ぎてしまってて、鞄の中で震えていたスマホを出すのも忘れ、私に何かあったのかと思ったらしいコウタが私を探しに来てくれた。
はあ、と深く溜め息を吐いたコウタにもう一度「ごめん」と謝れば、コウタは気にしてないと首を横に振る。

「楽しいか?」

「うん」

「てっきり名前が迷子になっちまったかと……1つずつ見てるだけで安心した」

申し訳ない。
コウタは私の手を取ると、いつもみたいに指を絡めた。
そのまま進むでもなく、私の隣に並んで同じ水槽に目を向ける。

「初めてなんだ、水族館」

「おー、知ってる。だからびっくりさせたくて待ち合わせ場所を水槽の前にした」

「何の水槽?」

「行ってからのお楽しみってな、ゆっくり行こうぜ。まだいろんなのあるし」

反対の手に持っていたパンフレットをコウタが取ってジーパンのポケットに突っ込んだ。
まだその水槽まで少し距離がある。
ゆっくりコウタと並んで歩いて1つ1つ、じっくりゆっくり進んでいく。
トンネルみたいになってる水槽、私たちの上を泳ぐエイの顔……ではなく腹側。
目はちゃんと頭のところにあるんだって。
ノコギリザメみたいなエイもいるし、エイに似てるマンタもいる。
ひらひらひらひら、なんか凧揚げの凧みたいだ。
タコも展示されてるけれど、水槽の中の壺に隠れているから見えない。
……絵だと赤なのにそんなに赤くない、茹でたら赤くなるのかな。
鬼怒田さん怒ると茹で蛸みたいになるんだよね、と呟けばコウタが噴いた。
そんなこんなでしばらく歩いていくと、待ち合わせ場所になっていた水槽の前に到着する。

「わ……!」

「どーよ?綺麗じゃね?」

「きれい」

大きな水槽。
海底を模している中身。
下から見上げると、本当に海の中にいるみたい。
キラキラと魚の群れが照明を反射して天の川みたいにも見えるし、何より同じ形をしていない。
大きな魚が近くを通れば一斉に道を開けるかのように動く。

「……コウタ、ありがとう。誘ってくれて」

「どういたしまして。たまにはいいだろ?トリオン兵に囲まれるよりゃ魚に囲まれる方が遥かにさ」

それはそうだ。
あんなのと比べものになんてならない。
ここ、とても長くいられるなぁ。
写真を撮るだとかなんだとか、何もせず、しばらくコウタと寄り添って大きな水槽を見上げていた。

2023年7月28日