「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!」
「も゛う゛し゛ま゛せ゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!」
「口ではなんとも言えんだよしばらくそうしてろ」
「いやああああああ!!」
「わああああああん!!」
今日はいい天気だなぁ、今にも雨降りそうで。
物干し竿から吊るされた簀巻きのふたりを横目に縁側に腰かけた。
あーいってーな、後ろから飛び蹴りしやがって。
年下だから多少は我慢してやったんだよ、大人げねえかなって。
そんなことなかったわ、さっさとこうすればよかった。
東京郊外のだだっ広い土地、そこに建つでっけー日本家屋。
そこが私の家。
静かだし、趣味に没頭するにはちょうどいいところだ。
ただ、今は違う。
父親の妹が七歳くらいの男の子をふたり預けに来た。
なんでも家を空けるから心配で預けたいんだと。
父親は人がいいし、年の離れた妹が可愛いんだろう。
空いている部屋もあるからと快く引き受けた。
私もひとりっ子だから弟分みたいなモンかなって思ってた、初めて会う従兄弟。
自己紹介まではよかった。
顔のいい人間の腹から生まれた子どもって顔はいいんだな、性格はクソ。
この従兄弟たち、その後が最悪。
暴れん坊なんて言葉が可愛く思える。
平日は私も高校あるからあまり会わないけど、土日になると私の部屋にやってきては蹴るわ殴るわ髪引っ張るわ部屋荒らすわ。
趣味のお絵描きなんてできねえ。
初めの一週間は我慢した、褒めろ。
今日は違う、コンクールに出そうと思っていた絵を台無しにされた。
修正が効かないレベル、絶許。
かつそれをどうしようか途方に暮れていたら揃って飛び蹴りされた、許すまじ。
元々温厚ではない私の堪忍袋の緒が切れてからは自分でもすげーなと思うくらいにあっという間にちょこまか逃げ回るふたりを捕獲して布団で簀巻きにし、洗濯物がぶら下がっていない物干し竿から吊るしたのはほんの数分前。
あー清々した。
「……新しく描き直そうかな」
台無しにされた絵には水彩で窓と空を描いていたのに、黒の絵の具をぶちまけられて何本か筆も折られている。
明日にでも買いに行こう、せっかくなら新しい水彩紙も欲しい。
もう今日はやる気が起きなくて、そのまま縁側に横になって読んでいた本をパラパラと流し読みし、ごめんなさい、もうやらないから、おろして、こわい、なんて泣き声を聞きながら少しだけと思って目を閉じた。
体感時間は十五分、実際には一時間ほどが経った。
目を開ければ縁側から見える空は相変わらず曇り空、少し風も冷えてきている。
体を起こしてふたりに吊るした物干し竿へ視線を向けた。
簀巻きで吊るした直後はうごうごと動いていたけれど、今は全く動いていない。
ただ、べっしょべしょに泣いている。
……やり過ぎたかな?でもここまでしないとわかんねーだろーな。
サンダルに足を通して縁側から下り、吊るされたままのふたりに近づいた。
べしょべしょの泣き顔で私を見ると、怯えたように顔を青くさせる。
「……」
「……」
「……」
大人しい。
とりあえず黙ってふたりを順番に下ろし、簀巻き状態から解放した。
ふたりしてひしっと抱き合ってこっちを見上げるけれどもういいや、大人しくなったんなら言うことないし。
私はそのままふたりを置き去りに縁側に戻って横になる。
読んでいた本も特に開かない、やる気出ない、もう一眠りしたい。
ふたりを簀巻きにしていた布団を適当に体にかけて、もう一度目を閉じた。
すぐうとうとと睡魔がやってきて、あとはそれに身を委ねるだけ、といったところでそれは私の肩を叩く手に引き止められる。
「……何」
思ったよりひっくい声出たな。
目を開けて、体勢を変えれば私の見下ろす二対の紫が。
うるうるべしょべしょと、まだ泣き顔のまま。
ふたりの名前……ええと、蘭と竜胆だ。
あまりにもクソガキだったから呼ぶ機会なくて忘れてた。
「……あ、の」
「……おこ、ってる?」
「何で怒らないと思ってんの」
「う……」
「その……」
「もう関わんないで、疲れる」
背を向けるように寝返りをし、自分の腕を枕にして仕切り直す。
あークソガキ共向こう行ってくんねえかな、さすがにここまでやりゃあ懲りただろ。
描き直しのついでに別の絵にしようかな、筆は少し奮発して欲しかったやつ買おうかな、なんて考えながらさっさと睡魔やってこいとばかりに念じていると、ゴソゴソと私にかけていた布団が捲られた。
それから脱力していた私の腕を上げられ、その下に何かが潜り込んでくる。
……懲りてねえんかな?
ピッタリと私に寄り添う子ども体温がふたり分。
薄く目を開けると、蘭と竜胆が私の腕の中に収まっていた。
いやなんでそうなる?意味わかんねえ。
もう声かけんのもめんどくさい。
子ども体温につられてか、やけに寝心地がよくて三人揃って夕方になるまで眠っていた。
「ねえちゃん」
「ねーちゃん」
「ついて来んな、邪魔」
あれから何日か経つけど、なんか懐かれたっぽい。
雨の日だから散歩がてら家の中を適当にふらついているだけなのに蘭と竜胆はカルガモの子どものように私から離れない。
父親は仲良くなったんだなあと嬉しそうに笑っていたけど私はそう思わない。
改めてべしょべしょの泣き顔で謝られはしたけど、私は許すなんて言ってないんだな。
許すも許さないも私次第だもん。
「お、散歩かぁ?可愛いお供連れてんな」
「こんなクソガキ全然可愛くねーよ」
「……オマエな、言葉尻強いんだからもっと優しくしてやれよ」
「優しくしてたらこっちが痛い目見るっつーの」
実際絵を台無しにされたんだぞこっちは。
目を細めて父親を見れば、程々にしてやれよと返ってきた。
止めていた足をもう一度動かし、中庭に面している部屋にでも行こうと方向を変える。
「ねえちゃん待って」
「待ってねーちゃん」
駆け足で寄ってきたふたりが私の薄手のカーディガンの裾を握った。
前のように力任せに引っ張ることはないのでそのままにしておくか、構ったら面倒だし。
歩幅を合わせることなんてしない、勝手にしろ。
中庭が見える部屋に入り、雨が吹き込まない程度に窓を開けて広い窓枠に腰かける。
雨もいいな、コンクールに出すやつは完成したけど今度雨の空描こう。
しっかりと雨の日の空や周りの色を焼きつけるようにただ眺める。
そんな私を見て、ふたりは私にくっついて真似をするように外を見た。
たまにねえちゃん、と呼ばれるけど視線を向ければ怯えるように顔と体を固くする。
そんな反応すんなら呼ぶなっつの、何もしてねえじゃん。
「……ねえちゃん、ってさ」
「あ?」
「空好き、なの?」
伸び掛けの髪を緩く三つ編みにしている方、蘭がおそるおそる私に聞く。
好きだよ、と素っ気なく答えるけれど私が答えたことに少し嬉しそうに表情を緩めた。
髪をお団子にしている方の竜胆も何か言いたそうに言葉を探しては私を見る。
「天気悪ィけど、それも……?」
「まあなんでも好きかな」
竜胆も蘭のように表情を明るくし、それに味をしめたのかここぞとばかりにふたりは私にあれこれと聞いてきた。
まあ、まともな会話は自己紹介以来か。
適当に答えつつ、視線は外に向ける。
こうさぁ、素直ならまだいいんだよ。
でかくなったら可愛くねえだろうな、そう思いながら気まぐれにふたりの頭を撫でてやれば、ふたりはもっと嬉しそうに笑ってねえちゃん好き、と口にした。
親戚のおねえさん
女子高生、美術部。
口が悪くて手が早いのは父親の影響、父親より酷い。
父親の妹が連れてきた子どもふたりに日頃イタズラされていたけど絵を台無しにされてキレた、手早く簀巻きにして吊るした、ら懐かれた。
後にふたりが六本木を仕切るようになっても遠慮なく手を出すし足も出すしなんならシャレにならんくらいボコボコにするかもしれん。
灰谷兄弟
母親の実家に預けられた小学生。
なんかいるから遊ぼ!と思ってイタズラしまくってたら取り返しのつかないことをして簀巻きにされた挙句吊るされて本気で怖くて泣いた。
ここまで怒られるのも初めてで、それ以降はおねえさんについていくカルガモと化す。
知らないところだし知ってる人いないから不安だったし構って欲しかっただけ、やり過ぎたけど。
後に六本木仕切るようになってもおねえさんには逆らえない、立場も力もふたりの方が上だけど簀巻きにされて吊るされた経験があるからボコボコにされるかもしれん、多分。