もしも呪いの世界と交わっていたら⑧

「ここまで生意気だと全力で出荷したくなっちゃうね、とりあえずオーストラリアにしておいたけどいい?」

「あかあああああああああん!!あかんてえええええ!出荷!?人間やぞ!?」

「クール便で発送できんだよ」

「送り状貼るな!剥がせや!!」

「ピーピーギャーギャーうるせえなオブジェが喋んじゃねえよクソガキ」

「アンタ口悪いな!?」

やけに綺麗な個展があるなぁ、そう思って足を踏み入れたのが俺の運の尽きやった。
空ばっかりのギャラリー。
よくもまあ、空ばっかでこんなに描けるもんやなと思う。
一枚くらい買ってこかな、ポストカードもええけどせっかくなら額縁に入った立派なモンがええ。
そう思ってスタッフに声をかければ描いたご本人来ているからお呼びしますねと席に案内される。
描いた本人おるんやな、来るまで置いてあったパンフレットを手にしてパラパラとページを捲った。
へー、描いたの女か、若いんか?
年齢までは書いとらんな、名前は……名前っつーんか。
一体どんなやつなんやろ。
お待たせしました、とさっきのスタッフの声に顔を上げる。

「……は?」

「こちら名前先生です。先生、終わりましたら声かけてください」

「ありがとー」

俺の向かいに座る女の姿に思わず目が点になった。
こ、こいつ覚えとる……!
京都で俺を吊るした年増や!
女はこんにちは、と変わらない表情で名乗る。
おいもしかして俺のこと忘れてんやないやろうな!?
いやこの様子ぜってー忘れとる!!
だって俺の顔見ても何も言わんもん!!
気に入ったものがありましたら、そんな言葉を遮るように思わず声を上げた。

「アンタこの前の俺を吊るしよったババア!!」

「……あァ?」

そこからは早かった。
俺が追っつけん速さってなんや、マジで。
人気の少ない時間がよかったのか悪かったのかもうわからん。
痛い目見したるわ!そう息巻いたものの、空いているフックに逆さまに吊るされた。
よいしょ、じゃないねん!!
よいしょで何回も吊るすのおかしいわ!
挙句に顔面に送り状貼られた!
て、手慣れとる……恐ろしいことにこのババア手慣れとる……!
俺の悲鳴にさっきのスタッフが顔を出したが、ババアがこっちのお客なんで気にしないでお昼行って大丈夫です、なんて抜かしおった。
待ってええええ!!せめて助ける素振り見してええええ!!

「なんで私の周りにいる顔だけはいいやつはこうも学習しねえのか……絵師だけど論文書いたら何か受賞できねえかなあ……」

「書かんでええねん!そんなくっだらない論文!!」

「対象が何抜かしてんだか」

「あれ!?おかしいんは俺?俺か!?」

「最初からそう言ってんだろ」

「言ってない!」

いくらで売れるかなー、蘭と竜胆……いや三途と同じワンコインの百円でいっかー。
恐ろしいこと言いながら準備すな!!
梱包紙も麻紐もしまえ!!

「下ろせババア!!」

「目上の人間をババア呼ばわりする失礼なクソガキはさっさと出荷しようねえ」

「ああああああ!!嘘です!お姉さま!許してください!!」

「わざとらしい」

「じゃあなんて呼べばええの!?」

「名前知ってんでしょ、私は自己紹介してもらってねえからなあー、オマエの名前知らねえんだけどなあ」

「禪院直哉です!!下ろしたってください名前さん!」

「及第点かな」

つまんないな、そう呟くとババア……げふん、名前さんはフックから雑に俺の服を離した。
突然のことだったから受け身も取れないで落ちたけど、まあ下りれたならそれでいい。
何か文句言ってやろうと口を開く、けれどそれは目の前の女に黙殺された。
それ以上何か言うもんならシバき上げるぞ、そんな目や。
呪術師でもない、それも女に何を尻込みしているのか、普段の俺ならお構いなく文句言うわ。
でも、できない。
やったら殺られる、そんな気がした。

「で、絵は買ってくの?買わないの?」

「……買ってくわ」

「中には売約済みもあるからそれ以外からどーぞ」

渡されたのはこの個展で展示されている絵のリスト。
使用画材や描いた時期、モデルのある場所も記されていた。
へー、色鉛筆や水彩絵の具ってここまで描けるんやなー、子どもの遊び道具とか思ってたけどこら認識変えないとこの人に失礼や、ぽろっと口から出したら殺られる。
どれも空ばかり、空が三分の二を占める夜景もあったり海と一緒に描かれていたり、人が映り込んでいるものもあった。
どれもええけどこれっていうんがなぁ……あれ?
リストの下に小さな文字で『オーダー受付中、お気軽にご相談ください』と書いてある。
オーダー……つまりそいつのためだけにこの名前さんが描いてくれるんであっとるかな?

「なあ、このオーダーってどーなん?」

「何描いて欲しいのか教えてくれれば私が一枚描くよ。詳細が決まってるんならこのシートに詳しく書けばいいし、ざっくりしたものならそれだけ伝えてくれればいい」

「ほーん……値段は?」

「これに関しては値段を決めるのはアンタとうちの会計顧問やってくれてるやつで話して決めてくれる?」

「会計顧問なんておんのか……」

「いやー、私の付ける値段が低過ぎる、もっと自信持ってくれ、って言われてアドバイスもらうようになったから」

「ま……確かにもっといい値段付けてもおかしくはないからなあ」

そりゃ正解やで、まだ見ぬ会計顧問。
きっとこの人のことやから「値段?じゃあ千円でいいよ」なんて言うとるんやろうな、その会計顧問とは仲良くなれそうな気ィするわ、俺もそんな値段で売ろうとするなら相手が一般人の女で年増でも止める、自分の価値わかってへんもん、もったいな。
そう、そうなのだ。
一般人でも女でも、そりゃあ世間から見たら行き遅れの年増でも、どう見ても価値のある人間や。

「じゃあオーダーで頼むわ」

「イメージは?」

「俺んことイメージしてや」

「いいよ」

軽っ。
ええんかそんなんで。
今日で会ったの二回目やろ?そんなんで描けんの?
聞けば絵で表現するのが絵師だろ、と当たり前のように返された。
いや絵師でも全員がそうやないやろ。
支払いは名前さんが絵を描き終えてから会計顧問と話をすることになった。
契約書書いて、名前さんの名刺もらって、その日はお開き。
……あれ?なんで俺自然とこいつの絵を買うの決めたんやろ?
まあいっか、あの人女だし年増だけど絵は綺麗やから。

 

今日はいい天気だったなぁ、大雨洪水警報出てたけど。
なんか京都で吊るしたような気がするクソガキ来てたけど。

「ねえちゃん、車回してくるから待ってて」

「あ、オレ一本吸ってくる」

「はいよー」

蘭と竜胆が出て行ったのを見てギャラリーの戸締りをする。
明日は個展の最終日、売約済みの絵にちゃんと札がかかっているかも確認した。
ポストカードなんか今日の分は完売だ、嬉しい。
これならポストカード出す時もう少し刷っても大丈夫かもしんない。
なんならポストカードに直接何か描こうかな。
ああでも前にやろうとしたら九井に止められたんだ。
そんなのポストカードの値段で売っていいわけねえだろ!?
あんな必死な九井を止めたの鶴蝶とは明司だったな、姐さんの好きにさせてやれよとか、それで値が張るならいいだろとか、私抜きに修羅場始まってた、なんでそうなる?
佐野もそれ欲しい、って珍しく目をキラキラさせてた。
三途は買い占めますね!とヤクキメた目で言ってたし、そんな一連の流れを見て蘭と竜胆、望月は爆笑。
最近事務所に行ってないな、個展の頻度高いしあっという間に絵が売れるから九井が「買えねえじゃねーか!!」って凄い顔してたのは覚えてる。
なんなら値の二倍で買うから全部売約済みにしてくれって言われた、お断りした。
今度何枚か描くから……そう言って三徹突入九井が鶴蝶に引き摺られて行くのを見ながら宥めた気がする。

「……あれ、札落ちてる」

一番大きな絵の前に転がる売約済みの札。
ちゃんとかけたと思ったんだけどな。
おかしいな、甘かったかな。
その札をかけていると、なんかギャラリーで変な感じがした。
カタン、そんな物音も。

「……蘭?竜胆?」

おかしい。
蘭と竜胆かなと思って声かけても返答がない。
まだ電気消してないのに薄暗い、というか照明がチカチカしている。
やだな、こんなことなかったのに。
チカチカしたのはギャラリー全部の照明だ。
いくら使っているとはいえ、こんなに急に全部チカチカするものだったかな。
嫌な感じがとてもする。
さっさと戸締りして外に出よう。
そう思った時には遅かった。

『……る、ぃ』

「っ……」

首の圧迫感。
ギリギリと締められるような、息が辛うじてできているような。
振り向けない。
首に回る何かは恐ろしいほど冷たい。
何話してんのかまでわかんない、だって首締められて、緩かった力がだんだんと増していくから。
やばいやばいやばいやばい。
これ、ガチで死ぬやつ……!

『ズるいィ……!!』

何なのかもうわかんないよ。
掠れていく視界。
ねえちゃん!!ねーちゃん!?
蘭と竜胆の声がしたような気がするけれど、真っ暗な視界ではよくわからなかった。


親戚のおねえさん
直哉くんカムバックでまーたババアって言われたから逆さまに吊るした。
正直直哉くんの方が蘭くんや竜胆くんに近いものを感じるのでやりやすいな、とか思ってる。
会計顧問の九井くんに今度オーダーで絵を描くからよろしくー、と連絡入れておいた、その場にオレがいないのに進めんなよ!!と怒られた。
何かに襲われ暗転。

灰谷兄弟
今回出番はほとんどなかった。
車回したし一服したから迎えに行こーって思ったらおねえさんが何かに襲われていた。

禪院直哉
空ばっかりだけど綺麗やなーって足を踏み入れたのが運の尽き、ババアと叫んで逆さまに吊るされた。
絵は綺麗、絵はな!
人間性に問題あるんちゃうん……?お前が言うなワード。
せっかくならオーダーしたろ、ってことで絵が描き終えたから九井くんとお値段交渉することが決まった。

 

誰も彼もが忘れていること、おねえさんに呪力があっても術式があっても、本当にただの一般人なんだよ。
ここ最近でそういうのを見たり、知ったりしても、身内に梵天の幹部がいても、姉貴分でも、絵を描くことが大好きなただの一般人なんだよ。
抗う手段も方法も知らないんだよ。

2023年8月3日