さよならの下準備

※未来の話

「……おまえ、また痩せた?」

シュラが咳き込む私の背中を擦りながら怪訝そうに顔を覗き込んだ。
高校生の頃よりも髪は白く、目は濁り、体は細くなっていく。
もう武器の斧なんて震えないし、銃だって持てない、そもそも戦えない。
祓魔師を引退して、教会で相談役として勤めていたけれどもうそれもできない有様だ。
……あの人の隣に立てた時間が短かったことが悔しいな。

「大丈夫だよ。まだこうやって起きる時間は長めだもん」

「エンジェルは何やってんだよ」

「聖騎士様は忙しいんだからいいの」

「つーか何もこんな人里から離れた雪山の別荘で過ごさなくてもよくね?なんで?」

「寒いけど空気は綺麗だから街にいるより楽なんだ。アーサーさんも休暇の時にはいてくれるよ」

シュラが紅茶を淹れたカップを手に取り、それを飲むと咳き込む。
……ああ、やっぱり濃かったかな。
いつものように自分が飲もうと思って準備すると、濃くなってしまうことが多くなった。
食事だってそう、アーサーさんは言わないけれど表情に嘘はつけないから。
きっと、私の舌はおかしくなったんだろう。
度の強い眼鏡をしないと何も見えないくらい、視力が悪くなったのと同じで体のあちこちがおかしくなっていく。
分厚いレンズの向こうでシュラは驚愕の表情で私を見ていた。

「……名前」

「アーサーさんは何も言わないんだ。だから気づくの遅くなっちゃって、いつも通りの味付けにするのも本当に美味しいか、わからなくて……」

「他に異常は……?」

「まだわからない。祓魔師辞めてから酷くなったかな」

定期的に医工騎士が診察しに来てくれるけれど、よくなったとは一言も言わない。
きっと、残された時間はもうほとんどないのだろう。
なんでだろう、そう感じる。
だからいろいろ準備をしなくちゃね。
シュラの方を向いて笑おうとしたらシュラが私に腕を回してぎゅっと抱きしめた。
あったかい、やわらかい。

「お前は、もっとわがまま言っていいんだ……!あのハゲともっと一緒にいたいとか、行きたいところがあるとか、まだまだやりたいこともあるだろうが!!」

「……シュラ」

「──生きたいって、死にたくないって、怖いって、言ってもいいんだ……!」

こんなに細くなって、みにくくなって、アーサーさんの足枷にしかならないような女が。
そんなこと、言ってもいいの?
震える手を恐る恐るシュラの背中に回す。

「……死にたくない」

「うん」

「まだ、やりたいことある……」

「うん」

「メフィストクソ野郎のゲーム全部バラバラにしてないしライトニングさんを参謀から叩き落としてないし」

「……おう」

「……あと笑わないでね」

花嫁衣裳、着てみたかったの。
自然と目元が熱くなる。
シュラの肩口に顔を埋めて、唇を噛んだ。
やりたいことたくさんあるの。
四大騎士として立てたの一瞬だけだったから、もっと長くあの人の隣に立ちたかったの。

「わたし、もっといきたかった」

あの人にこんなこと言えないから。
だから、泣かせてごめんねシュラ。
お互いに抱き締めあって、暖炉の火が消えるまで静かに泣いた。

2023年7月28日