「ジューンブライドねぇ」
霧だらけの街中、ところどころジューンブライドの文字を見かける。
異界にもジューンブライドみたいなものはあるのだろうか、もしもこちら側だけでそれが浸透したのだとしたらこちら側の文化って凄いな。
ジューンブライドかぁ……印象強かったのは花嫁狙っていた血界の眷属がいて滅殺するのに手こずったこととかだなあ。
意外と血液の味を気にするグルメな血界の眷属っているんだなって死にかけながら思ったことがある。
花嫁だからって美味いわけじゃないと思うの、みんながみんな純血のままってわけじゃない。
カフェのテラス席でぼーっとしていたけれど、不本意ながら慣れた気配がして思わず後ろを振り返った。
「やあ、奇遇だね」
「……マクシミリアン」
「そんな身構えないで、今日は仕事じゃないし僕ひとりだから……君も休日だろう?」
イングヴェイは仕事だけどね。
なんて言いながらマクシミリアンは私の前の席に腰掛ける。
持っているトレーの上にはコーヒーとケーキ。
なんか意外で凝視していると笑われた。
「僕だってたまにはこういうところでこういうものを楽しむさ」
「そう……」
「意外?BBがそういう趣向あるって」
「あっても血に対してかなって思っていた」
「ああ……異性だったり、処女がよかったり、このHLでは異界人の血を好むやつもいるよね」
やっぱりいるんだ。
口元を覆う赤いバイザーを外してカップに口をつけるマクシミリアンを見る。
こうしていれば普通の人間に見えなくもないんだけどな……人間と違って牙はあるし目は鮮血のようだけど。
私もそうなんだけどさ。
少し冷めた紅茶を飲み、残っていたスコーンを口に運んでまた通りへ目を向けた。
異界人のカップルがアクセサリー店へ入る、人間2人が他愛ない話をして歩く。
なんてことないこのHLの日常。
「そういえば6月だからジューンブライドの時期だね」
「そうだね」
「名前もそういうの興味ある?」
そういうの……ジューンブライド……結婚とか、〝そういう〟の。
自分の生い立ちは少々特殊かもしれないけれど至って普通の家庭で育ってはいるから、年頃だったらまだ見ぬ未来に胸をときめかせていたかもしれない。
「興味を持っていた年は過ぎたよ」
見た目は20代だけど、普通の人間とは違う時間を生きているから。
こう見えてももう年寄りに足を突っ込んでいるんだよ、変でしょ。
当時の自分を嘲るように笑うと目の前のマクシミリアンは笑いもせずまっすぐと私を見る。
「そんなことはない」
「……」
「僕とイングヴェイからしたら名前はまだ可愛らしい女性だよ」
「……そう、ありがとう」
残ったスコーンを全部口に運び、流し込むように紅茶を飲んだ。
少しだけ、甘く感じる。
「君は白よりも黒か赤が似合うよ。僕は黒の方が好きだけど、イングヴェイは赤の方が好きかな」
「突然何の話」
「名前に似合うドレスの色」
「なんでイングヴェイも出てくるのさ」
「僕もイングヴェイも君のことをものにしたいなって」
「は……」
マクシミリアンの手が伸びて私の唇の横に触れる。
少しだけついていたのか、スコーンの食べカスを取るとそのまま自分の口元に運んで躊躇うことなく口の中へ。
「その方が君もいいに決まってる。ひとりで有限を過ごすより僕らと無限を過ごした方が余程いい」
その言葉の意味をこの血界の眷属はわかっているんだろうか。
「イングヴェイは言葉足らずだから伝わらないかもしれないけれどね。でも、僕らがそう思っているんだってこと、忘れないで」
そう穏やかな表情のマクシミリアンも、何かを期待してしまっている私自身も、怖かった。