このHLでも雨降るんだ、血じゃなくて普通の。
珍しい雨にちょっと見取れながら鞄のタオルを出して簡単に雫を拭っていく。
今は強い雨だけど少しすれば弱くなるかな、そしたら帰ろう。
近くの建物の下でスマホを取り出して適当に操作して開かれたページに目を滑らせた。
ここ最近は嵐の前の静けさのように牙狩り本部やライブラからの要請はない。
あるのはアルバイト先の店長からの事務連絡や他愛ない話。
あと自分の武器や道具の調達先からの連絡。
店に持ち込まれるものがものだからなあ……祓うのも一苦労だ。
異界のそういうモノはこちらの技術では祓いにくい、発生原因やらなんやらがこちらとは過程が違うから。
「……名前か?」
聞き慣れた声に顔を上げる。
そこには血界の眷属の片割れがいた。
愛犬を腕に抱えて、揃ってびしょ濡れだ。
「……何してんの」
「こいつの散歩に出たら降られた」
真っ赤な背広は見事に濡れているし、腕から下ろされた愛犬も身を震わせて雫を飛ばす。
血界の眷属も散歩に出るんだなあ……なんて思いながらびしょ濡れのイングウェイの顔にタオルを持った手を伸ばした。
きょとんと目を丸くするイングウェイを余所に拭いてやる。
風邪引かないとは思うけど、そのままもなんかいい気はしない。
「お前はいいのか」
「イングウェイほど降られてないよ」
「でも濡れてる」
大分水気を拭ってやると、今度はそのタオルをイングウェイが取って私の髪を少し乱暴に拭った。
そんなに濡れてないんだけどな。
「仕事帰りか?」
「うん。買い物しようと思ったけど雨に降られたから帰ろうかと」
「送る」
「……うん?」
「血脈門でも開けばすぐだ」
いやいやいやいや。
それはまずい、血脈門に自我があるかわからないけど戦闘でもないのにただの物騒などこでもドアにするのは申し訳ない。
手を翳そうとするイングウェイの腕にしがみついてひたすら首を横に振る。
それはいらんって。
私の意図を察してくれたのか、イングウェイはそうかと呟くと腕を下ろした。
そうこうしている間も雨は降り続けている。
「くしゅっ……」
雨が降ってるのも相まって少し寒い。
腕を抱いて鼻を啜ると隣にいたイングウェイが目を丸くして私を見下ろしていた。
「……」
「……何?」
「やっぱり送る。血脈門は使わなければいいんだろう?」
血脈門は、ってなんだ〝は〟って。
イングウェイは愛犬を片腕に抱えるとそのまま私に預ける。
……そこはかとなく嫌な予感。
それから一度、イングウェイが一度身を屈めたかと思ったら、急に襲いかかる浮遊感が。
「……この体勢は所謂お姫様抱っこでは?」
「このまま名前の家に向かえば問題ないな」
問題しかないが!?
でもこれ善意だし……
いろいろ言いたいことはあったけど「安全にお願いします」とイングウェイの愛犬をしっかり抱きしめた。
雨は、弱くなっていた。