約束の待ち合わせ時間が近づく。
約束の待ち合わせ場所に近づく。
途中、何度か歩みを止めて道中のお店の窓ガラスに映った自分を見た。
前よりも伸びてきた自分の髪、どうしても毛先は少し跳ねてしまうけれど、変じゃないかな。
通っている美容院でおすすめしてもらったヘアオイルは髪が纏まりやすく仕上がるとは言っていたけど、さすがに一日仕事した後はキープ力が落ちてしまうらしい、香りだけは残っている。
職場を出る前に簡単にメイク直しもした、多分、大丈夫、のはず、おそらく。
ああ、変なの。
今までこんなに気にしたことあったっけ?
……あっても、大学が最後かな?何も進展有りませんでしたけどね、ええわかってましたとも、別になんとも思ってませんとも、今は。
赤信号で足を止め、鞄の中からスマートフォンを取り出した。
あ、メッセージ。
彼は店の前で待っててくれているって、一緒に入ろうって、内容。
もうすぐ到着する旨を返信し、鞄にスマートフォンを戻す前に自分の指先が目についた。
ネイルくらい、してもよかったかな。
彼に好かれるため、というよりかは自分なりに自分を可愛く見せたいというか、いや別に私なんかそんなことやったって意味ないかもだけど、ちょっとくらい、そういうことをしようとする自分は大切にしてあげられたら、いいと思うから。
他人の、人生の一番幸せな場面を綺麗に飾れるくせに自分を飾れないちぐはぐなやつ。
仲の良い同僚の、私への酷評は合っていると思う。
信号が変わり、人の波に合わせて足を進めた。
横断歩道を渡り切り、もうずいぶんと慣れたバーへの道を歩く。
あー、毎回だけどドキドキするのよ。
だって、こんないい歳だけど、好きな人に会えるっていつでも胸が高まるものだもの。
「吏来、お待たせ」
「お疲れ様名前、そんなに待ってないよ」
待ち合わせは初めて吏来と会ったバー、ディナーにしては遅い時間に。
バーの前で待ってくれていた吏来がドアを開き、私の背に触れて中へ入る様に促した。
上着を脱いで椅子の背もたれに引っ掛け、いつものカウンター席に並んで座る。
吏来はいつものウイスキー、私はカシスオレンジ。
さすがに飲み物や食事は自分の好きなものにするよ、だって美味しいもん。
二杯目はウイスキーにしようかな……ワインもいいな……一杯目だって来てないのに気が早すぎるか。
「仕事の調子はどう?最近はうちに代行の相談ないみたいだけど、変なの来たりしていない?」
「最近は比較的落ち着いているかな、少し前は大変なのいたけど」
結婚なんて人生の幸せ絶頂と言っても過言ではない場面、そりゃ、いろんな顧客はいる。
ほとんどは問題なく終えるんだけど、稀に、本当に稀にとんでもないのがいる、嘘のような本当の話。
なるべく穏便に済ませたかった上司が吏来のいる代行サービスに依頼を、なんてのは少なくはなかった。
「名前は?」
「え?」
「名前は、大変?」
吏来が咥えた煙草に火をつけて息を吸う。
ふう、と深く煙と息を吐き出す姿も様になるんだな、と少し見惚れていたから吏来の問いに答えるのに少し時間を要した。
私、は……多分、そんなに大変じゃない、はず。
仕事は。
「いつも通りだよ」
「……そう」
吏来と私の前にそれぞれ注文のしたお酒が置かれる。
そのグラスを手に取り、軽くグラス同士を当てて口をつけた。
ああ、甘いお酒が美味しい。
本当に疲労困憊の時はウイスキーをロックで一気に煽るけど、甘さをゆっくり楽しむのが一番好きかもしれない。
それからいつものようにフードメニューを追加しながら、他愛ない話をして時間を過ごす。
この時間が一番好きだ。
誰かに恋をしているかもしれない吏来の隣で過ごすことができるんだから。
このベビーチーズはいつも美味しいな、甘いお酒にちょっとしょっぱいチーズの組み合わせって最高かもしれない。
家で飲むビールと簡単に塩茹でした枝豆も最高。
生ハムなんかもいいかな、なんて酔いと共に食に意識が傾いてきた頃、不意に吏来が私に手を伸ばした。
「髪、だいぶ伸びたな」
綺麗な、でも男性らしい指が私の髪に触れる。
跳ねているし、ケアしているとはいえ傷みやすい毛先をそんなまじまじと観察されるのはちょっと勘弁してほしいけど。
「うん、伸ばしているからね」
「……ふぅん」
どんな感情?
……ああ、覚えていないんだろうなあ。
いつもより顔を赤くして、一目見て酔っている吏来が、私に言ってくれたんだけどなあ。
伸ばした方が似合うし可愛いよ、って。
そんな、なんか、不貞腐れたような顔しないでよ。
期待しちゃうじゃない。
「似合うんだって」
「……え?」
「可愛いんだって、伸ばすと」
実は、やきもちだったりとか。
……お酒で少しだけ気が大きくなったってことにしておいて。
機嫌が斜めになったような顔をした吏来がいつものように私の肩に寄りかかる。
なにかぼそっと呟いていたけど、店内の音楽に掻き消されてしまうほど小さくて私には届かなかった。