デートに何回誘っても普通に断られて内心ギャン泣きしていた話でもするか?

突然だけど思い出したことがある。
去年だったか、俺がグレースとして女を一緒に出かけないか誘った時、ふっつーに断られた話。
休みが重なったからパシフィック・ブイ近くの八丈島でお茶に行かないかって誘ったんだ。
その時には事故チュー事件の後で、変に意識していたから、今思えばあれは恋する乙女を完璧に演じられていたんじゃねえかな。
女が女に恋をする、傍から見たら大丈夫かって心配されるが、日本人の少ないパシフィック・ブイではいろんなやつらが微笑ましく見守っていた、と思う。

「あ、あのね、次の週末なんだけど、休みがあなたと被っているんだけど、よかったら一緒にお茶しに行かない?」

女は俺より小柄で、なんなら直美よりも小柄だ。
こっちから声をかける時に俺の視線が変わらないままだとこっちを見向きもしないだろうなって思って、女が踏み台に上がってサーバー本体のメンテナンスをしている時に下から上目遣いを意識して声をかけた。
おらどうよ、なんだかんだ男たちには好評なグレースの上目遣いだぞ、かわいいだろ。
余談だが、直美や女性スタッフもこれには弱かったりする。
レオンハルトやエドは別だ、あいつらグレースが上目遣いしても見向きしねえからな。
女は口寂しそうにむにむにと自分の唇を触り、それから一言。

「予定入ってるから無理」

「……そ、そう」

酷くねえか!?
この間ほんの一瞬だぞ!?考える素振りも見せねえの!!
いつものワイシャツにパンツスーツではなく、機械を触るからかつなぎ姿の女はごめんだの悪いだのの言葉もなく、俺に視線を向けることなく、その一言!!
はァ?数少ない女性スタッフにその態度普通ありえないんじゃねーの!?
なんのためにお前について来て作業手伝ってると思ってんだよ!声かける口実がほしいに決まってんだろ!
いくら同性同士の恋愛っつー文化が一般的じゃねえ日本人でもそれはなくね?
なのに器材を取る時には「ごめんそれ取って」って……絶対言葉の場所間違えてんだろ!!
それからかける言葉が特に思いつかないまま、女とのサーバー調整作業は終わった。
お疲れ、と俺に声をかけ女はつなぎ姿のまま喫煙所へ。
く、悔しい……!
ジンに相手にされないのとはまた別の、この、こう、とにかく悔しい!ちくしょう!!
結局週末は女は自分の水上バイクで八丈小島を経由してひとりで八丈島へ向かっていくのを見送るしかできなかった、律儀に水上バイクの運航可能な場所通りやがってちくしょう。
ならその次だ……人の目がありゃ断りにくいだろ!
次に重なったのは二週間後、終業時間になってまだスタッフもメインルームにいる時に女が立ち上がって外へ行ってしまう前に声をかける。
この前と同じ言葉、でもこいつなんて返したと思う?

「都合合わないから無理」

だぞ!?
即答かよ!!
考えてねーじゃん!少しは考える素振り見せろっつーの!!
まさか断られるとは思わなくて呆然とおつかれっしたーとメインルームを後にする女の背を見送るしかできなくて、突っ立ったままでいるとポンと直美に肩を叩かれた。

「グレース泣かないで……」

「あれはねえ、さすがに女だの日本人だの関係なくあれはねえ……」

「一周回ってすごいなあいつ」

な、泣いてねーし!!
毎回毎回お前は休みに何してんだよ!

「うーん……あの子恋人できたとか?」

はァ!?
直美の言葉に俺を含めメインエンジニアが直美に視線を向ける。
あの女に恋人!?
ない!ない……ない……はず……
そりゃ、あいつよく見ると顔は整ってるし、背は低いけど、まあ悪くは、ない。
直美の言葉にレオンハルトとエドは納得したように、でもレオンハルトだけは「あんな狂暴な女を恋人にしてェっつー物好きがいるなら見てみてえな」と呟いた。
ここに!いますけどォ!?
恋人までいかなくてもお近づきになりてえグレースがここにいるだろ!?

「何言ってるのよ、あの子だって可愛いし綺麗じゃない」

「見た目じゃなくて中身の話をしてんだよ、お前だってあいつがここでなんて呼ばれてるか知ってるだろ」

「……まあ、パシフィック・ブイの問題児だからなぁ」

問題児に惚れるのが真面目な女だろうが!!
いやグレースの中身は俺だけどよォ!!
女同士で出かけるのってそんなに変か?変じゃねえだろ!
直美とだって八丈島にお茶しに行ってるわ!!

「直美は、彼女と出かけたことはあるの?」

「え、ええ……一度だけね、あの子の予定がなくなっちゃった時に声かけたら行けたわ」

……ちくしょう!!

 

すげー恨めしそうにグラス片手に真っ赤な顔をローテーブルに伏せる男に思わず溜め息を吐いた。
疑っていたわけじゃないけどこいつ本当にグレースだったんだな……
つーか思ったより酒よっわ。
酒飲みたいっていうから父さんが別荘に来た時に飲んでいる焼酎出したらこれよこれ。
もしやあまり飲んだことない?めちゃくちゃ飲んでそうな外見して?
煙草も吸わないしなこいつ……たまーに私の煙草吸ってる程度だし、なんならよく噎せているから得意じゃないみたいだ。
パシフィック・ブイでもグレースが飲んだり煙草吸ったりなかったからそりゃそうか、私より早くあそこにいたみたいだし、この前聞いた年齢考えれば納得する。
めちゃくちゃ私がデートのお誘い断ったことを根に持っている件について。
仕方ないじゃん、予定があったし。
ちなみに恋人はいない、高校の頃に付き合ったことはあるけど一ヶ月で破局したから。

「この前後ろに乗せてやったじゃん」

「たりねーらろーが!にゃんかいさそったとおもってんら!!」

おーおー、呂律回ってねーけど大丈夫?
男の手にしているグラスを取り上げて、半分ほど残っている中身を飲み干す。
すると男は「ありゃりまえのよーにかんしぇちゅちゅーしやがって!ちゅーしゅゆならくちにしりょよォ!!」とよくわからんキレ方をした。
私は焼酎は得意じゃないんだけどな、飲むなら缶チューハイがいい、今度買ってこよう。
男の近くからおつまみの乗った皿を遠ざけ、私は煙草を咥えて火をつける。
飲む前に風呂入って正解。
ふー、と煙を吐き出せば男は突っ伏していた顔を上げ、眉を寄せて「くさい」と一言。
しょうがないじゃん、いい匂いの煙草なんてねえんだから。

「たばこくしぇーんらよ!!」

「じゃあお前の前で吸うのはやめるわ」

「やめりょとはいってねーりゃろ!!」

「めんどくせー酔っ払いだな寝ろ」

絡み酒にも程があるわ。
再びゴンッと突っ伏した男を横目に煙草を咥えたまま皿やグラスを片し始める。
焼酎はまだ残っているからまた今度。
父さん来る時には新しいのを用意しておこう。
片付けで台所と居間を行ったり来たりしつつ、ローテーブルを拭いていると男が私の手を掴んだ。
赤い顔で上目遣い。
そうだな、惚れっぽい人だったらグッとくるんじゃないかな。
ベッド行けば?と促してもイヤイヤ期の子どもみたいに首を横に振る。
ローテーブルの上で痛くないんか。
なんかなー、常に怒っている猫みたいに見えんだよなー。
前まで編まれていたコーンロウはここ最近解いているし、波打つ髪は意外と柔らかそうだ。

「おまえは」

「ん?」

「グレースのこと、どうおもってた?」

男の目はグレースの目だ、男の唇はグレースの唇だ。
どう思ってた?
私からしたらグレースは、いや、グレース含めたメインエンジニアたち、局長、他のスタッフたちはみんな同じ括りだ。
仕事仲間。
それ以上でも以下でもなく。
……でもこれ言ったらまたこいつ泣くんじゃないかな。
そりゃあレオンハルトとめちゃクソ言い合いしたし乱闘直前まで何度もいった、我関せずのエドには私も我関せずを貫いた、気さくな直美には近過ぎず遠過ぎずの距離感を保っていた、局長は上司だからそういう接し方しかしなかった。
グレースだって、やけに私に構ってきてくれたけれどどうせ仕事仲間、サポートスタッフだった私と比べたらどう考えても私なんかよりも優秀で、私と違って替えのきかないメインエンジニアだった。
別にサポートスタッフが嫌だったわけじゃない、むしろICPOの施設で働かないか声がかかった時点で誇れる。
人間関係は別、特に特別なやつはいなかった。

「……」

男の問いには答えられない。
沈黙を貫いていると、男は少しだけ、まるでわかっていたかのように少しだけ寂しそうに笑う。

「グレースは、おまえのことすきだった」

「……そう」

それは、ありがとう。
ごめんね、別に好きでも嫌いでもなくて。
小さく呟くように言っても男は私から手を離さない。
私の黒いマットネイルで彩られた指先を質感を確かめるように触れ、肩口から垂れる髪に指を絡ませ、それから男性にしては細く華奢な指で私の頬に触れた。

「おれは、おまえのことすき」

「は……」

「グレースもおれだし、おれもグレースだし、おまえのことずっとすき」

……これは、告白というやつで合ってる?
黙ってりゃ整った顔立ちだってのに、男はふにゃ、と表情を緩め、するとぱたりと手がローテーブルの上に落ちる。
んん?寝た?寝落ちた?
……なんてベタな……ええー……?
つんつんと試しに頭を指先でつついてみたけど、うんうん唸るだけで他の反応はなし。
びっくりした、急に告白されたかと思った。
酔っ払いのちょっとした戯言か、それとも意外と本心だったりするのか。
それは私はわからねーしな。
確かにグレースのことは別に好きでも嫌いでもなかった。
じゃあ男のことはどう思っているのか、って言われたら……ただの同居人だろうか、まだ。
くかー、と間抜けな寝息が聞こえてきたので煙草を灰皿に押し付けてから手にしていた布巾を片付け、襖一枚向こうのふたりで使っている寝室から枕と掛け布団を持ってくる。
やや乱暴に男を横にしても起きる気配はない。
頭の下に枕入れて、ひとつに纏めている髪解いてやって、それから掛け布団をかけた。

「……好き、ねえ」

それは、今の状況的に、本能が嫌いになれないだけなんじゃないの?知らんけど。
思ったよりも幼い寝顔を見て、居間の電気を暗くする。
私は灰皿片手に縁側に腰かけ、寒くなり過ぎない程度に薄く窓を開けて煙草を口にした。
パシフィック・ブイでは防災の面からオイルライターは使えなかったけど、今はそんなの特に関係ない。
コンビニやスーパー、どこにでも売っている百円ライターを使って咥えた煙草に火をつける。
フィルター越しに息を吸う、煙を肺に留めるように一瞬だけ呼吸を止め、それから深く煙と息を吐いた。
不味いと感じない、臭いとも感じない、かと言って美味いとも感じない。
当たり前だから。
私が大きく息を吸うと煙草の味も匂いもするのが当たり前だから。
そのうち、この男がいることが当たり前に思う日が来るのだろうか。
もしかしたら手遅れかもしれない。
この男が私と離れる想像が全くできないんだから。
こういうの、絆されたってのかなぁ、なんて思いながら幼い寝顔を見ながらもう一度フィルター越しに息を吸った。

 

「……あたまいてえ」

「飲み過ぎだろ」

「なんでお前はケロッとしてんだよ!」

「お前より酒強いからに決まってんだろ」

「……俺も強くなる!」

「強くなれんのは少年漫画の主人公だけだ諦めとけ」

「よくわかんねーたとえすんなよ!!」

うーん……同い年だったと思うけどクソガキにしか感じねーなー。
ほら、しじみ汁。
そう言って朝ご飯を支度していれば、男は不機嫌そうに顔を歪めたままお椀に口をつけた。


元サポートスタッフの女の子
パシフィック・ブイで働いている時にグレースのお誘いを全部断っていた強者。
いや本当に予定入ってたんだって、父親と姉と妹が八丈島に頻繁に来ていたから一緒に遊んでました。
酔っ払いピンガの姿を見てめんどくせーなーって素直に思った。
それは告白……?でも酔っ払いだしな……
鈍感なんじゃなくて自分がそういう対象になると思ってないからわからないだけ。

ピンガ
グレースの時に女の子にたくさんお出かけのお誘いしたのに全部断られたことを飲みながら思い出してめちゃくちゃ恨み言吐いて酔い潰れた。
事故チュー事件後だったのでそれなりに女の子のことは気になっていた頃だったから割りと必死、もちろん女の子以外は微笑ましく見守ってました。
酔った勢いでいろいろ口走ったけど大丈夫……?でも覚えてないかもしれない。
ここまで来てピンガは自分の名前名乗ってないし、お互いにお前やらてめーやらでやりとりしている。

2023年8月5日