死ぬのが怖いカルデア職員には冥界の記憶がある

「嫌だよ怖いよ死にたくないよ……だって死んだらどこに行くの?冥界になんて行けないじゃない、だってここはウルクじゃないんだもの……エレシュキガル様ぁ……怖いよぉ……」

「名前さん、大丈夫、大丈夫だから……!」

「先輩、ギルガメッシュさんを呼んできます!」

マシュが駆け足で倉庫を出ていく。
隅っこで蹲って泣いているのはカルデアの職員のひとりである名前さん。
あの、管制室での爆発に巻き込まれてからすっかり臆病になってしまった。
死ぬのが怖い、そう泣きじゃくる。
死んだらどこに行くのかわからないから、どこに行けるのか知らないから、冥界に行けるかわからないから、だから死が怖い。
まるで発作のように、年齢に不相応な泣き方で真っ暗な倉庫に閉じ篭る。
あるのは非常用の小さなランプがひとつと毛布が1枚。
それが名前さんの落ち着く環境だと言っても、放っておくのは躊躇われた。

「エレシュキガル様……怖いよ……」

それにしても、名前さんはなんでエレシュキガルの名前を知っているのだろう。
バビロニアの特異点で出会った冥界の女主人。
名前さんはカルデア職員の中でもまだまだ新入りで、レイシフトの適性もないし、マスターでもない。
なのになんで、知っているのだろう。
幼い子どもみたいに怖い怖いと泣きじゃくる名前さんの背中を撫でて、手を繋いであやすようにしているとマシュの出て行った倉庫のドアが開いた。

「王様……!」

「マシュから話は聞いた。その娘、前世はウルクの民だったのだろう」

マシュと倉庫にやってきたのはキャスターのギルガメッシュ。
……アーチャーの方じゃなくてよかった、名前さん泣き出しそうだもん。

「冥界の記憶の方が鮮明とは生き辛かろうに。──娘、何を泣いておる」

「おうさま……?ギルガメッシュさま?」

「今この時は特別だ。面を上げて話してみよ」

顔を上げた名前さんの目にはちょっとの安心感が映っている。
ギルガメッシュは名前さんと俺の前に立っているけれど、いつもより柔らかい雰囲気だ。
名前さんはしゃくりを上げている喉を落ちつかせようと、息を殺して、涙でぐしゃぐしゃになった顔を一度制服の袖で拭ってからまっすぐと、はらはらと涙を溢れさせている瞳でギルガメッシュを見上げた。

「王様、私は死んだらどこへ行くのですか……?ここはウルクではありません、私が生きていた場所ではありません、冥界へ行けません。ひとりで真っ暗な中にいるんですか……?あの方は、エレシュキガル様は、暗くて寒くて寂しい場所で、私に優しくしてくれたエレシュキガル様は冥界にいるのに、私は死んだら冥界に行けないのですか……?」

言葉の端々が涙声で滲む。
けれどギルガメッシュは嫌な顔ひとつしないで名前さんの言葉を聞いていた。
ああ、この人は、今と前がごちゃ混ぜになってしまっているんだ。
普通の人じゃなくたってこの状況は楽観できるものなんかじゃないし、爆発に巻き込まれたことで、何かの箍が外れてしまったんだろう。
気丈でなんていられない、自分だって怖いんだから。

「今のお前はウルクの民ではない、ただの魔術師だ。冥界へは行けない。だが──お前が焦がれる冥界の女主人とは、マスターが縁を結んでる故に会える可能性がある」

「エレシュキガル様に、会える……?」

「ああそうだ。死ぬのが怖いから生きるのではなく、エレシュキガルに会うために生きろ。少しは楽になる」

ギルガメッシュの言葉は何度か反芻して、名前さんはこくりと頷いた。
それから丁寧にその場で頭を下げると、ギルガメッシュは鼻を鳴らして倉庫から出ていく。
名前さんは自分とマシュを見ると、眉を下げて困った表情を浮かべると、今度はぼそっと言葉を発した。

「……もう大丈夫、ですので、ひとりにさせてください……ここの倉庫が一番落ちつくんです……」

暗くて寒くて寂しい場所、冥界のような場所、それに当てはまるのだろう。
だから名前さんはここが落ちつく環境なんだ。
自分とマシュはお互いに目を合わせて、せめて体調に気をつけるように声をかけて倉庫を出た。
しばらく閉じたドアを見つめて耳を澄ます。
……さっきよりは落ちついたみたいだけど、啜り泣く声は聞こえる。

「……先輩」

「うん。また少ししたら見に来ようか。温かいココアでも淹れてさ」

「はい」

今は自分たちにできることはない。
とりあえずギルガメッシュにお礼を言ってから名前さんのためにココアを調達しよう。
まずはギルガメッシュがいると思われる方向に足を向けた。

2023年8月5日