死ぬのが怖いカルデア職員には冥界の記憶がある②

薄ら寒い倉庫で毛布にくるまって小さなランプをただ眺める。
私の落ちつく場所。
いつかは知らない、私も知らない私の一番大切な記憶。
あそこは暗かった。
あそこは寒かった。
あそこは寂しかった。
……けれど。
明るくしようとしてくれる人がいた。
温かくしようとしてくれる人がいた。
傍に寄り添おうとしてくれる人がいた。
好きだったの。
家族とも離ればなれになって、ひとりで真っ暗な場所で泣いてる時に、私を探しに来てくれたあの人が。
触れる体はなかったけれど、あの場所は寒かったけれど、あったかかったの。

「……エレシュキガルさま」

無意識に呟いたあの人の名前。
呼んでも応えてくれないけれど。
やってきた眠気に身を任せて目を閉じたところで倉庫の外でパタパタと足音が聞こえてきた。
子供が駆けるような足音は、藤丸くんのサーヴァントの誰かだろうか。

「あ、いたわ!臆病な白ウサギを見つけたわ!」

「ほんとだ。おかあさんの言う通りだったね」

倉庫のドアが開く音と、幼い声に閉じた目を開ける。
幼い声の主たち、キャスターのナーサリー・ライムとアサシンのジャック・ザ・リッパーだ。
2人は私の前に立つと、それぞれ私の腕を掴んだ。

「マスターが呼んでるの。あなたが会いたい人もいるのよ」

「私が会いたい人……?」

「おかあさんが急いで連れてきてって」

「大丈夫よ、あなたの怖いものじゃないわ」

私が会いたい人、怖くないもの。
ドキドキと心臓が高鳴っていく。
私を宥めるようにナーサリーは笑って、私を促すようにジャックが腕を引いた。
私が会いたい人なんて、ひとりしかいない。
でも、でもでも本当に?
会える可能性があるって王様は言っていたけれど、本当?
本当に私が会いたい人?
自然と立ち上がって2人に腕を引かれるまま足を進めていく。
連れて行かれる先は、藤丸くんがサーヴァントを召喚する時に使う部屋。
普段は私は入ってはいけないのだけど、とたたらを踏むもサーヴァントには敵わずナーサリーとジャックによってその部屋に足を踏み入れた。
神々しい光。
マシュの盾によって可能になった召喚システム。
その中心にいたのは、私が会いたくて仕方なくて焦がれていた人。
藤丸くんとマシュは私を見て微笑んでいて、近くにいる王様も優しげな表情だ。

「な、なに?どうしたの?──泣いてるの?」

その人は私を見ると慌てた様子で近づいて、目線を合わせるように下から私の顔を覗き込んだ。
あったかい人、やさしい人、よりそってくれた人、すきな人。
ボロボロと零れる涙をその人は細い指先で拭ってくれる。
初めて、触れた、触れてもらった。
涙は止まらなくて、悲しいわけじゃないの、嬉しいの。
その人はそんな私を見て藤丸くんと王様に助けを求めるように見たけれど、藤丸くんは微笑んだままで、王様は鼻を鳴らした。

「ちょ、ちょっとなんなの!?訳がわからないのだわ!どうして泣いてるの?何か悲しいの?」

悲しくない、悲しくないの。
声にはできなくて首を横に降るけれど、涙は変わらず零れていく。
会えるとは思わなかったもの。
あなたはずっとあの場所にいると思ったもの。

「エレシュキガルさまぁ……!」

会えたのが、嬉しいの。
嬉しいから、泣いてるの。
ごめんなさい、ちゃんと話すから、涙が止まるまで、待ってください。
慌てるエレシュキガル様に助け舟を出す藤丸くんが声をかけたのを聞きながら、私は両手で顔を覆った。

2023年8月5日