詐欺師が刑事のヘアセットをする

珍しくあいつ寝坊だな。
いくら休みとはいえ、もうとっくに十時過ぎだ。
……ま、昨日帰ってきたのが遅かったもんな。
追っている事件の大詰めだと言ってここ数日は署に泊まり込み、俺に連絡をよこして猫たちの世話を頼むくらいだ。
それに帰ってきた昨日もにゃあにゃあぶみぶみ鳴く猫たちをこれでもかと撫で、飯もそこそこにさっさと風呂に入ってベッドへダイブ。
抱き枕にしてもぴくりとも動かなかったのは肝が冷えた。
さて、どう起こすか。
寝室の前で心配そうにドアを見つめる白猫と、そんな白猫の前で堂々とドアノブにジャンプして侵入を試みる黒猫。
たまに白猫が黒猫を割と強めの猫パンチを食らわせているのを横目に俺は寝室のドアを開けた。
カーテンをそっと開け、高く昇った陽の光が部屋に差し込む。
しかし、布団を頭から被っている名前には効果はない。
少しだけ布団を捲ってみれば、なんとも言えない表情をしている名前と目が合った。
なんだ、起きてたのか?

「よう、おはよう」

「……おはよう」

せっかく寝ていたのに、と少々恨めしそうな女の機嫌をとるように乱れている髪を撫でる。
名前に手を差し出せばのろのろと手を取ったのでそのまま引っ張ってその体を起こしてやった。
飯は、と聞けば昼にまとめるよと返ってくる。
名前は寝室を出るとにゃあにゃあ鳴く白猫の撫でて「あとでね」と通り過ぎると台所へ向かい、猫たちがイタズラをしないようにと棚の中に入れていた煙草とジッポを取り出した。
相変わらずの慣れた手つきで煙草を咥えるとそれに火をつけて煙と息を大きく吸う。
白猫は名前が煙草を吸っているのをみると少しだけ残念そうにしてリビングに戻っていった。

「吸ったらせめて着替えてこいよ。買い出しには行く予定だろ?」

「うん……」

「猫たちの飯と、冷蔵庫の中身」

「天谷奴さん酒のつまみしか買ってないでしょ」

「そりゃあな、飯済ませてから来りゃあそうなる」

つってもこいつがいねえってのにこいつの家で飲む酒も味気なかったけどな。
とりあえず一本を吸い終えた名前がのそのそと寝室に戻るのを見届けてあいつの鞄を探す。
ソファーの横に昨日帰ってきたまま置かれていたそれを手にして財布と鍵ぐらいは出してやろうと思えば、見た目より遥かにある重さに「は?」と目を見開いた。

「……おーい名前、お前の鞄にでっけー猫が入ってんぞ」

「えー?」

なにそれ、と寝室から出てきた名前は寝間着のスウェットからラフな格好になり、簡単に眉毛を書くだけのめくをしていたが髪だけはまだ乱れたままだった。
問題の鞄からは黒い尻尾が覗いている。
鞄の中身全てを覆うようなでっかい黒猫の脇に手を入れて持ち上げ、そいつをソファーの上に乗せた。
おっも。
おいちゃんの腰をいわせたらどうしてくれんだよ。
白猫は白猫で名前の足にすりすりと頭を擦りつけては満足そうに喉を鳴らしている。
そんな白猫を抱き上げた名前はソファーに腰掛けて子どもをあやす様に白猫を撫でながら適当に髪を梳かしていた。
仕方ねえなァ。
鞄から出した財布と鍵はローテーブルに置き、名前の手からヘアブラシを取り上げる。

「あれ」

「やってやる。希望は?」

「特にないかな」

「じゃあ俺のおまかせだな。高いぜ?」

「誰に金銭要求すんのよ」

「冗談だよ、冗談」

癖っ毛は思ったよりも柔らかい。
昨日あんなに疲労困憊でも風呂上がりにしっかりドライヤーしたからか、引っかかることなくヘアブラシは髪の上を滑っていく。
どうせなら結んでやるか。
休日もそうでなくても下ろしていることがほとんどだもんな。
ヘアゴムは……と探していると、ヘアブラシの柄に何かが括り付けられているのに気づいた。
……いや、それはやめようぜ?せめて棚や引き出しに入れておけって。
生憎これしかすぐに用意できないな、そう思いながらヘアブラシを持つ手とは反対の手首にヘアゴムを通しておく。
名前の髪を梳かしながら髪を束ね、やや緩めにヘアゴムで括り、それから少し前に流行っていたくるりんぱとやらをした。
おお、我ながらいいんじゃねえか?
その出来をスマートフォンのカメラで撮り、ほらよと名前にそれを見せる。

「おー!なんか抜け感的な……?」

「悪くねえだろ?」

「うん、いいね」

「ほら準備はできたんだ、買い出し行こうぜ」

猫たちの遊び道具になる前にな。
満足そうに表情を緩める名前に抱かれている白猫が不服そうににゃあと鳴く。
別にいいだろ、お前らは俺がいない時にこいつに構ってもらってんだからよ。
勝ち誇ったように猫に向けて鼻で笑えば猫たちは軽くシャー!と俺を威嚇した。

2023年11月26日