詐欺師の誕生日の夢

「あなたからも言ってくれる?この子、今月だけで三本もマイク破壊しているのよ」

「あ、あの……不可抗力なんです……」

「その言い訳何回目?少なくとも毎回その言葉は聞いているわ」

ソファーに座る那由多の前に、正座をして居心地悪そうに目を逸らす名前がいる。
一瞬、その光景に頭が警鐘を鳴らした。
だが思ったよりもすんなりと受け入れて俺の口からは言葉がすらすらと出る。

「そうだなァ……いくら投げんなっつっても投げんし、署長に直に釘でも刺すかァ?」

「絶対減給になるぅ……我が家には養わなきゃいけない猫たちがいるんでどうかご慈悲を……!!」

「マイクをぶん投げた相手も似たこと言ってたんじゃねえか?」

「本当よ……なんで耐久性なんて形状に不似合いなものを考えなきゃいけないのかしら」

はあ、と大きく溜め息を吐いた那由多が名前の頭をぽんぽんと撫でるように叩いた。
名前は自分に非があることをわかっているからか、されるがままだ。
だって投げるものなかったし、お手軽だし、那由多さんたちが直してくれるし、とブツブツ呟いている名前。
通りかかった息子たちが「また名前さんやっちまったんスか?」「またやったん?マイクぶん投げて捕まえんのすげーじゃん」「でも警察なのに学習しないよね」なんてヒソヒソしながら手にジュースとスナック菓子を持って部屋へ上がっていく。
ああ、なんなんだろうなこの感覚は。
これに対して込み上げるものは、なんだろう。
目の前に最愛がいる、目の前に特別がいる。
当たり前のように存在して、当たり前の日常としてここにいる。
──夢だ、これは。
じゃなきゃこのふたりが揃って目の前にいるわけがない、息子たちと同じ屋根の下にいるわけがない。
この光景を、望んでいたものが容易く叶うわけがない。

「はあ……もう、息子たちがあなたに影響されてマイクの使い方間違えたら怒るからね。名前さん、ご飯食べていくでしょう?」

「いいの?実はあのまま退勤してからお腹空いていて……」

「大捕物だったものね、直せる範囲だったからとりあえずこの話はおしまいにしましょう」

やったー!ご飯ー!とはしゃぐ姿に思わず俺も那由多も表情が綻んだ。
夢、夢なんだ。
だって名前の飼っている猫は白猫と黒猫だ、白猫と三毛猫じゃない。
だって名前は俺のことを「天谷奴さん」と呼ぶ、決して「山田さん」ではない。
ああ、複雑だ。
名前がここまでデカいモンにならなけりゃ、この夢を享受していたというのに。
名前はここにいなかったのに。
いてほしいと、少しでも思う自分は間違ってんだろうか。どうしたの?と首を傾げるふたりの姿に目眩がした。

 

「天谷奴さん、そんなところで寝たら風邪引くよ」

そんな名前が心配そうな顔で俺を覗き込んだ。
ああ、夢だったな。
ぼんやりとそんなことを思う。
名前はにゃあにゃあと鳴いて足下に擦り寄る猫たちをはいはいと宥めながら、どこか調子悪い?と床に寝転がっている俺の頭を撫でた。
珍しく冷たい手が意識をはっきりさせる。

「今日誕生日でしょ?早く帰ってこようとは思ったんだけど遅くなっちゃった」

名前の視線につられて時計に目をやれば、いつの間にか夜の11時。
てっきりまだ7時くらいのつもりだったんだがな。
夢を見ると時間感覚がおかしくなる。

「ご飯食べた?何か作ろうか?」

「おう……」

「ケーキは明日にする?今にする?」

「おう……」

「……寝惚けてる?」

「ん……」

ぽやぽやとしている頭では気の利いた返事も思いつかねえな。
苦笑した名前がジャケットを脱いで適当にソファーの背もたれに引っかけた。
痺れを切らしてにゃあにゃあと鳴いていた白猫が構ってくれないならと俺の体に乗る。
俺の体の上で飼い主に構えとアピールするな、下りてやれ。

「お誕生日おめでとう天谷奴さん、ケーキも美味しいご飯も明日にしようか」

夜は遅い。
ましてや残り一時間で充実させるものでもない。
まあ、いいか。
たくさん過ごしてきた誕生日のほんの一回だけでも、日を跨いだって。
天谷奴さん、といつも通りに俺を呼ぶ名前の声に少しだけ安心して目を閉じる。
次の日の朝、かろうじて寝室の床に転がされつつもすっきりした目覚めに名前がコーヒーを飲みながら「マジであそこで寝落ちるのはないわ」と冷たい視線を俺に向けた。

2025年1月31日