野球少女も泣く

「……」

「……」

唇を噛み締めて、拳を握り締めて、顔を下に向けたまま泣き出しそうな名前になんと声をかければいいのだろう。
影山の元へ駆けつけた後、追いかけてきたのは少しの間行方がわからなかった名前。
源田の説明によると、影山の指示で不動が連れてきたらしい。
ただ部屋に閉じ込められていただけ、だと。
それに先程影山のところで交わした会話は、名前のことなど何もなかった。
それに思うことがあるのだろう、その場からなかなか動かさない名前の顔を覗き込んでぎょっとした。

「お前……」

「……」

ぽろぽろと零れる涙。
泣くのを見るのはいつ以来か。
中学生になって先輩方が引退した時、それ以来だったと思う。
きつく握り締めていた手を緩めて目元を擦り出したのを見て、慌ててその手を掴んだ。

「名前、擦ると酷くなるぞ」

「……ん」

擦るのをやめて、ジャージの袖口で目元を押さえる。
慰めるように名前の背中に手を当てた。
ゆっくりと撫でてやると、噛み締めていた唇から嗚咽が漏れ出す。
逆効果だったか……?
いや多分こいつの性格上、少し気が緩んだんじゃ。
キャラバンに既に乗っている何人かが攻めるように俺に視線を向けた。
違う、泣かせてない。

「……わた、私って、おじさんにとって、なんなんだろう……」

それは、すぐに答えられるようなものではなくて。
あの人に心酔していた頃ならきっとすぐ答えられた。
今は、そんな簡単に言えるようなことではない。

「……帰ろう、落ち着いたら俺も一緒に考える」

名前を連れ出した、ということ自体が答えな気もするが、口にしないでおいた。

2023年7月28日