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親がヒーローの子が羨ましい。
そんなこと言えばプレッシャーに潰されるだの、期待が重いだの、あんなにはなれないだの、言葉だけ聞けば嫌そうなのに、嬉しそうに笑っている。
ヒーローが親の子が羨ましい。
きっと悪意や世界の脅威からさぞ守られて、自身もいつかはああなるんだと目指す子も多いだろう。
たまに道を誤ってしまう人もいるのかもしれないけれど、そんなのほんのひと握りいるかいないかなんじゃない?
じゃあさ、親が凄く名の知れたヒーローじゃなくて──敵だったら?
悪の限りを尽くす敵が親の子どもは?
同じ敵になってしまうのだろうか、それともヒーローになって親を正してやるとか捕まえてやるとか思うのだろうか。
私は──私は、ヒーローになりたかった。
ヒーローになるんだと信じてやまなくて、あと一歩でもっとヒーローに近づける……なんて、思ってたらなれなかった、ならなかった。
だって、私は──親が敵、敵が親の、要監視人物になってしまったのだから。
知らないままがよかった、知らないままでいたかった。
私なんか、ヒーローになる資格なんて、最初からなかったんだ。
夢見てたなんて、とても惨め。
そんな私が、ヒーローに助けを求めたところで、誰も手を伸ばしてくれるはずがない。

「……起きて名前ちゃん。酷い顔してますよ」

名前を呼ばれて目を開ける。
ぐわんぐわんと目が回る、目の前にあるショットグラスに目が回る原因を察した。
そういえば、度数の強い酒を飲んでそれから……トイレにお世話になったのは覚えてる。
ひんやりと冷たい手をトガが私の額に当てた。
どうも二日酔いです。
まだ少し気持ち悪い。
うえ、と嘔吐く。
──オール・フォー・ワンと、オールマイトの神野区での戦闘から数日が経った。
敵連合のプレーンを失ったからといって、敵連合は解体されるわけではないらしい。
トガの差し出すグラスには水がなみなみと注がれている。
それを受け取って、気分の悪さを飲み込むように一気に飲み干した。
ひやっと火照った体が冷まされていくようだ。
同時に頭を冴えていく。
──悲しいよなぁ
可哀想に、と私を憐れんだ声が頭に残る。
私は可哀想なんかじゃない。
いつもならそう、怒鳴り返すくらいはするのに、あの時は何故かできなくて、悲しくて、辛くて苦しくて。
どうにかなってしまいそうだから、楽になりたくて。

「目も腫れてますよ。蒸しタオルでも持って来てあげますね」

「……トガ」

マグ姉に声かけなきゃ、と立ち上がるトガに声をかけると「はぁい?」と振り向いた。

「……私って、可哀想に見える?」

何言ってんだろ。
可哀想だからなんだというんだ、誰も助けてくれないのに。
トガは目を丸くして、それから歯を見せて笑った。

「ええ、とっても!」

ヒーローに見捨てられた名前ちゃん、可哀想!

2023年7月28日