なんちゃって転生者のワノ国生活①

大体移動する時は誰かが手を引いてくれた。
ばあ様が多かったかな、その次はおじ様だったっけか。
お前は見えねェからな!世話が焼ける!とか文句を言いながらも手を引いてくれたっけ。
いやね、別に見えないわけじゃないんだよ、色が見えないだけで。
そう言っても危ないからとおじ様は私の手を引いてくれた。
可愛い顔してんのにとんでもねェ家に生まれちまったなと言われたけれど、別に困ったことはないと思うの。
泣きも笑いもしない可愛くない子どもにあれやこれやと世話を焼いてもらって、恩はとてもある。
たとえ自分が黒炭と呼ばれる家の分家に生まれても、おじ様が悪政を行う国でも、別にどうってことはないのだ。
成り上がりたいとか、家をこんな目にしたこの国の人間に復讐したいとは思わなかった。
ただ、色のない世界は不便だなとは、思っていたくらいで。
あとはただ退屈というか。
考えてもみてよ、スマートフォンだパソコンだ、漫画だ小説だがあったあの世界とこの鎖国国家を比べたら退屈じゃん。
おじ様があの手この手で将軍に成り上がってからは姫様と呼ばれるようになったけれど、そんなことよりスマホとパソコン寄越せ、動画見せろ、の気持ちがでかい。
そんな中、私が退屈潰しで手を出したのは絵だった。
色はわからない、私の世界は生まれた時からグレースケールだ。
でも水墨画だったら黒だけで絵を描けるからまあまだマシ。
私がかつて生まれ育った世界の国では水墨画は歴史あるものだった、と思う。
絵心のない私でも綺麗だなと思って美術館には休日になる度に足を運んだっけな。
おじ様が頬を緩めてわがまま言っていいんだぞと言ってくれたので絵を描きたいと言った。
最初は困った顔をしていたけど、墨と水と筆と紙があればできる。
初めて描いたのはおじ様の似顔絵だ。
子どもながらに上手くできたとは思ったけど、でもやっぱり子どもの描くもので、でもおじ様は喜んでくれたのが嬉しかった。
それからはずっと、おじ様がこの国で悪政の限りを尽くしていても絵を描いている。
お城は落ち着かないからと、花の都の長屋に居を構えて花の都の絵師として生きているのが、色の見えない私だ。
なんだっけ、色盲、と言うのだったか。
困ることは多かったな、なんだこれと手を出したのが実は火で、手に火傷をしたり、なんだこれと手を出したのが実は血で、それで絵を描いていたらおじ様が顔を真っ青にしたり……うん?不便なのは自分の怪我に直結した時だけだな?今のところ、多分?
あの悪将軍の、と枕詞がつくけれどなんだかんだ私が描いた絵は好評なのだけありがたい。
早い段階で両親は黒炭だからと殺されて、ばあ様とおじ様に拾われて、石を投げつけられる生活はほとんどなかったけれど、それでも私には黒炭だから、と枕詞がつく。
なんて面倒なんだこの国は。
親の、血の繋がりも半分あるかないかの人間の、罪を子どもに償えと言うのか。
腹が立つ。
所謂前世でも孤児だったけれど、血の繋がりもない両親に愛された自負があるからこそ、腹が立つ。
ばあ様とおじ様が恨む気持ちもわかる、けれど私にまでそれは押し付けないでほしい。
それはそれで腹が立つ。
私の人生は私のものだ、たとえ、枕詞にあのオロチの、あの黒炭の、と必ずつくのだとしても。

「姫様、オロチ様からのお呼び出しでございます」

そんなある日、長屋でひたすら絵を描いていたらお城から来た人にそう声をかけられた。
なんだっけ、耳たぶめちゃくちゃ長い人。
こちらへ、と私の絵を数枚と外で描く時の道具を私が声をかける前に纏めて長屋の前で待機していた駕籠に促される。
はいはい、なんですか。
駕籠に揺られながら聞けば、なんでもおじ様と組んでいるカイドウとやらに会わせたいとおじ様が言っていたのだと。
えー、やだよ、あの人怖いじゃん。
でけーもん、厳ついもん。
一応人嫌いの浮世離れの悪将軍の姪で通っているからね。
幼い頃に迫害されていたからとか、お見えにならないからだとか、いろいろ言われるけれど。
ただお城だと色が見えなくても白と黒がはっきりしていて目が疲れるからなんだけどな。
もうちょっとさ、明度の落ちついたものにしようよ、白と黒でもチカチカすんのよ、目が。
でも仕方ないか、これは生まれつきだ。
なんだっけな、色を感知する器官が極端に少ないんだっけ。
前の世界では、特殊な眼鏡で色盲の人でも色がわかると言っていたけどこの国にそんなものはない。
というか鎖国している時点でねーな、期待はしない。
人の手で運ばれる駕籠の乗り心地は、車とかバスとか知ってる私にとっては何この苦痛、って感じ。
せめて馬車にして……姫様は繊細だからとか言わないでもろて、むしろ姫様は繊細だから馬車にして。
お城に到着しても、すぐにおじ様のところへ行くわけではなく、お召し物を整えましょう、御髪を整えましょうと着ていたものを別のものにして、ただ髪紐で括るだけの髪を結われて、それからだ。
私がチカチカすると言ったからか、お城でも多分淡い色の着物を選んでもらっていると思う。
明度が高いものはワンポイントでいいんだよ、その方が目のやる場所が定まるでしょ。
おじ様が信頼しているらしい侍女さんが微笑みながら「お足下にお気をつけて」と手を引きながら私に合わせてゆっくりと歩く。

「姫様がお元気そうでなによりでございます。オロチ様も姫様のことをそれはそれは大層気にされておりました」

「うん……まあ、元気にやってるよ」

「長屋でご不便はありませんか?いくら花の都、将軍のお膝元とはいえ、おひとり様では大変なこともありましょう」

「大丈夫、私しかいないし落ちついて過ごせている」

「ふふ、ぜひオロチ様とお話をしてくださいませね。一日何度か姫様のことを気にされておりますから」

おじ様身内には本当に優しいんだけどな……
おじ様の祖父だったか、変な気を起こさなきゃおじ様だってこんな風に歪まずに済んだろうに。
はあ、とこっそり息を吐いて、案内された部屋に入った。

「オロチ様、姫様が到着なされました」

「おお、久しいな!息災か?」

「ええおじ様、息災でございます」

侍女さんが下がれば、部屋には私とおじ様、それからおじ様の隣で酒を煽るカイドウが。
こっっ……えー……!
きゅ、と唇を結び、畳に手をついて頭を下げればよいよいとおじ様が言うもんだから顔を上げる。
いや、マジでこえーな、厳つ……
部屋は相変わらず煌びやかなのだろうな、目がチカチカするもん。
グレースケールの視界でもそれはなんとなくわかる。
周りには私は色が見えないと知っているが、私が色というものを知っているとはわかってないだろうし。

「呼び立ててすまぬな、お前の腕を見込んでカイドウにお前が絵を描いている様を見せてくれぬか」

「私なんぞの、絵ですか?」

「お前なぞと卑下するでない!見えなくともこの墨のみで描かれた絵、とても素晴らしいではないか!」

「お褒めにいただき光栄でございます」

卑下じゃないんだけどなー、事実なんだけどなー。
どんな人たちもみんな私が絵を描く、ってことが物珍しいんでしょう。
色が見えない、それだけで希少価値は上がるものだ。
まあ、おじ様は本当に手放しで褒めてくれているのは知っているから嬉しいけど、わざわざカイドウ呼ぶゥ……?
カイドウは興味無さげに如何にもおじ様に言われて嫌々やって来たのがわかるわ。
……それはそれで腹が立つ。
どいつもこいつも。
それであの耳たぶクソ長の忍は私の外出用の道具を纏めていたのか、なるほど納得。
おじ様がどうしてもと言うので、懐にあった襷で袖を纏めればあの忍が私の前に道具を並べた。
どうせなら色を使ってやるよ、墨じゃなくて、黒じゃなくて、色をな。

「顔料を溶かす時間などあります故、貴重なお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「構わぬ、気を楽にいつもの通りに描いておくれ」

紙を広げ、道具を並べ直してから改めてカイドウにもお時間いただきます、と頭を下げてから硯に水を少し流して墨を滑らせた。
この世界にそういう名前があるか知らないけれど、確か前世ではグリザイユ画法と言った気がする。
着色する前に影をつける、と言えばいいか。
水で薄めて濃度を調整した墨で絵を描き、それで影もつけていく。
カイドウと言えばあれだ、龍だ。
何色かわからないけれど、馴染みのあるのは青龍か。
どうせなら青を使おう。
龍とか虎とか、鯉とか鶴とか、動物をメインに描いているもんね、描くだけなら余裕余裕。
ほんと、前の世界の私が絵を描くなんて信じられないよね。
イラスト集とか買ってよく眺めてはいたけど、どうせ描けないしとか思って何もしなかった。
まっさらだった紙に何を描いたのかわかる頃にはおじ様だけでなくカイドウからも感嘆の息が零れる。
細かなところは着色しながら描き込もう。
墨が乾く間に、陶器製の絵皿に粉状に砕いてある青の岩絵具を乗せ、予め溶かしておいた膠を流して指先で滑らせるように混ぜた。
この作業は好きだ。
どんな色がついているのかわからないけれど、指先で絵具を水に溶かす感触、それから洗い流しても指先にこびり付いた絵具の色と、その匂い。
自分がこの世界にちゃんと生きているんだなと、絵を描くなんて思わなかった自分が改めて実感する。

「ウォロロロ……大したモンじゃねェか、お前の姪だというからどの程度かと思えば……」

「ふん!おれが育てたも同然の可愛い姪だからな!当たり前だ」

その可愛い姪の前で親バカっぷりは披露せんでもろて。
まだ何色も使ってやる技量はないのでこの青一色で着色していく。
容器には浅葱と書かれていたから間違いはない、はず、多分。
色の濃さは見ればいい、黒に近いなら濃いもの。
元々浅葱は濃くはないから私にも扱いやすいしね。
しっかり絵具が溶けたのを確認して、水で軽く洗った筆に色を取って墨が乾いたところへ塗っていく。
……私にはあまり変化はわからないけれど、おじ様とカイドウの反応からして上手くいってはいるらしい。
全体に色を塗って、それからちょっとしたお遊びをひとつ。
この前金箔が手に入ったんだよね、使うタイミングを考えていたけど、ここで使えば金箔も本望だろう。
糊を使って描いた青龍に金箔を散りばめるように貼っていけば、完成だ。

「大変お待たせいたしました、完成でございます」

「おお!見事じゃ!また腕を上げたな!!」

「ありがとうございます、おじ様」

「……本当に色が見えねェのか?見えてんだろこれ」

「恐れながらカイドウ様。おじ様が私めの目についてはご存知ですので聞いてみてはいかがでしょう?」

「ああ……子どもの頃は酷かったからな……火が何かわからなくて手を突っ込んで火傷するわ、自分が鼻血出してんのに気づかないままそれで絵を描くわ……」

いや、鼻水だと思ってたから……
子どもながらになんじゃこりゃと思いながら手に入りにくい墨の代わりになるかなって思ったら自分の鼻血なんだもん。
色がわからないって不便、最近はそんなことないけど。
……ああでも、おじ様の髪と目の色が何色なのかなとか、花の都で随一と言われる花魁はどんな色なのかなとか、知らないってなんか寂しいけれど。
描き上げた絵をおじ様へどうぞと差し出せばそれを見ておじ様とカイドウがやんややんやと盛り上がる。
もう今日のお役は御免かな、マジでカイドウこえーからさっさと帰りたい。
広げていた道具を片付けていれば忍の人がそれを手にしてちゃんとご自宅へ届けます故、おまかせを、とその場から消えるようにいなくなった。
……忍って姿消せるんだな……いつも不思議だわ、この世界。
でっけー人間多いしよォ……こちとら普通の人間だからよォ……
おっと、お口悪かったからチャックしよ。
話するにもおじ様とカイドウが盛り上がってんからこっちの出る幕ねーんだわ、帰らせて。

「小娘、お前本当に色は見えねェんだな?」

「はい。私から見たら白と黒で世界は成り立っております」

「それはおれやオロチを見ても同じか」

「ええ。色が濃いか薄いかしか私の目にはわかりませぬ」

何か念を押されるな……こういう時って嫌な予感しかしない、ブラック企業で勤めた経験値が警鐘を鳴らしている。
ふむ、と顎に手を当てたカイドウが口を開いた。

「うちにゃ訳あって顔を晒せねェのがいてな。お前、口は固いか」

「……喋るなと言われましたら。そもそも日常で会話を交わす機会もありませんので」

なーんか嫌な予感がほんっとにするんだよな。
まあ事実だし。
人と話すことも少ないし、話すのは絵の道具を買い付けに行く時とかかな。
食事はお城からわざわざ作りに来てくれる人もいるし、お風呂も私が使う時は浴場を貸切にしているようなモンだし。
……思えば誰とも話さないな。

「お、おいカイドウ……まさかと思うが……」

「別に夜伽を求めてるわけじゃねェ、何も知らねェ人間と話すのだってあいつの息抜きになるからな」

「だがあのキングだろ!?」

「お前のところの姫様が粗相をしなけりゃ生きて帰れるさ」

わー……知らぬ間に命懸けのお話になってらっしゃる。
どのキングだ、なんの王様だ。
いや、嘘、誰か知ってる。
火災のキングだっけ……あの光月との戦でめちゃくちゃワノ国燃やしたやつじゃねーか、マジで命懸け……
……遺書、用意しておこうかな。
最後までおじ様はカイドウに異を唱えてくれてはいたけれど、何か取引みたいな話をして、後日私は鬼ヶ島へ出向くことになった。
嘘やん、私の意思総無視やんけ。
滞在は三日ほど、そんなに?そんなに時間をかけて死ねと言うのか……
そう思いながら鬼ヶ島へ出向いた日、対面したのはカイドウよりは低い背丈だけど翼がある男だった。

「……でっか」

思わずそう口から零れてしまったけれど、仕方ない。
けれどそれがどんな印象を与えたのか知らないけれど、当のキングとやらは趣味の悪そうなマスクを外すことはなかったし、一言二言交わす程度であとは私が絵を描いて、それをめっちゃ見られて終わることになる。
さらに一週間後、また鬼ヶ島に呼び出されるとは思わないよね、もうどーにでもなーれ!!


黒炭の女の子
なんちゃって転生者。
気がついたらワノ国でオロチに拾われる形であれよあれよと姫様にまで祭り上げられていた。
生まれついての色盲なので、視界は全部白黒、グレースケールの世界。
花の都のとある長屋で絵を描いて生計を立てているが、別にそんなことしなくてもお城にいれば生きるのには問題ない。
ただ、価値観や前世の記憶があるので人に馴染めないし目のこともあるのでひっそり過ごしたいという名目で長屋で過ごしている。
人の肌や髪や目の色もわからないので見ただけで素性の割れる人にとっては接しやすいのかも。
女の子ではあるけど幼く見えるだけでそこそこいい年。

黒炭オロチ
ワノ国の将軍。
成り上がる前に同じ黒炭の血を引いて名前を持つ女の子を拾って育てた。
身内にはとても甘いよね、こういう境遇の人。
過保護までではないけれど女の子を大切にしている。
目のこともわかっているので危なくなければ好きに過ごせ、の気持ち。
自分はともかく、女の子が鬼ヶ島へ呼び出される度にハラハラする。

カイドウ
百獣海賊団の総督。
オロチの大切にしている女の子に自分の右腕が顔晒してもまあ問題ないだろ、程度の気持ち。
まさか回数が増えるとは……
ちなみに女の子が描いた絵はちゃんと飾っている。

キング
百獣海賊団の大看板。
女の子が姫様なんて人間じゃねェだろうなっていうのは顔を合わせた時の一言で察した。
多分、それなりに気に入っているんじゃないかな。

2023年8月4日