なんちゃって転生者のワノ国生活⑪

キングがあの姫様に簪を贈ったと聞いて酒を噴き出すかと思った。
おま、長年ワノ国に腰を下ろしているからわからねェわけじゃねェだろ?
ワノ国で、男が女に簪を贈る意味なんて。
そこまで本気か、ああでも座敷牢を用意するくらいだからな、本気か。
それも戯れでペットを飼うような気分ではなく、男として。
確かにあの姫様は顔立ちも整っているし、ワノ国随一と呼ばれる小紫とはまた別ベクトルではあろうよ。
ふわふわと雲のように漂って消える、けれど一度接してみれば底なし沼のように抜け出せなくなる、そんな女。
リンリンとの喧嘩も同盟も頭から抜けてしまいそうな衝撃だなこりゃ。
姫様に会ったことのないクイーンがキングを揶揄うとキングは無言でその尻を容赦なく蹴り上げた。
……複雑ってやつだな。
計画にもうオロチはいらねェ、用済みだ。
ならその姫様は?おれにとっちゃもっと用済みだ。
何かに特化した能力があるわけでもねェ、色が認識できねェただの世間知らずの絵描きなぞここには必要ない。
が、キングにとっちゃ別のようだ。
男女の情なぞおれが知るか。
そりゃあ、ヤマトを授かっておれなりに大切にしているつもりではあるがな、そんな男女の情なんて二十年以上も前に縁は切れている。
変わるもんだな、キングも。
自らの顔もまだ晒してねェ女にここまで入れ込むとは思っていなかった。

「まあ、お前がペットの一匹や二匹囲おうが構わねェが……」

「あいつがそんな可愛いモンに収まるんならこんな回りくどいことはしねェ」

あっ、そうですか。
あの姫様の本性がどんなモンかはおれは知らねェからな。
お前が言うならおれからはもう何も言わねェ、好きにしろよ。
あんな女に嵌ったキングを可哀想だと思っていたものの、ここまで来るとあの姫様の方が可哀想になってくるな。
前回は逃げ出そうとして結果的に上手くいったのだろうが、今回はキングも本気だ。
それこそ足の腱を切られても鎖でふん縛られてもおれは驚かねェぞ。
にしてもなァ、どこで教育間違ったかなァ。
ヤマトもそうだがよォ……おれに子育ての才能無さ過ぎじゃねェか……?
普通は好いた女をそうやって囲おうと思うか?
ああ、いや、ちょっと違った。
惚れているのかはわからねェんだ。
それはきっと恋だの愛だのお綺麗なモンじゃなくて執着心。
ドロドロと粘っこくて、絡みついて離れようとしないモンだ。
恨むなら、キングをその気にさせた自分を恨めよ姫様。
今頃オロチと共に乗り込んだ船の上で盛大にくしゃみでもしているだろうよ。

「おいキング」

気のせいか、少々浮き足立っているキングの背に声をかける。
振り向いたキングに、抜かるなよと声をかければ誰に言ってんですかと返された。
……本当に頼もしくなったなァ!
なんとも言えない気分で酒を煽り、可哀想になと言葉を零す。

「精々、最初で最後の宴を楽しめよ姫様」

 

「へっくしょい」

やっべオヤジくしゃみになった……誰も聞いてないね?おじ様はお酒持ってこいって言ってるもんね、よし。
最近くしゃみよくするけど誰か噂でもしてんのか。
もみじが舞っている。
おじ様が私の頭を撫でながら、あれはもみじだ、葉が黄や赤に変わって落ちておる、と説明をしてくれる。
ここは海の上だけど、きっと青に赤や黄色が映えてそれはとても綺麗なのだろう。
それにしても、こうやって着飾るのは案外初めてかもしれない。
せっかくだから、そう言っておじ様が上質な着物を用意してくれたけど、これ馬子にも衣装ってやつじゃない……?大丈夫……?
髪は簡単に纏めてもらって、そこへキングからもらった簪で飾り付けた。
侍女からは素敵な簪をお持ちですねって言ってもらったけど、さすがにキングからの贈り物ですとは言えんわ。
耳たぶの人の視線は痛いけども。
どうやら耳たぶの人からおじ様に私のこの簪の話はしていないらしい、よかったよかった、おじ様は今楽しそうだから水は差したくないよね。
おじ様に酌をしている人から酒を勧められたけどお断りした。
いやね、酒飲むと息苦しいし咳が止まんないんだわ。
多分アルコールアレルギーかなんかあんじゃねーかな、知らんけど。
代わりにもらったお茶を飲んでふうと息を吐く。
船の上で既に飲み始めるとは思わんかったわ、でもおじ様の言う通りカイドウはいつも飲んで酔っ払ってんもんな、そりゃ飲めるわ、私は飲まんけど。
もみじか、きっと赤と黄色のグラデーションが綺麗なんだろうな。
沖に出る前に甲板に落ちていたもみじを拾ってそれを空に翳す。
今日は天気がいいから海にも空にも映えているだろうな。
惜しく思う。
綺麗な彩りがわからないっていうのは、本当に。

「おいで、そこは寒かろう」

船の欄干に寄りかかってそうしていると、盃を片手におじ様が手招きをした。
手にしていたもみじを手放して風に攫われるのを見ながらおじ様の傍へ行けば、羽織を肩にかけているおじ様がその中に入れるように私の体に腕を回す。
あったかい。
おじ様は昨日までに憂いを払ったからかいつもより上機嫌だし、私もなんだかホッとするな。

「絵は描かぬのか、まだ鬼ヶ島まで時間があるから描けるぞ」

「船の上ですと紙が攫われてしまうかもしれませぬし、今はおじ様とこうして一緒がいいです」

「そうかそうか!お前は鬼ヶ島の金色神楽は初めてだろう?気を楽にせい、おれがいる限り怖いことはない」

おじ様がいつもの調子で本当に安心するわ。
船でどんちゃん騒ぎをしていれば鬼ヶ島まであっという間で、百獣海賊団の下っ端の人に案内されておじ様と私たちはそのまま大きな部屋へ入る。
何度も来てはいるけれど、中がどうなっているのかは全く知らないんだよな。
いつもはここから離れた比較的静かなところで絵を描いていたから。
外へ出る時はキングに連れてってもらったり、鬼ヶ島の入口の雪が積もる場所だったりしていた。
……めちゃくちゃ目がチカチカするんですけど。
飾りもだけどさ、人も多いから余計に。
さて、おじ様はめちゃくちゃ飲み始めているし、少しなら部屋の外を歩いてもいいかな。
耳たぶの人にそれを伝えれば、護衛を、と言われたんだけど多分なくて大丈夫、だってそれなりに来ている回数は多いし。
お気を付けてと言われ、部屋の外へ出る。
おじ様があんなに楽しんでいるから私のことで気を遣わせたくない。

「おっ、姫様じゃん」

「ページワンくん」

「ペーたん、誰でありんすかその女」

あまり遠くへ行くつもりはなかったけれど、ライブフロア?を見ながらちょっと歩いていたらページワンと女の子ひとりに出会った。
めちゃくちゃページワンにべったりくっついているじゃん、誰?
私の視線の意味に気づいたのか、ページワンはなんとも言えない顔で姉貴、と口にする。
……ああ!あのページワンのことがめちゃくちゃ大好きなお姉さん!
角生えてるしマスクしているし、凄いそっくりではないけれどちょっとした表情なんかは似ているかも。

「姉貴、こいつ姫様」

「えっ、姫様!?」

「そう、オロチの姫様だよ」

「似てなっ」

「姉貴!!」

それなー、それはわかるわー。
おじ様と呼んではいるけどおじ様とどんだけ血の繋がりがあるかは知らんもん。
おじ様は本家で私は多分、おそらく、分家だと思うしさ。
はじめまして、と頭を下げて挨拶をすれば二重の意味で似てねェ、と呟かれた。
そこまで言わんでもええやんけ。
私を育てたのはおじ様ですけど。
私より背の高い彼女を見れば、彼女は私に顔を近づけて見定めるように頭の上からつま先までじろじろと見る。

「へー、あんたがオロチの姫様ってことはキングのお気に入りでありんしょ?」

「さあ……そこまでは存じ上げませぬ……よくしていただいておりますが」

いやほんとに、マジで、そこはよくわからねーの。
おろおろとページワンがしているけれど、なんかこれだけで力関係がわかるというかなんというか。
でも本当にお姉さんページワンのこと好きなんだな。
ページワンにべったりのままじゃん、可愛いね。
彼女はうるティと名乗り、にっこりと笑ってよろしくでありんす姫様!と私の手を握った。
あの、私一応か弱いって自称はしてないけれど海賊やってるあなたよりはか弱いんでもうちょい力加減をだな。

「悪ィな、姉貴こんな感じなんだ」

「そうなんですか……素敵なお姉様ですね」

「はァ!?」

「ほんと!?」

「ええ、うるティ様がページワンくんのことを大切にしているのが伝わってきますから」

「ペーたんをくん付けするなら私のこともちゃん付けで呼んでほしいでありんす!ほら、うるティちゃん!」

「う、うるティちゃん……」

そう!とうるティは満足そうに笑い、ほらカイドウ様から呼ばれているから行くでありんすよ、とページワンを引っ張っていく。
……うん、うるティがページワンを大切にしているのはよーくわかったけどゴーイングマイウェイなところは苦労しそうだな。
引っ張るな馬鹿!と叫びつつ、ページワンは私の横を通り過ぎる時にお付きのやつくらいつけとけよ!また後でな!と声を上げながらうるティに引っ張られていった。
濃い。
とても濃い、何がって、百獣海賊団が。
ページワンのお姉さんでも私よりは年下でしょ?
そうじゃなくてもなんかまともな人間の形した人の方が少なく見えるし、マジで濃いなこの海賊団。
外の海賊ってみんなああなの?よくわからんわ。
台風みたいな姉弟だったな……特にうるティが。
はー、すげ、そう思って息を吐いているとふっと私に影が落ちた。

「ひとりか」

その声に顔を上げれば、キングがそこにいた。
わ、わー!待ったー!まだ何も心の準備できてねー!!
こんばんは、と頭を下げるとキングは膝をついて私の髪に触れる。
大きな指先がしゃら、と控えめに私の簪を揺らした。
ちょ、マジで待ってェ……!

「あ、っと……簪、ありがとうございます」

「ああ、似合っている」

やめてくれませんかねー!そういう風にちょっと嬉しそうに言うのー!
わかるわそのくらいの感情の起伏くらい!!
変にドキドキするっつーの!

「受け取ってそうやってつけてきたってことは、そういうことでいいんだな?」

そういうことってどういうこと!?
いや、わからないほど鈍感じゃねェんでー!
かあっと顔が熱くなる。
あーぜってーこりゃ顔真っ赤ですね!!
指摘されるまでもないわ!
思わず私の髪に触れているキングから一歩後ずさればキングは喉で笑って以前のように指の背で私の頬を撫でた。
マジで勘弁して……そりゃ、前世で色恋沙汰はありましたけども!今世は何もありませんから!!

「オロチのところから抜け出してきていいのか」

「おっ、おじ様楽しそうですし、最近思い詰めていたみたいですから、邪魔はしたくなくて……」

「なるほど」

何か考えるように視線を上げたキングはまあいいか、と呟くと私の背を押して立ち上がる。
要は戻れということらしい。

「後でゆっくり話す時間は取れる。それまではオロチのところでいい子にしてろよ」

いい子て、もう三十路超えてるって言ったじゃん。
子ども扱いしたいのか、ひとりの女扱いしたいのかどっちかわからねーな!
おじ様のところに戻る前にちらりとキングを見れば相変わらず趣味悪マスクしているからわかりにくいけれど、少し笑っていたような……目が弓なりに細められていたような気がする。
……あんなに露骨に笑う人だったっけ……こっわ……怖いわ純粋に。
おじ様の飲んでいる部屋に戻れば、女の人から小さなコップに入った何かを渡された。
えっえっ、なになに?なんですか突然。

「姫様知りませんかァ?ジュースですよジュース!!」

「じゅーす」

めちゃくちゃ久しぶりに聞いたなその単語。
つーか露出凄くない?なんで上半身ビキニ……ブラ……?
そんなに露出しなくてもいいんでない……?
まあ、服装はいいか、お酒が入っているとはいえフレンドリーだなこの人たち。
受け取ったコップに顔を近づけてすんすんと匂いを確認する。
色?知らんけどなんか濃い色してるね。
鼻腔を擽るのは甘ったるい果実の匂いだ。
あ、あれだ、えっと……ぶどう。
ぶどうジュースだ。
念の為お酒ですか?と聞けばジュースってお酒じゃないんですよと思ったよりも丁寧に説明された。
恐る恐る口にすれば、ぶどうの甘ったるさと、そこにどうしてかなんか苦味を感じる。
ぶどうジュースって苦味あったっけ……?
今世では飲んだことないからそう感じているだけかな?
美味しいっちゃ美味しいけど、今の私の口には合わないかも。
ごめんなさい、あまり口に合わないみたいです。
そう丁寧に言えば、じゃあお茶にしましょ、お茶!と湯呑みを渡された。
お茶を飲んでもさっきの苦味は感じない。
うーん、やっぱりぶどうの苦味だったのかな?
そんなのあったっけ……?
まあいっか。
おじ様とても楽しそうだなァ……カイドウでっけーしその隣の女の人もさらにでっけーんだなァ……
私はおじ様の隣でのんびり食べてます。

「なんだァ、お前は飲まないのか?」

「私、お酒飲むと息苦しくなって咳が止まらなくなってしまうので、遠慮させていただきます」

「……飲めねェのか!?」

なんか、この世の終わりみたいな顔していらっしゃる。
そんなに?そんなになの?
前世では浴びるほど飲んだけれど今世は無理なんで、無理はしないようにしているんで。
可哀想になァ……となんか慰められた。
おじ様とカイドウが話しているのを聞きながら、ちまちまご飯を食べ進めていたら誰かが襖を切って現れた。
あれかな、おじ様が言っていた内通者の人かな。
黒炭の分家の人って聞いたから私とは違う分家の人かも。
分家って複数あるからね、親戚扱いになるのかな。
カン十郎と呼ばれたその人は手にしていた小さな子どもを畳に投げるように置いた。
ああっと……光月の子どもだっけ?
ボコボコにされて可哀想に。
大きな女の人が可哀想に、と眉を下げながらその子を膝に乗せる。
そのままカン十郎と耳たぶの人の報告におじ様の顔色が変わった。

「……おじ様、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

……大丈夫じゃなさそうだ。
昨日までに何かやっていたけど、それが失敗に終わったってことかな。
おじ様は落ち着くように深呼吸をすると、隣に座っていた私の頭を撫でる。

「お前は大丈夫だ。絶対にひとりになるでない、何も怖いことは起こさせぬからな」

私の頭を撫でる手が震えているけれど、要らぬ心配をさせたくはないのでそのまま素直に頷いた。
私は、おじ様とその侍にどんな因縁があるのかは又聞きしただけだけど、おじ様が怯えているのはわかる。
マジで頼むから、何も起こらないでほしいな。
……そんな、ちょっとした願いが、叶わないなんて、この時は夢にも思っていなかった。


黒炭の女の子
なんちゃって転生者。
着飾っていざ鬼ヶ島。
思ったよりもみんなキャラ濃くてうわあ……と思った。
キングと少し話した時は本当に顔は真っ赤だった、仕方ないよね、思わせぶりなんかじゃなさそうだもの。
ちなみにお酒はマジで飲めない、ジュース……はなんか今世初めて飲んだけど思っていたより苦く感じたからお茶飲むわ。

黒炭オロチ
上機嫌に鬼ヶ島へやってきたけどカン十郎の報告に顔が青くなった。
やってきても安心、という言葉を聞きたいんじゃないんだ。
あの侍共を殺したという言葉が欲しいんだ。

カイドウ
うちの右腕すげーなー、そこまでするか。
ワノ国で、男が女へ簪を贈る意味を知っているのでキングと姫様の最近の関係を知らなかったら酒を噴き出すところだった。
可哀想に……酒を飲めねェなんて可哀想に……いや、この後のこと考えても可哀想だけどな。

キング
姫様がいつもより着飾っているし、ちゃんと贈った簪をしていたのでマスクの下でにっこり。
顔を赤くしたところを見てさらににっこり、脈アリだな全く問題ねェ。

2023年8月4日