なんちゃって転生者のワノ国生活⑮

変じゃないですか、と着替えた女が少し顔を赤くしてそう問う。
船にあったもので悪いが着物だとこれから先目立つだろうからな。
脛くらいまでのワンピース、ジャケットを羽織らせ、ショートブーツを履かせれば、元とはいえワノ国の姫様なんて思えねェだろ。
下ろすと意外と長い白髪はおれと揃いにしてハーフアップ、結った髪は纏めて簪を差した。
好きな女を好きに着飾るってやべーな、刺さる。
完全におれの好みではあるが、ワノ国しか知らなかったこいつは丸め込めるだろう。
おれが船の針路を確認している間、好きにしていいと言えば慣れないショートブーツでよちよち歩きで甲板をうろうろしては結局、歩きにくい、と少し不満そうに船内から引っ張り出した椅子に座っていた。
それでも気になる鳥や魚を見つければ、あれはなんですか何色ですかと怒涛の質問攻めが始まる。
ワノ国から出てしばらくは夜にめそめそと泣いてはいたが、数日も経てば落ち着いたのかいつもの調子に戻った。
ちなみにオロチを殺したのは憎くねェのかと聞けばオロチは生きていたようで、最終的にとどめを刺したのは光月の侍だったからか、それに関してはカイドウ様とキング様には特に何も、とけろりとした表情だったのは複雑だ。
なるほど、そりゃおれが攫ってもいつもの調子なわけだな。
纏めてあったから持ってきた女の荷物は、いくつか着物があるだけでほとんどが絵を描く道具。
筆を手にすることはあれど、まだ描く気にはならないようで女の部屋に纏まったまま置かれている。
舵を調整すると、突然晴天だった空が曇り始めた。
まあ、新世界だからな、天候はころころ変わるもんだ。
ひと雨来る前に女に声をかければ女は椅子から下りるとそれを引き摺って船内に入る。
おれも追うように船内に入れば、土砂降りの雨が降ってきた。

「うわ……ほんの少し前は晴れてたのに……」

「そういうもんだぞ、新世界は特に」

偉大なる航路 グランドラインのこともろくに知らねェ女に説明すれば、ただのやべー場所じゃん、と女はドン引きする。
そのやべー場所をこれからしばらく航海するんだけどな、黙っとくか。
風も出て船も揺れてきた。
よちよち歩きだった女が体勢を崩したのを見て抱え、そのまま抱き上げて部屋に向かう。
もう早いが休んでもいいだろう。
しばらくこんな悪天候だ、この船も元は百獣海賊団の船なのだからちょっとやそっとじゃビクともしない。
次に起きた頃には真夜中だろうが天気もマシなはずだ。
まっすぐ寝室として使っている部屋に行き、女を下ろせば女は敷きっぱなしの布団に座った。
おれのサイズの寝具がねェな、どうしたもんか首を捻っていたら一部屋にめいっぱい布団敷いておけばいいんじゃないんですかね、と女が何気なく言ったので採用した、布団なら女も馴染みのあるものだからリラックスできるらしい。
おれたち以外には誰もいないからできるよな。
ショートブーツと靴下を脱いで、痛そうに足先を揉む女の隣に座ってその足を見る。
足を覆う履物に慣れてないせいで少し赤くなっていた。
よちよち歩きも納得だ。

「痛むか?」

「思ったほど痛くないです。慣れなくて窮屈な感じはあるけど」

「……へェ」

悪戯心、というわけでもねェが足の裏を少し強く押してみる。
すると女は「いったああああああああ!!」と叫んで仰け反った。
はは、いい悲鳴。

「痛くねェっつったけど痛くねェわけじゃねーんだけど!!」

「ふ……」

「笑いやがったよこの人!!」

大分敬語も取れてきたのはいいな、ころころ表情も変わるのが好ましい。
悪かったなと頭を撫でて宥めても、不満さを隠すことはない。
誤魔化すように早めに休むぞと声をかければ唇を尖らせたままジャケットを脱いで布団に横になる。
おれもブーツを脱いで女の隣に横になれば、女は身を丸めるようにしておれに寄り添った。
まだ明るい時間ではあるから眠りにくいだろうが、髪を纏めていた簪を外してやり、丸まる背中をリズムよく撫でれば次第に女は目を細めていく。

「生活リズムが狂いそうな気がする……」

「船に乗ったらそういうもんだ。眠れる時に眠っておけ、雨が止む頃には夜だ」

「……私も、起きます」

「起きれたらな」

ワノ国よりは伸び伸びと過ごしてはいるが、環境がガラッと変わって知らず知らずの内に疲労も溜まっているだろう。
寝言のようにぽつぽつと言葉を零す女に静かに相槌を返していれば、いつの間にか女はすやすやと眠っていた。
冷えないように毛布をかけて、穏やかな寝顔をそっと撫でる。
穏やかだ。
恐ろしいくらいに全てが穏やか。
喧騒もなにもない、ふたりの世界。
全てなくして、それで手に入れたものがこいつならそれでよかった、それがよかった。
そう思う。
おれも休むべく炎を消して翼が邪魔にならないように俯せになり、翼を伸ばし目を閉じる。
先まで残っている方を女に乗せれば、女は暑そうに身を捩ったがまあ問題ないだろう。
あんだけいつも触りたいって言って手を伸ばしてんだから。
仮眠程度にするか。
目が覚めたら針路を確認して、舵を調整して、やることは多いが苦ではないな。
自分で選んだのだから、むしろ充実して楽しいくらいだ。
そう思っておれも意識を手放した。

 

目が覚めたら暗闇でした。
いや違う、多分夜。
めちゃくちゃ暑かった気がするけど、今は少し物足りないくらいだ。
今何時……?
というかここ時計あったっけ……
体を起こせば枕元に小さなランプが置いてあった。
隣で寝ていたアルベルはいない。
そうそう、もうキングじゃなくてアルベルだ。
ワノ国から出て数日、慣れないことばかりではあるけどなんとかなってると思う。
そりゃあ最初はワノ国で船に乗った時よりずっと揺れるもんだから船酔いもしましたよ。
慣れた、うん、慣れた。
慣れないのはショートブーツかな、アルベルからはよちよち歩きで可愛いなとか言われたけど複雑だっての。
好きでよちよち歩きになってるわけじゃねーし。
すっかり目が覚めてしまったので、ランプの近くにあったジャケットを羽織って靴下を履く。
簪は……置いたままでいいか、戻ってきて踏まないように背の高い棚の上に置いておこう。
それからショートブーツを履いてランプを持ち、寝室から出た。
揺れはあまりない、外も静かみたいだし雨は止んだのかな。
私とアルベルのふたりだから灯りは最低限、多分アルベルは私が起きるとは思ってないだろうからほとんど真っ暗だ。
灯りは私の持つランプだけ、アルベルの気遣いだろうな。
二日くらい前に起きて真っ暗の時にめちゃくちゃビビったから。
ここまで真っ暗を体験したことなかったから、色が見えないだけじゃなくて明るさや暗さを感じ取るのが苦手かもしれない。
あの時はすぐすっ飛んできてくれたからな、それからこうして夜は小さなランプを灯してくれているし、スパダリか、やべーな。
まあ私の旦那みたいなもんなんですけどね!羨ましいだろ!
ちょっと寝起きで変なテンションだな、落ち着こ……
深呼吸をして、甲板へゆっくり歩いて向かう。
いやマジでよちよちじゃん、赤ちゃんじゃん。
しょうがないだろ赤ちゃん……じゃない、ショートブーツは前世以来なんだから。
重いの、下駄や草履と比べたらめちゃくちゃ重く感じるの。
船内から甲板へ出ると、思ったより冷たい風が吹いていた。
さっむ。
身震いをしてアルベルがいるであろう舵のところへ足を向ける。
階段を登って行けば、片手は舵、片手はコンパスみたいなものを持ったアルベルがいた。

「まだ寝てりゃよかっただろうが」

「起きちゃったから」

「冷えるぞ」

呆れたように溜め息を吐かれるも、コンパスみたいなものを欄干に置いて手招きしたアルベルのところへ行けばそのまま抱き上げられる。
あったか、人間発火器で人間暖房みたい。
言ったらデコピンされるから黙っとくけど。
上見てみろ、と言われて空を見上げれば暗い夜空にもやもやした何かがかかっていた。
なんだろあれ、天の川みたいなやつかな。
というかいつもより空が白っぽく見えるのはなんでだろう、いつも真っ黒なのに。

「今日は冷えるから一段と空気が澄んで星もよく見えるだろ。あのもやもやしているところは、薄ら赤みががっている」

「わあ……」

「それに島だと灯りが邪魔して星が見えにくくなるからな、海の上なら灯りも少ないからこれだけ綺麗に見えるんだよ」

なんだっけ、あれだよね、昼間とかも星は見えているんだけど太陽の方が明るいから隠れているんだっけ。
月とかも確かそう、月は大きいからたまに昼間でも見れるもんね。
キラキラ、というか点描画みたいだ。
空の色は、と聞いたら少し青みががっているなとアルベルは私が無意識に擦り合わせている手を握って言う。
視線を落として、アルベルがさっきまで持っていたコンパスみたいなものを見れば、アルベルがそれを私に差し出した。
なんか、砂時計の半分しかない硝子の中に針が浮いてる。
あれ、コンパスって東西南北書かれてなかったっけ?

「これなんですか?」

「エターナルポース、ひとつの島の方向だけを指すからこれに合わせて針路を確認している」

「北とか南とかは?」

「関係ねェな、島の磁気で普通のコンパスは使えない」

「へー……」

「海を一周するにはログポースってもんが必要だけどな。島の磁気を記録したら次の島の方向を指す……まあ、そっちはいらないが」

ちなみにこれはどこへのやつ?
聞けば船内を探して出てきた複数のうち、カイドウの縄張りだった島を指しているんだとか。
比較的穏やかな場所ではあるけど、島の環境が過酷っちゃ過酷だから海軍も政府も近づけない、らしい。
……えっ、それ大丈夫?

「しばらく身を寄せるには十分だろ。小規模だが村もあるし、おれやお前みたいな訳ありのやつもゴロゴロしているから詮索はされねェはずだ」

なるほど納得。
まあ何かあってもアルベルがなんとかしてくれるから大丈夫だよね。
そう言ってアルベルを見上げれば、アルベルは目を丸くして、そういうところだよと私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
私の知らないことだらけで、知っていくのは楽しい。
同時に不安もあるけどさ、特に問題ないよね。
……新しい場所に行ったら、筆を手に絵を描けるようになるだろうか。
何回か筆は手にしているけど、紙を前にしても何を描こうか浮かばないし、かと言ってワノ国で描いていたようなものを描こうと思っても手は動かなかったし。
今はね、夜空描いてみたいかも。
朝になって明るくなったら描いてみようかな。

「今の海って何色?」

「暗い。黒っぽい……藍色に感じるな。月が出ているから少し明るく見えるところもある」

「星は映ってないんですか?」

「映っていても波で揺れるからわからねェな」

そういうもんか。
夜に海見たことなかったしな。
天気が悪かったら見渡しても真っ黒なんだろう、天気よくてよかった。
ゆらゆら船も少し揺れるし、アルベルの温かさで少しうとうとしてきたかも。
くあ、と欠伸をすれば戻るか?と聞かれたけどそれに首を横に振る。
決して赤ちゃんじゃありません、ほんと、ほんとだってば。
誰だってゆらゆら揺れて温かかったら眠くなるじゃん。
明るい時間に寝たんだけどさ、それでも心地よくて眠たくなる時あるじゃん、そういうもんよ。
エターナルポースをアルベルに渡し、手を引っ込めて少し身を丸くした。
あったか……

「アルベルは寝ないの?」

「しばらく舵を取るからな、明るくなったら少し寝る」

「その舵って私もできる?」

「……自分と舵のサイズでできそうなら構わねェが」

無理ですね、アルベルのサイズでなんか丁度よさそうなサイズだから私からしたらめちゃくちゃでかいもん。
私には動かせないんじゃ……?
というか船ってひとりふたりで動かせるもんじゃなくね?
顔に出ていたのか、アルベルは島に着くまでだから問題ねェよと笑う。
まあそうだな。
島に着いたらアルベルもゆっくり休めるかな。
それまでは、いやその後も頼りっきりにはなっちゃうけど、私がアルベルを呼んで頼れば嬉しそうにするからいっか。
頼れる人を呼べるって感慨深い、今までそういう時に呼べる名前ってなかったから特に。
本格的に眠気が勝ってきたので目を閉じる。
怖い夢ももう見ないし、アルベル曰くグズることも少なくなってきたし……あれ、赤ちゃんじゃん私。

「あ」

ふとアルベルが声を漏らす。
閉じていた目を開くと水音と共に大きな何か……鯨?みたいな生き物が水面から大きく船の上を跨ぐようにジャンプして、大きな着水音と共に海へ戻るのが見えた。
水飛沫が月の光を反射して少し明るく光る。

「わ……」

綺麗。
生き物が海に戻ってできた大きめの波に船が揺れるけど、それはやがて収まった。
すご……初めて見た。
黒くしか見えなかったけど、シルエットだけでも凄く綺麗だ。

「今の鯨?」

「あー……海王類だろうな」

なんじゃそら。
えっ、待って、海で大きな生き物って鯨じゃないの?
海王類って何?同じ括り?えっ、違う?
でも言われれば知っている鯨とはなんか形が違っていたような……なんでもありなのか、海って。
そういうことにしとこ、考えてもキリがなさそう。

「この時間だと、今の鯨みたいなやつとか魚って夜空を泳いでいるみたいだなあ……」

「そうだな」

「アルベルは泳いだことある?」

「能力者ってのは海に嫌われてるからな、泳げねェ」

「私も泳いだことないから多分泳げないな……」

海に落ちたら大変だ。
でも、そうだなあ……浅いところ、波打ち際とか、そうじゃなくても夜空が映っている水面に足をつけるのは楽しそうだ。
今度波打ち際を歩こうよ、とうとうとしながら言えば今度な、とアルベルが頬を寄せた。
ふたりきりの航海は、もう少し続く。


色の見えない女の子
なんちゃって転生者。
アルベル好みの服装にされてるんだろうなってなんとなく察したけど、それが外では普通だぞと言われたら何も言えん。
確かに疲労はあるけど悠々自適に過ごせている。
言葉も素のように崩れているし、慣れないショートブーツでよちよち歩きだしでアルベルは満足そうなのも察した。
ふたりきりってなかったから、これが当たり前ってとても素敵だよね。

アルベル
元百獣海賊団大看板のキング。
カイドウとふたりで冒険もしていただろうから船のあれこれや航海もお手の物。
女の子が好みの服装しているし、表情も豊かになったしでとってもにっこり。
羽繕いしている時なんか女の子も触りたがるから好きにさせている時もある。
女の子がこれから自分好みに染まっていくと思うとめちゃくちゃ嬉しいよね、もっとにっこり。
口にはしてないけど新婚生活とか思っている。

2023年8月4日