「お前頭が高いえ!」
「えっ?高い高いしてほしいって?ほら高い高ーい」
「ぎゃあああああああああああ!!」
「あ、兄上……!」
今日も海は綺麗だなァ……空は曇天だけど。
天竜人が奴隷を買いに行くというので護衛になった。
シャボンディ諸島までは他の海兵が護衛、シャボンディ諸島では私が護衛。
大将たちはそれぞれ今出払っているので私に声がかかったんだけど、本当にいいんだな?
これから来る天竜人は、天竜人の中でもかなり異質な天竜人らしいのでまあ私でも大丈夫だろうと判断されたわけだ。
と、思ったらこれだよこれ。
サングラスをかけたチビガキが舐めたこと言ったので足首掴んで高い高いしてそのまま海に投げました。
別にここまだ浅瀬だから溺れはしないだろ、多分。
私の副官が回収してきます、と冷静に言ったのでよろしくと頼んでチビガキのご両親に挨拶をする。
「初めましてホーミング聖、この度このシャボンディ諸島での護衛させていただきます。階級は中将、ですが大将たちと引けを取らない戦力のつもりですのでどうかご安心ください」
「あ、ああ……君が噂の……ドフィは……」
「すみません、躾した方がいいかと思いまして浅瀬に投げました。私の部下が回収に行っております」
「いや、うちの息子が失礼をしたね……よく言って聞かせたつもりだったんだが……」
「ええ、そうですね。もう少し言い聞かせてくださいませ」
あんた敬語使えたんだな、みたいな顔をした部下たちはいつものことなのでスルーしておこう。
前髪で目元が隠れている男の子と目が合ったのでしゃがんでこんにちはと声をかけたら一目散に母親の後ろに隠れてしまった。
確かに、異質って言われる一家だな。
ホーミング聖自身はあまり奴隷を必要としないらしいし、話し方も一般人とあまり変わらない。
付き添っている奥方もだ。
その息子の、さっき投げたチビガキはありきたりな天竜人の振る舞いだけどその弟であろうこの男の子は弱気というか、なんというか。
副官に抱えられて戻ってきたチビガキは私の顔を見るやいなや、ホーミング聖の服を引いて私を指差した。
おいこら指差すなクソガキ、脱臼させてやろうか。
「父上!この女不敬だえ!!さっさと処刑しよう!!」
「ドフィ、彼女の話は知っているだろう?初対面の人間にあんなこと言うものではないよ」
「でもおれは天竜人でこの女は下々民だえ!」
「その前に彼女は歩く厄災だよ」
本人を前に歩く厄災だなんて言うのやめてくれませんかね。
はーあ、と溜め息を吐いてこちらへどうぞと彼らの目的であるヒューマンショップへ案内をする。
その間も投げたクソガキはちらちらと私を見ては気に入らなさそうに顔を歪めるし、弟の方はビビって私を見ない。
ホーミング聖は困ったような顔をしながらも私と他愛ない話をしていた。
あまり大きな声では言えないらしいが、天竜人をやめて下界に腰を下ろそうとしているんだとか。
それは止めておいた。
天竜人が世間一般的に敬われるような存在と謳われていても実態が実態だ。
同じ人間でさえ奴隷にする、そうじゃなくても目の前を横切ったという子どもに銃弾の雨を浴びせる、遊びとして人の尊厳を踏みにじる、そんな天竜人が下界と呼ばれるところで生きていけるわけないじゃん。
それが天竜人の中では異質と呼ばれるドンキホーテ一家もその例から漏れないだろう。
天竜人は自由のようで不自由だ、その称号さえ取り上げられれば人扱いなんかされない。
……ま、自業自得というやつだ、過去の行いは未来の人間に返ってくるからな。
でも、止めはしたけれどホーミング聖の意志は固いらしい。
「おいお前!」
「は?誰に向かってお前って言ってんだテメェ」
「ぐっ……ふ、不敬なのは許してやるえ、おれは優しいからな」
なんだこのクソガキ。
こら、とホーミング聖に咎められるもドフィ……ドフラミンゴと呼ばれたクソガキは私のコートの裾を引く。
「疲れた!抱っこ!」
「可愛げのねェクソガキは抱っこしねェ」
「やだ!抱っこ!抱っこするえ!!」
「いやでーす」
「抱っこォォォォ!!」
うるせーうるせー。
そのままコートを掴んでいるクソガキを引き摺るように進んでもクソガキは意地でも離さない。
それに折れたのは私じゃなくてホーミング聖の奥方。
一度だけでいいから抱いてやってほしいと、頭まで下げるもんだから仕方なくクソガキを脇に抱えた。
「違う!もっと丁寧に!!母上のように優しくしろ!」
「私はお前の母上と違って優しくねェから」
「お前の頭が高いままは嫌だえ!」
「目上の年上に丁寧に話さねェクソガキはこれで十分だ」
「やだァ!!」
このクソガキ……
脇に抱えたままぎゃあぎゃあ騒がれても迷惑なので普通に抱き上げてやれば満足そうに笑う。
めんどくせーな。
「ドフィがそうするのは珍しいんだ。今日だけでいいからそうしてやってくれないか?」
「はァ……」
「お前強いからおれの奴隷にしてやってもいいえ」
「吊るすぞクソガキ」
「ひえっ」
私の低い声に怯えたのはロシナンテと紹介された弟の方。
なんだよお前には何もしてねェだろうが。
ドフラミンゴも怯んだけれど、吊るされまいと私にしがみついた。
まだ天竜人でも子どもなら素直なんだよなァ、なんで天竜人って成長するとあんなクソガキになるんだか。
世界七不思議にしてもいいんじゃないかな。
まあそんな日もあったんですよ、今では生意気なクソガキはホーミング聖に連れられて元天竜人で海賊で王下七武海になっちまったけどさ。
天竜人のままよりよかったんじゃないの。
ひっそりと生きていった方が幸せだと、父と母は言っていた。
かつては神と呼ばれた種族でも、追われてしまったのならただの希少な種族。
その存在の目撃情報だけで一億という破格の謝礼金。
白髪、褐色肌、丈夫な体、黒い翼、燃え上がる背の炎。
見つかってはいけない、特に、政府の人間……たとえ海軍でも。
けれど、海軍のコートをはためかせたあの女は違った。
「悪いね、船が損傷しただけだから修理したら出て行くよ」
それまでは悪いけど、なるべく島の奥にいな。
女は部下に指示を出して電伝虫を片手にどこかへ連絡をする。
軍艦が損傷して修理しなくては航海不可だと、修理は可能だから修理が終わり次第帰還すると。
おれたちのことを報告するのでは?
そう思って聞き耳を立てていたけれど、そんな言葉は出ないまま女は電伝虫の通信を切った。
「ちゅ、中将……もしかして、あの子ども……」
「報告するなよ、他言無用。もしもこの軍艦に乗ってた人間からの報告があったなんて本部から言われたらテメェら全員連帯責任で軍艦から引き摺って本部に帰るから」
「言いません」
「おれたちいい子だから」
「絶対言いません」
「拷問にかけられても言うなよ。その時は私が介錯してやるから」
「はい!」
「わかりましたおねえちゃん!」
「了解しました!」
……やべー女だってのはわかった。
あの中では一番若そうなのに、一番偉そうだ。
そのまま女が帰るまで大人しく言われた通り島の奥に引っ込めばよかったけれど、外の人間だっていうのは子どもには魅力的で。
他のルナーリア族の子どもたちと目を合わせてその女のところへ近づいた。
おねえさん海軍の人?
どんなことしてるの?
一番偉いの?
そんな矢継ぎ早な子どもの質問に女は部下に軍艦の修理をするように指示を出して、ひとりの男とおれたちと目を合わせるようにしゃがんでひとつひとつ丁寧に答えていく。
「そうだよ、私たちは海軍」
「強い?」
「この方は一番強いんだ。なんたって海軍のおねえさんだからな」
男が胸を張って言えば女はなんとも言えないしょっぱい顔をする。
ふぅん、おねえさんって強いんだな。
海賊や悪いやつを捕まえる仕事なんだって。
だから強くないとできないんだって。
じゃあ僕らもなれるかな!そんな他の子どもの問いかけに女は困ったように眉を下げておれたちの頭を撫でる。
「……そんな日が、来るといいね」
父と母と同じ顔をしていた。
そんな日が来るとは断言できない顔。
でも、叶えてやりたいなって呟いた声はおれはちゃんと聞いていた。
それからもおれたちは女にいろいろお願いをしていたと思う。
外の世界の話、どんな場所があってどんな人がいるのか。
なんなら抱っこを強請る子どももいた。
羨ましくておれも、とちょっと恥ずかしくて俯いて言えばほら、と脇の下に手を入れて抱き上げてくれる。
背中の炎が触れても熱がる素振りなんて見せないし、なんなら火傷もしていない。
翼もないし、肌も褐色じゃないけれど、この人も同じなのかなと思ってねえさんもルナーリアなの?と聞いたら普通のおねえさんだよと表情を緩める。
綺麗な顔が近くて、柔らかい体で。
恋って、多分これ。
船の修理が終わって女と男が帰るねと言った言葉を名残惜しいと思ったのは子どもたちみんなだ。
「なァ、また会える?」
「またおねえさんに会いたい!」
「行かないで!ずっとここにいてよ!」
「ごめんね、私はやることたくさんあるからさ」
でも、いつか会えるといいね。
そう言って優しい顔をした女はおれたちの頭を優しく撫でて、部下たちと軍艦に乗って去ってしまった。
いつか、いつか会えるかな。
……まァ、そのいつかは来たわけだが、一方的に。
能力で空を飛んでいるところを撃ち落とされそうになって再会すると誰が思うか。
しかもねえさんはこっちのこと誰か多分わかってねェし。
あの時のガキはおれだよと、言える日は来るのだろうか。
「や、やめるえ!わちきが誰かわかって……」
「わかっているけど?子ども奴隷にしているクソをクソで煮詰めたクソガキじゃねェかそれ以外テメェに肩書きあんのか?あン?」
「あっ、ちょ、それは本気で死ぬえ……!ぎゃああああああああああああああああああ!!」
今日も海は綺麗だなァ……この聖地からじゃ見えねェんだけどさ。
一応私の立場は海軍の中将なので、天竜人が奴隷を連れ歩いていても黙って見過ごさなきゃならないんだけど、さすがに奴隷の子どもに比はないのに手を上げているのを見たら私も天竜人に手を上げたくなるんだわー。
いやーなんでだろうね?世界七不思議。
ちなみにその天竜人は自分の親に「お前こそ誰に盾突いているのかわかっているのかえ!あの女を刺激したら天竜人が滅びるんだえ愚か者!」と怒られている。
失礼だな、そんなことしないよ、多分、おそらく、そう。
天竜人に殴られた子どもの前に膝をついて大丈夫かと聞けば怯えた様子ではあったものの、恐る恐ると言った様子で頷いた。
ああほんと、この世界の仕組みはクソだな。
腫れている頬に手を当てて、血の滲む唇に持っていたハンカチを当ててやる。
「か、海兵が天竜人に手を上げてただで済むと思っているのかえ!」
「今まで何百何千とぶん殴ってきたけど全部不思議なことに五体満足で済んでるんだわ。お前こそ私が誰かわかってんのか、おねえちゃんだぞ」
「意味わからんえ!!」
「お前もやめるえ馬鹿息子!!すまなかったえ、もうその奴隷には手を上げさせないからやめてやってくれぬか……」
あの天竜人がただの海兵に謝るって余程のことだってのはこの聖地に関わる人間はわかっているらしく、はらはらとしながら周りの天竜人やその護衛は見守っている。
こういう時だけ無駄に長生きでよかったと思えるよ、複雑だけどな。
まあ別にやめてもいいですけど?私の前で子どもに手を上げなけりゃそもそも殴らなかったんだよ。
子どもの主人である天竜人の父親がお前もこっち来るえ、と比較的穏やかに言っているけれど、子どもは嫌だと言うように私にしがみついた。
困った。
確かに私は奴隷なんて制度は嫌いだけど、ここで「じゃあこの子うちの子にするわ」なんて言える立場ではない。
そうしたらキリがないじゃないか。
何人助けなきゃいけなくなるんだ。
そこまでの度量は、残念ながら私にはない。
できるのはこの天竜人との口約束だけ。
私の立場を利用して、今まで叩き込んだ恐怖を盾に、手を上げさせないと口約束をするのが精一杯だ。
「……たとえ噂でも、お前らからしたら奴隷でも、子どもに手を上げたって話が私の耳に入ったらマジでこの聖地から吊るして干物にしてやるからな」
「……心得たえ」
まあ、この父親の方はまだ話がわかりそうだけどな。
私にしがみついている子どもを引き離して天竜人へ渡そうとしたけれど、いやじゃ!と子どもは私に全身の力を使ってしがみついているので中々離れない。
「嫌じゃ!また殴られる!食べたくもないものを食べさせられるのも嫌じゃ!!」
「……」
「おねえさんは海軍なのに、助けてくれないの……?」
「……海軍だから、助けられないんだよ」
海軍だから助けられないものもあると、知っている。
でも海軍だからできることもあると、知ってはいる。
放心する子どもの頭を撫でて抱き上げ、そのまま天竜人に引き渡した。
「その子に兄弟は?」
「一緒に買ったのがあとふたりいるえ」
「じゃあその子たちもだな、子どもたちに手ェ上げたらどうなるのか、お前のその馬鹿息子がいい見せしめになっただろ?」
「……ふん、相変わらず歩く厄災は奴隷にもお優しいえ。わちきらには優しくもない」
「躾のなってねェクソガキを躾けるのが役目なんでね、いい子には優しくしてやってるつもりだけど」
例えば?五老星のクソガキたちとかかな?
時計を確認すれば、そろそろ本部に戻らなければならない時間になっていた。
天竜人に抱き上げられる形になった子どもがいかないでと手を伸ばすけれど、私にそれに応える資格はない。
……ま、でも、外では魚人のひとりがすげー計画立てていたから、実現するのが何年か先でもこの子は解放されるだろう。
副官にそろそろお時間ですと声がかけられたので、最後にその子の頭を撫でた。
「強く生きな」
恨んでいいよ、海兵なのに助けてくれなかったって。
とまあ、そんな過去があったはずなんだけど、なんでかその成長した子どもは立派に海賊になって七武海になっているんだよな。
不動と言われているのに、なんでか招集もそこそこ来るし、会えばおねえ様おねえ様と懐いているし。
前に恨んでないの?と我ながら素直に聞いたことがある。
「恨んでなどおらぬ。おねえ様が言ったではないか、強く生きよと。だからわらわは強く生きておねえ様に会いにきたのじゃ!」
これよこれ、その返事。
いやー、海賊になるとは思わなかったから複雑。
今度アマゾン・リリーに来てくれだの、妹たちに会いに来てくれだの、凄くお誘いがあったから機会があれば行くよとだけ返して大きく息を吐く。
あの時のように頭を撫でればその時招集で来ていたドフラミンゴも「おれも!頭!撫でろ!!」とでっかい図体をぶつけてきたので脛を蹴り上げておいた。
海軍のおねえさん
いろんな人たちの子ども時代に会っていろんな影響与えているけれど本人に自覚はない。
ほとんどみんな海賊になってるけどね!なんてこったい!
ドンキホーテ・ドフラミンゴ
初っ端から海へ放り投げられた。
子どもながらにわがままだったし、初見でアレなのに懐いた。
おねえさんの弟たちと同じで悪いことしたら容赦なく怒られて懐いたパターン。
女のくせに固いえ、と呟いてその場で逆さまにもされたことがあったりする。
今では踏んじゃいけない地雷踏み抜いたから追われているけど。
なんで地雷踏み抜いたか?昔のように、おねえさんの弟たちのように接して欲しかったから。
弟たちへの嫉妬もある。
キング
同族とひっそり暮らしていたところに海軍が来て警戒していた。
おねえさんの子どもに対する表情の柔らかさや優しさに恋をした。
けれど一方的な再会した時に打ち砕かれました、可哀想。
いつかちゃんとあの時のガキだったんだって言える日が来るといいね。
ボア・ハンコック
天竜人に手を上げられたところを助けられた。
おねえさんが助けないで帰った時は恨んだりもしたけれど、強く生きなって言われて、フィッシャー・タイガーに解放された後は強くってなんだろう?と考えて海賊になったかもしれない。
もう恨んでいない、だっておねえ様に会えたから!
おねえさんの部下たち
おねえさんのフォローは完璧だし、指示は絶対なのでみんないい子。