なんちゃって転生者のワノ国生活【番外編③】

夏のこの時期と言えばあれだ、七夕。
……いや、この世界にあるか知らないけれど。
いつもは自分の長屋で笹を置いて飾りをつけたりしてひっそり楽しんでいるんだけど、残念ながら今年は鬼ヶ島にいるからそれはできない。
というかおかしくない?なんで今年のワノ国暑いのに鬼ヶ島は冬のまんまなの?風邪ひくどころかガチで体調崩すよこれ。
ソースは私、絶賛体調崩してますけど?
私の顔見たキングが貧弱だなって呟いたの忘れねぇからな覚えとけよ。
いつもの部屋で布団に横になりながらめちゃくちゃ高い天井を見つめる。
暇。
いや、体調崩している人間が言うことじゃないのはわかってるのよ。
でもほら、自分の長屋で体調崩して横になるのと鬼ヶ島の客室で横になるのは全く違うんですよ。
そうでなくても海賊の巣窟にいるわけで、キングが目を光らせているって話聞いてもそれで安心できるのは百獣海賊団の皆さんだけなのよ。
要約すると、寝れない。
体どころか気も休まらん、どうしよ。
熱があるわけじゃないけど酷い倦怠感や頭痛に襲われる。
体を起こすのも怠い。
ふと部屋を見渡すと、文机の上にある紙が目についた。
手を伸ばせば届く距離。
本来は描くためのものだけど、まあ、たまには。
手を伸ばして一枚それを掴む。
俯せで畳に紙を広げて適当な大きさの正方形に手で破り、幼い頃に作ったそれや前世で作ったあれを思い返した。
まあまず準備体操に鶴ね。
よく折ったなぁ……普通の鶴から足の生えた鶴までいろいろ。
尻尾動かしたら首が動くやつとか、前世の小学校で作ったらヒーローってレベルで盛り上がった覚えがある。
いくつか折り鶴を作ったら、今度は七夕に因んだ笹飾り。
ああ、そもそも笹がないから笹を作るか。
黙々と布団に俯せになりながらただひたすら作りたいものを折っていく。
絵を描くのとはまた違った没頭感、多分私は何かに没頭するのが好きなんだろうな。
絵を描くのだってそうだ。
折り紙で作った笹に、同じく折り紙で作った笹飾りを添えた。
うん、我ながら七夕らしさはあるんじゃないかな。
作る過程で残った紙の切れ端で短冊を作ろう。
七夕って言えば笹に願い事を飾ることでしょう。
高ければ高いほど願いは叶うらしいよ、叶った覚えはないけど。
あれって子どもたちが願い事を高いところに吊るせば大人たちが見やすくて叶えられるとか、そういうことなんだろうか。
さすがにロマンの欠片も何もないな、心にしまっておこう。
願い事……と思ったところで墨を磨らなきゃいけない事に気づく。
体起こすの怠いから、とりあえず終わりにするか。
今ならスッキリと眠れそうだし。
色のない、真っ白な笹と、真っ白な笹飾りと、真っ白な短冊。
多分そうでしょ、紙が真っ白である保証はないけど、多分白いし。
ふわ、と自然と溢れたあくびと共に改めて体を横たえる。
願い事、願い事か……
なんだろう、願い事って。
ちゃんと考えたことなかったな、起きたら何かひとつくらい、願い事書こうかな。
夏なのに鬼ヶ島は冬で、暑かったところから寒いところへもう来るもんかと毒づきながら一度体を休めるために目を閉じた。

女の部屋に顔を出したら、それはそれは姫様と思えるような寝相ではなかった。
本当に具合が悪いのか、掛け布団に覆われた体は丸まっている。
上下に動いているから生きてはいるな。
すっかり忘れていたが、普通の人間に夏と冬を行ったり来たりは負担だったか。
トレーに乗せて持ってきた茶は文机の上にトレーごと置き、それから極力音を立てないように座る。
そっと布団をずらせば、少し顔色の悪い女の寝顔があった。
それでも先程顔を合わせた時よりはマシか。
寝付けなかったのか枕元には何やら紙で折られたものが置いてある。
ひとつ手にしようと思ったが、あまりにもおれには小さいからやめておいた。
鳥みたいなものが複数、それから……これは竹……?いや笹か……?
白い紙で折られている分、何なのか余計にわかりづらい。
それにしても器用だな、こんな小さいもので複雑なものを作るなんて。
しげしげとそれらを見ながら丸くなっている女の背を布団越しに撫でていると、ううんと唸った女がゆっくり目を開けた。

「……」

「……」

「……女性の寝込みをじっと見つめるのはちょっと」

「待て何誤解してんだ」

うわあ、とドン引きする女にそう言えば冗談ですよと言ってゆっくり体を起こす。
慣れたように少し乱れた髪を手櫛で整えると枕元に畳んで置いていた羽織に袖を通した。

「体調は?」

「少しは楽になりました……でも本土に帰ったら帰ったで体調崩しそうです」

だろうな。
生憎体調を崩したことがねェから詳しくはわからねェ、だが普通の人間にとっちゃ気候の変化で体調は左右されるのだろう。
女はテキパキと布団を畳むと、正座をしておれを見上げる。
ああそうだ、それについて聞いておくか。

「それは折ったのか?」

「折り鶴……折り紙ってご存知ですか?この国では正方形の紙からいろいろ折って作る遊びがあるので、寝付けるまでやっておりました」

これは普通の鶴、これは翼を広げた鶴、これは尻尾を動かすと顔が動く鶴、これは足が生えた鶴……ちょっと待て最後がなんだって?
他のに比べるとあまりに間抜けな形のそれ。
女はおれの戸惑いに気づいているだろうに、あろうことかスルーして今度は竹のようなものを指差す。

「これは笹です。いつも私はこの時期笹に笹飾りや短冊をつけて飾っているので、その代わりに」

「なぜ笹を?」

「短冊を吊るすためですね、この時期は短冊にお願い事を書いてなるべく高く吊るすと叶うって言われるので」

これから書こうかなと思ってました、と言いながら女は文机に向かって手際良く墨を磨り始めた。
願掛けというものか。

「元々は彦星と織姫の逸話から来ているのですけれど、知っている人の方が少ないですからね」

「なんだそれは」

「自分たちの怠惰のせいで神様に引き離された男女の話です。年に一度しか会えない、浪漫があるようでないかもしれない話ですね」

少し毒づいているような気はするが、聞いたことのない話だ。
……それもそうか、いくらワノ国を拠点にして長いといっても女のように本土で生きている時間が長いやつにしかわからないような逸話もあるか。
以前の桜の件もそうだしな……いや桜の件は作り話だと思いたい。
短冊に願い事を書くのは織姫にあやかっているらしいですよ、と口にしてさらさらと女は一枚の白い紙に筆を走らせた。
変わらない日々が続きますように。
なんてささやかで欲がないのか。
それを紙で作った平べったい笹の頂点に置くようにすると、女は満足そうに息を吐く。

「ちなみに彦星と織姫は年に一度会う時は決まった日の夜だけカササギがつくってくれた橋を渡って会っていたそうですよ」

「川の対岸にでも離されたのか」

「川は川でも天の川ですね。この時期、ワノ国本土からは綺麗な夜空が見えるらしくて、天を流れる川のような空らしいです。私は見てもわかりませんので、見たことありませんが」

……少し驚いた。
どちらかというと、この女はリアリストだと思っていたからだ。
なんだ、可愛げもあるじゃねェか。

「見に行くか?」

「体調不良で行くのはちょっと……というかキング様に連れられる時は問答無用で飛ぶからちょっと……」

「大看板が直々に誘ってんだ、珍しいだろ」

「はぁ……」

どーでもよ……みたいな顔の女に少しイラッとした。
ところでキング様も願い事書きます?と筆と紙を差し出されたが、お前のサイズのものでおれが書けるわけねェだろうが。
確信犯のような笑みにもイラッとした、ので、デコピンを極限まで手加減して女の額に当ててやった。

「笹はこの島に生えてねェそうだ」

「えっ」

「代わりに観葉植物ならある」

「なんかでっかい」

なんか違うんだけど。
アルベルが街に買い出しに行くと言っていたので、時期も時期だし笹が欲しいとお願いしたらなんかめちゃくちゃ立派な観葉植物が来た。
まあ……いっか?
時期ってあれです、前世で言う七夕の時期です。
まあこの島は夏やら冬やらの前に気候の変動激しいんですけどね、ワノ国本土から鬼ヶ島へ行く方がマシだった、慣れたけど。
笹がよかったけどないならしょうがないか……
気を取り直して予め作っておいた笹飾りをその観葉植物へ吊るして飾り付けていく。
ぼそっとアルベルの「夏のクリスマスツリー……」って呟きが聞こえたけど、これクリスマスイベントじゃないから、七夕イベントだから。
確かにこの観葉植物に飾り付けていくのはクリスマスツリーを飾り付けていくのと既視感あるけど。
器用なもんだな、とアルベルは私が作った笹飾りを摘み上げた。
サイズ的にめちゃくちゃ小さいからね、潰さないでよ。
ただ切れ込みを入れて軽く広げたり、紙の端と端をくっつけたり、それだけなんだけど。

「願い事は?」

「アルベルと平穏に過ごす」

「……嬉しいこと言ってくれるじゃねェか」

一番上に短冊を括れば、とりあえず完成かな。
そうそう、後で思い出したんだけどね、願い事を書く時は言い切ってしまった方がいいんだ。
できるように、しますように、みたいにちょっと曖昧なよりもする、します、と言い切ってしまった方がいい。
願い事っていうか最早意気込みとか目標な気もする、それはそれでいいか。

「何もなく過ごせればいいよ、これ以上はおなかいっぱい」

「……そうだな」

ワノ国を出て大分経つけれど、お互いなくしたものが大きくて、傷が癒えたわけではないのだし。
というか癒えるものではない。
お互いが大事なものの代わり、になれるわけではないから。
私は私、アルベルはアルベル、そういうこと。

「アルベルは、願い事あるとしたら何?」

「お前と一緒」

「とっても気が合う」

「だな」

多分、来年の七夕も変わらないんだろうな、それでいいけど。
アルベルに大きめの紙を差し出して何か折ってみる?と聞いたら前に見た足の生えた鶴のインパクトが大きかったみたいで、真面目な顔してそれを折るアルベルの姿に思わず笑ってしまった。


色の見えない女の子
なんちゃって転生者。
いやワノ国本土暑いのに鬼ヶ島は冬だったら体調崩すに決まってるじゃん……!とプリプリしてた。
でも暑いのと寒いのどっちがいいのか聞かれても困る。
足の生えた折り鶴、とてもシュール。

キング
寒暖差にダウンした女の子見て貧弱だなって呟いた、そりゃ普通の人間だもんな……
夜間飛行のお誘い断られてちょっとしょんぼりしてた。
足の生えた折り鶴のインパクトが大きかった。

2024年10月12日