キングとバレンタインの話

もうそんな時期か、とふと思ったのは仕事をしている時だった。
日々カメラマンとしての仕事が入ってきており、その中に季節を感じさせるものもある。
少し前はクリスマス、お正月、成人式、節分、そして今回のバレンタイン。
製菓企業の広告の写真を撮りに来たわけで、実際はまだまだ時間がありはする、でもせっかくだからなにかしようかな、とも思った。
ああ、ちなみに製菓企業でも人攫い紛いなことをしたクソババアの息はかかっていないところです。
クラウドソーシング経由で来た案件は全部アルベルに確認してもらっているので、あやしいところの案件は受けない、いや毎日来るんだけどね、諦めてくれないかな……約二件。
チョコやクッキーといったお菓子を可愛らしく見えるように配置してカメラを構える。
小道具としてリボンや花もあるからきっと目を引くものになるんだろうな、色までは相変わらず知らんけど。
広報の担当者さんと写真の出来を確認して、もう少し光の加減や角度を調整してからまた数枚分のシャッターを切った。
可愛いお菓子多くなったなぁ、チョコ食べたいな。
言われたものを撮り終わって持ち込んだ機材を片付け、合間にアルベルにトークアプリで終わった旨を報告する。
間髪入れずに既読になり、迎えに行く、とすぐ返事が来た。
まだ送信して三十秒しか経ってませんが?さてはずっとスマートフォン見てたな?
担当者さんが報酬とは別でよかったらどうぞ!と私に紙袋を持たせる。

「これうちの新作なんです!来週販売開始するんですけど、よかったら召し上がってください!」

SNSにも感想載せてくれたら嬉しいです!とちゃっかり宣伝を忘れないところが逞しいな。
随分可愛らしい紙袋だ、アルベルと一緒に食べよう。
お疲れさまでした、と建物を出ると目の前には見知った車が停まっていた。
うーん、裏切らないなこの早さ。
ハザードランプを点滅させると、運転席からアルベルが降り、お疲れ、と声をかける。
そのまま私の持っていた機材を手にして後部座席へ運んでくれた。
すっごく助かる、さすが手際がいい。

「自分でできたのに」

「おれがやりてェんだ、好きにさせろ」

今では慣れたけど入籍直後だったら恥ずかしかったな。
アルベルに促されて助手席に乗り込む。
受け取った紙袋の中から入っているものを取り出してみれば、可愛い猫の缶が。
ええっと……チョコか。
丸い形の缶の蓋は少し立体な的な猫が描かれていて、猫好きにはたまらないものなのだろう。
蓋が開かないように透明なテープで封をされていたので、爪を立ててそれを剥がした。

「それは?」

機材が傷つかないようにしてから運転席に乗り込んだアルベルが私の手元を覗き込む。
チョコ、と答えながら蓋を開くと、車内に甘い匂いが広がった。
個包装にされているタイプじゃなかった、ひとつひとつが可愛らしく見えるように配置されている。
鞄に入れていたスマートフォンを取り出してとりあえず一枚。
あとでSNSに感想と一緒に上げておこう、それだけやれば満足するでしょ、あの担当も。
この時期チョコレート戦争と言っても過言ではないしね。
チョコは猫の顔をかたどったものや肉球の形、普通のトリュフチョコレートのようなものといろんな形があった。
その中の猫の顔っぽいものをひとつ摘んでアルベルの口元に近づける。

「今日の広報担当者がくれた、来週販売開始だって」

ほらあーんしてよ嫁が食べさせてあげてるんだぞ。
アルベルは口を開くと私の指と一緒にチョコを口にした。
いやいや、誰も私の指ごといけとは言ってない。

「……甘ェ」

「美味しい?」

「悪くはない」

「ビターなのもあるんじゃないかな」

缶の中に入っていた商品説明の紙を手にして内容を確認する。
今アルベルに食べさせたのはミルクチョコレートなのか、じゃあ甘めかな。
意外にも肉球の形のチョコがビターチョコレートらしい。
それを手にして差し出すと、また私の指ごと食べられた。
もういいってば。

「これが私からのバレンタインだったらやだ?」

「やだに決まってんだろ」

「ですよね」

知ってた。
出すぞ、と車を動かし始めたアルベルを横目に私もトリュフチョコレートをひとつ口にする。
うん、甘いし美味しい。
お酒が入っているチョコも扱っているみたいだけど、この缶の中にはないし、今度お酒の入っているチョコ買ってもいいのかも。

「欲しいチョコやお菓子ある?」

「おまえ」

「私はチョコでもお菓子でもないんだけど」

「じゃああれだ、チョコレートフォンデュ。どうせ当日は小紫やあの店の嬢からチョコもらってくんだろ、チョコファウンテンできるようにしておいてやるから全部溶かして果物につけて食う」

「予想の斜め上行くのやめてくれない?」

アルベルの口からチョコレートフォンデュが出てきたのがびっくりだわ。
相変わらず日和への攻撃力が高い、多分日和もアルベルへの攻撃力が高い、仲良くしろとは言わないからあからさまにやるのはやめておいたら……?
信号で車が停まるとアルベルがこっちを向いて「あ」と口を開けた。
じゃあ次はこれね、猫のしっぽの形のやつ。

「おまえは」

「何が?」

「最近は女から男へ、ってわけでもないだろ。外国じゃあ男から花を渡すのが習慣のところがあるからな」

なるほど。
そうだなぁ……それだったら……

「なら一緒にチョコレートフォンデュやろうよ。誰かにもらったチョコ溶かすんじゃなくてさ」

その方がいい。
一緒に楽しめるのなら、それがいいに決まっている。
私の言葉にアルベルは少し残念そうな顔をしたけど、やだもだめも出なかったから問題ないね。
バレンタインまではもう少しあるけれど、こうやって一緒に決めていくのも楽しい。

2025年2月4日