「ルル、つじぎり」
アブソルが大きく角を振るう、爪を振り上げる。
ヒュンヒュンと風の切る音がして、衝撃波のようになったそれに目の前のポケモンは真正面から受けてやっと倒れた。
ふう、と息を吐き、お疲れ様とアブソルに声をかける。
気がついたらこの世界にいた。
私の知っている世界より、幾分か昔だろうか。
かなり昔だ。
渡されたポーチはその都度拡張しないと持ち物は持てないし、野生のポケモンたちは草むらから飛び出るどころか草むら以外にいることが多い。
道具だってそう。
そこら辺に落ちているのはクラフトといって道具を作るための材料で、わざマシンとかもちものが落ちているわけではない。
……これはちょっと、大変かも。
私と同じ時期にコトブキ村の海岸に倒れていた子は調査隊として働いている。
私も一応は調査隊だけれどなかなかベースキャンプに戻らないからと、心配した彼らに何回探されたことか。
そんなに弱くはないつもりなんだけどなあ。
あとあれ、水場を渡るのにミロカロスに乗ったり空を飛ぶのにボーマンダに乗ったり、崖を登ろうとしてバシャーモに抱っこされたりするとそんな危ないことするなってめちゃくちゃ怒られた。
ギンガ団とかコンゴウ団とかシンジュ団とは関係なく。
誰か目撃した人がそれぞれの長に報告したのか、コトブキ村に戻った時に呼び出されたかと思ったらデンボクさんだけじゃなくてセキさんやカイさんもいて、その場で正座させられて怒られたのはほんの数日前。
ライドポケモン以外に乗るなんて!っていうのが三人揃って言っていたこと。
私の故郷ではこれが普通でしたって言ったら危ないし誰か真似したら大変だからって新しいカミナギの笛もらった。
そのままセキさんやカイさんに案内されてそれぞれのキャプテンのところへ行ってライドポケモンの五体とバトルもしたなあ。
……こっそりいつも通りにしてるんだけどね。
「うーん……もうちょっと先に進もうか」
そんなにベースキャンプから離れていないので、そのままアブソルと歩き出す。
今私がいるのは群青の海岸。
やっぱり海が恋しくなって来たけれど、潮風や潮の香りは落ちつくな。
イチョウの浜辺の波打ち際を歩き、たまに人に興味津々なタマザラシたちにきのみをあげながら迷子の磯辺の方向へ。
オヤブンと呼ばれる個体のゴーリキーの目を盗むように進み、たまに襲いかかってくるワンリキーをアブソルが威嚇すればワンリキーはすごすごと下がっていく。
敵意はないよと苦笑いしつつ、オヤブン個体のオクタンがいる手前の岩場で腰かけた。
履物と足袋を脱いで足を海水に浸す。
……懐かしいなぁ、兄さんや向こうの人たちは元気だろうか。
旅に出た最初はあんなに家が恋しかったのに、今では旅を楽しんでいるし旅に生きていると言っても過言ではないのかも。
まあ、それでももう帰れない家は恋しいけれど。
こうしてコトブキ村という場所に帰る前提であちこちを回るのは最初以来かもしれない。
このヒスイ地方は私の知る数々の地方の大昔だから、村も少なくてあってもコンゴウ団やシンジュ団の集落くらいだ。
もちろんポケモンセンターやフレンドリィショップもないし、ジムだってコンテストだってないけれど。
これはこれで新鮮だ、自分の生きていた時代より昔の場所を旅するなんて、きっとあの子くらいだろう。
あの子はとても凄くて、ポケモン図鑑の完成にあちこち回っている。
ユウキやハルカみたい、尊敬するなぁ。
あのふたりにはそういうことも伝えられないままだったけど。
「……ギャウ」
「なぁに、ルル」
「……ウゥ」
アブソルに袖を引かれ、視線を向けるとオヤブン個体のオクタンと目が合った。
いつの間にか水面にはテッポウオもいたけれど。
何もしないよ、海見てるだけ。
それが伝わったのかわからないけれど、オクタンはゆっくり私のところへ近づいてくると、そのまま私の隣に居座る。
……びっくりした、オヤブンと呼ばれるポケモンたちってとても気性が荒いって聞いていたから。
「……ここは綺麗だね。君がいるからかテッポウオたちも過ごしやすそう」
「……」
「好きだよ、海。泳ぐのは怖いけれど」
一番近くに来たテッポウオに撫でていい?と聞いて手を伸ばせば大人しく撫でられてくれて、ヒレの付け根を指を這わせば擽ったそうにしながらもどこか気持ちよさそうだ。
そんな私とテッポウオの様子を見て、私から敵意はないと判断したのかオクタンはしっとりとした腕を伸ばして私の体を何か確かめるように触る。
特に手に興味があるらしく、ぺたぺたと興味深そうに指を何度も触って首を傾げた。
水面近くに来たテッポウオたちは足をつんつん口でつついたり、足の指先を軽く噛んだりしては不思議そうにする。
ああ、人間とはまだ距離があるから不思議だよね。
オクタンとは反対隣のアブソルが何かしたら引き裂くからなと言いたげにしていたけれど、大丈夫と感じたのか私の膝に体を乗せてくあ、とあくびをした。
いいなぁ、穏やかな時間、凄く好き。
日が暮れるまでそうしていて、またねとオクタンとテッポウオたちに手を振ってベースキャンプに戻る。
戻った先のベースキャンプで、あの子が私がオクタンとテッポウオに襲われたんじゃ!?と心配していたらしくて、あの子と博士に仲良くお話していただけだよと弁明していたのはまた別の話。
また、団長さんたちに呼び出されて心臓止まるかと思ったから危ないことは控えて……ととても弱々しく説得されたのも、別の話。