今日はいい天気だなぁ、お空綺麗。
ただし私の心は雨模様だけどな。
「ねえちゃん!ねえちゃんストップ!!」
「シャレにならねえから!ねーちゃんが殺人犯になっちまう!!」
「いいんだよ正当防衛で吊るしてやんだよ私の個展では私がルールなんだよ人のこと犯人呼ばわりしやがってクソが」
「鎮まれー!」
「鎮まりたまえー!」
米花町で個展を開いていた。
あれだろ、日本のヨハネスブルグ。
知っちゃいたし、マジでそこで個展開くの?と担当に話したらぜひ!とキラキラした顔で言われて断り切れなかったんだ。
蘭と竜胆も渋っていたし、本当に、ほんっとーに嫌だけど、いつもより個展の規模は大きいし担当側で資金は提供するからと押されて今に至る。
まさか自分の個展で殺人事件起こるとは思わねえだろ。
まさか私が個展開くの渋ったからってのが動機扱いされるとは思わねえだろ。
ここの管轄の警察はポンコツか?シバくぞ。
アリバイめちゃくちゃあるが?その時間は個展の客の子どもと話していたが?蘭と竜胆もいたが?
トリック?そんなややこしい真似できるわけねーだろ。
「殺すんなら物理的じゃなくて社会的に合理的に殺すっつーの、私は嫌だっつったんだよ、こんなクソ物騒な米花町で個展開くのはよォ」
「ねーちゃん!殺るならオレらが殺るから落ち着いて!!」
「アッなんかねえちゃん今日めちゃくちゃ力強い!」
私を羽交い締めにしている蘭と腰にしがみつく竜胆が叫ぶ。
そんな様子を見ていた刑事たちや探偵だとか言うやつ、その連れの子どもはドン引きしているけど知るか。
犯人なんて知るか、だったらこの場にいる全員吊るして犯人が名乗り出るまで全員吊るしてやる、逆さだ、名乗り出なきゃ全員出荷だ、フィリピンにな。
「おっ、お姉さんごめんね!でもおじさんや刑事さんたち疑うのがお仕事だから……!」
「はァ?疑うので済まねえから吊るしてやるっつってんだよ」
「スミマセン!!」
「馬鹿クソガキ!この状態のねーちゃんに言い訳なんて意味ねーんだよ!!火にガソリンぶっかけんな放火魔か!!」
「ねえちゃん落ちつこーぜ?ほら、話はオレらが聞くから絵でも描いて待ってよ?コーヒー買ってくるからさ!」
「そもそも私の個展で殺人事件なんて起こしてんじゃねえよクソが。わざわざ、嫌々、渋々、個展開いた私への嫌がらせか?もういつものギャラリーでしか個展やらねえ、米花町の人間は出禁にしてやる」
「……本当にこの絵を描いた人ですか……?」
「はァ?オマエからオブジェにして出荷してやろうか?」
「ゴメンナサイ!!」
「テメェも大火事に石油ぶっかけんな!!」
「誰かお客様の中に消防士はいませんかー!!」
子どもでも容赦しねえぞ、そこの顔のいいガキもだ。
問題の福寿さんが犯人の可能性が高い!と高らかに宣言した探偵の男は本当に申し訳ありません!!軽率な発言でした!!と深々頭を下げるとそのまま子どもとガキを回収していった。
ねえちゃん落ちつこ、ねーちゃん深呼吸深呼吸。
蘭が私の背中を撫で、竜胆が気遣わしげに顔を覗き込む。
まあ冷静ではなかったな。
そのまま蘭と竜胆に促され、近くの椅子に腰かけた。
愛用のブランケットを肩にかけられ、それから気休めにといつものスケッチブックとペンケースを渡された。
「大丈夫だよねえちゃん、ねえちゃん何もしてねえし」
「そうそう。……多分、ねーちゃんを犯人に仕立てあげたいんだと思う」
「……ん」
「犯人見っけたらオレらが殺るからさ」
「ねーちゃんは安心して」
いやオマエらが殺る必要ないと思うんだけど。
物騒なことはしないでよと、小さい声で釘を刺せばにこっと笑った蘭とにやっと笑った竜胆が頷く。
でも残念だな、私の絵の中で殺されるなんて、可哀想。
私の絵を綺麗と言ってくれた、押しの強い担当。
いろんな人に福寿さんの絵を見せたいんです!
きっとその言葉に嘘偽りはなかった、でも、それに嬉しいと思った私がいたように、それに悔しいと憎いと思った誰かはいたのかもしれない。
眩し過ぎる真夏の太陽のような担当だった。
せめて、と思ってその担当のような空をスケッチブックに鉛筆を滑らせて真っ白を彩ることにした。
有名な絵師さん、名前さんという女の人。
空ばかり描く有名な人、青空だけじゃなくて曇り空や雨空も描くし、たまに風景も描くけれど、あくまでメインは空を描く。
その人の開いた個展で殺人事件が起こった。
今判明している状況証拠は名前さんが犯人だとわざと示しているようで、動機だって米花町で個展開くのが嫌だったから、だなんて子どもっぽい理由で犯罪を起こすような人には見えない。
おっちゃんの少し年上らしいけれど、そうは見えない外見だ。
凛とした、お淑やかそうな人。
灰谷蘭、灰谷竜胆と名乗った兄弟と同じくらいかなと思ったらまさかの十個上、人って、特に女性って不思議だな、いつまでも若々しく見える。
……まあ、あんなに怒るとは思わなかったけどな。
それもそうか。
安室さんも名前さんのことは知っていたみたいだけど、会うのは初めてだという。
こっそり教えてもらったけれど、名前さんの絵は表でも裏でも高額で取引されているらしい。
それだけ価値のある絵、本人は関与していないのは明白って言ってた。
「お姉さんはなんで絵を描くの?」
「好きだから」
彼女は、それが当たり前のように間髪入れずに答えた。
ちょっと過激なところもあるかもしれないけれど、人を殺すような人ではない。
むしろ、彼女の従弟たち、灰谷蘭と灰谷竜胆の方が「あっ手が滑ったー」なんて簡単にやりそうだ、言ったら怒られるかもだけど。
「名前さんが犯人とは到底思えないんだよね。わざわざ自分の個展でやるとは思えないし……」
「それは僕も思うよ。……今の名前さん見たら、殺す前にオブジェにするんだろうね」
フックに引っかけてただの紙に五百円なんて書かれそうだ、と安室さんが少し青褪めた顔で言う。
まあ今まさにオブジェにしてやろうかって言われたもんな安室さん。
ボソッとジンにすぐ銃を向けられる方が可愛い……と呟くのであはは、としか返せなかった。
灰谷兄弟に椅子に案内された名前さんは気を紛らわすようにスケッチブックに何かを描いている。
福寿さんを守るように立っている灰谷兄弟……蘭さん……えっ、蘭?えっ?蘭!?
あー……名前は置いておこう。
蘭さんに声をかけて名前さんと話していいか聞けば、蘭さんはんー、と考える素振りを見せてから邪魔はするなよ、と言ってくれた。
「お姉さん、さっきはおじさんがごめんね」
「別に。謝ったんなら一応何も言わない」
「うん……何描いてるの?」
「担当イメージした空。悪い人ではなかったし、私の絵を綺麗って言ってくれたから」
「見てもいい?」
「いいよ」
隣に並んでいる椅子に座り、名前さんの手元を覗き込む。
鉛筆でしか描いていないのに、そこには空があった。
凄く眩しそう、真夏の空みたいだ。
わあ、と息を漏らせば、名前さんは他にもあるよと別のスケッチブックをオレに渡してくれた。
パラパラと開けばいろんな絵があった。
空ばかり描く、とは言っていたけれど花や人も描くことがあるみたいだ。
デフォルメされた蘭さんと竜胆さんも描いてあるし、花の蘭と竜胆、それから名前さんの名前と同じ花が描いてもある。
綺麗。
ちらりと名前さんを見れば、名前さんは利き手にペンだこができているし、鉛筆で描いているからか小指の側面に鉛筆で黒くなった跡もあった。
……あれ?被害者ってどっちから殴られたんだっけ?
「お姉さんって両利き?」
「いや?反対は他のペンや筆を持つ程度だよ」
「じゃあ従弟のお兄さんたちは?」
「両利きではないね、器用ではあるけど」
私と同じ利き手だよ、と名前さんの言葉に他の容疑者たちの手を見る。
被害者は後ろから殴られていた、真後ろからだけど、打撲痕は少し斜めになっていて……
じゃあ、犯人はあの人……!?
「ねえ、お姉さん。絵を描く人だったらペンだこってできる?」
「どんな描き方しているかは人次第だけど、常日頃から長年描いているんならできんじゃない?」
そういうことか!
ありがとう!と名前さんにお礼を言って安室さんのところに駆け寄る。
見たところ、名前さんと逆の利き手の人はひとりしかいない、犯人はあの人だ!
危ないことに首突っ込むなよ、と名前さんの低い声が聞こえて、ちょっと心臓から血の気は引いた。
「この女が悪いんだ!!同じものしか描かないくせに、目をかけられて!この担当も見る目がない!!」
毛利さんに僕に任せてくださいと探偵役を買って出て、犯人が誰か指摘したら犯人の男は名前さんの首元に持っていたナイフを突きつけて延々と怒鳴り始めた。
逆恨み、ありきたりとは言いたくないが犯行の動機だ。
名前さんは身を固くし、動けずにいる。
彼女の従弟たちはなんとも言えない顔をして、あろうことか小さく舌打ちをひとつ。
どうするべきか、下手に動けないな。
コナンくんが状況を打開しようと周りを見渡すも、ここは広いギャラリー、影になるようなものもほとんどない。
膠着し、男が名前さんの腕を引いて下がろうとする。
その時、身を固くしていた福寿さんが口を開いた。
「……努力した?」
「あ!?」
「絵を誰かに綺麗だと言ってもらう、努力はしたのかって聞いてんだよ。あんたのことは知ってる、絵も見たことある、でも最後に描いたのは?毎日描いた?」
「う、うるさい!!」
「努力しねえくせに私が悪いだの担当が悪いだの責任転嫁してんじゃねえよ。くだらねえ理由振りかざして人殺してイキってんなクソ野郎」
「うぐっ!」
「あっ!やった!!」
「ねーちゃんストォォォォップ!!」
首元に突きつけられているナイフを手で弾き、それから名前さんはその年齢にしては引き締まっている足を躊躇なく男の股間に叩き込ん……ひえっ。
灰谷さんたちが制止しても遅い。
えっ?何が起こった?
ズドン、なんて重たい音と共に男は股間を押さえ、それから床に倒れ込んだ。
床に転がったナイフを名前さんは慣れたように届かないところへ蹴り、それからそのまま男が伸ばした手をまたまた躊躇なく踏みつける。
……えっ?何が起こった?なんかひゅんてしたんだが!?
「絵に勝ち負けなんてねえんだよ好きなもん描いて好きにしているだけの私に勝負ふっかけんなナイフなんて個展にはご法度だろ人の庭でぎゃあぎゃあ喧しい吠えるなら外で吠えろクソ」
「ねっ、ねえちゃんやめたげて!!」
「もうそいつのライフはゼロよ!!」
「知らねーよ担当はライフゼロどころか回復なんて二度としねーんだよ鈍器やナイフ握る暇があんならペン握れ惰性に塗れた絵師擬きが。オマエなんて私のオブジェにする価値もねえ、出直せクソガキ」
ひっ、ひどい……!
蹴りも酷かったけれど、言葉が一番酷い。
えっ、本当にこの個展の絵を描いた人ですか……?
名前さんの方がナイフを握って的確に刺した件について、言葉の。
その後、蹲って動けない男の身柄は無事に確保され、そのままパトカーで連行された。
心做しか、男性全員内股になっていたけれど。
「……お姉さん、なにか格闘技やってた?」
「キックボクシングやってる」
「まさかの現役」
「ねーちゃん!危ねぇだろ!」
「まあまあ竜胆、もっと正確に言ってみ?」
「犯人が!危ねぇ!可哀想!!」
「それなー……」
「はァ?可哀想なのは私だが?」
「アッハイ」
「スミマセン」
念のため名前さんに怪我がないか確認した灰谷さんたちが安心したように息を吐く。
今度はあなたのギャラリーに行きますね、と別れ際に言ったら来なくていい、と言われた。
そんなこんなでとんでもない解決をした事件。
……まさか、組織の仕事でも会うとは思わなかった。
「……すみません、ジン。もう一度相手の名前を言ってくれます?」
「梵天の幹部、灰谷蘭と灰谷竜胆と取引がある。ボスの指示でオレ、ウォッカ、バーボンで向かうぞ」
ごめん、なんて?
親戚のおねえさん
米花町で開いた個展で殺人事件が起こった。
犯人扱いされておこ、激おこ。
覚えのない逆恨みで激おこプンプン丸。
米花町でもおねえさんの足は火を噴くぜ!
灰谷兄弟
おねえさんが犯人扱いされたのはおこだけどそれどころじゃねえ!
なんでオマエら火にガソリンぶっかけんの!?放火すんなよ!!
今後、黒の組織との取引なんかにも行ったり行かなかったり。
江戸川コナン
とんでもねえおねえさんに出会ってしまった。
安室透
とんでもねえおねえさんに出会ってしまった。
しかも組織の仕事でも繋がりがあった。
なんてこったい。
クロスオーバーでした!
どの世界線でもおねえさん強くなってる。
容疑者全員吊るして犯人炙り出してやるよ精神、尚犯人みんな死ぬ、心が。