「行先は警察でいいか、着払いな」
「慈悲を!どうか慈悲をください!!」
「今回はほんっとに言い訳させてください!!」
「知らねえ女にぶっ叩かれた私に慈悲なんてあるわけねえだろ言い訳無用」
「やめてえええええ!!」
「助けてえええええ!!」
今日はいい天気だなぁ、あ、月が雲に隠れちゃった。
びたんびたんと打ち上げられた魚のように跳ねるふたりのサイズにぴったりな包装紙を広げればより一層激しく跳ねた、活きがよくて何より、鮮度に困らねえなあ。
知らねえ女にぶっ叩かれた挙句ババア呼ばわりされた私が慈悲なんて持ってるわけねーだろ常識的に考えて。
そりゃあ言いましたよ?好きに遊ぶの構わねえって。
そりゃあ言いましたよ?こっちに矛先来なけりゃいいって。
男ですもんね、発散したいモンはあるでしょうよ。
ただがっつり私に飛び火してんじゃねーか程度を弁えろ。
ぶっ叩かれただけじゃなくて女の長い爪で頬に引っ掻き傷できたんだけど?
ちなみにその女は顔を真っ青にしたふたりの部下に引き摺られてどこかに消えた、私が一発ぶん殴ってやろうと思ったのに。
ちょうど今日は九井が何枚か絵を買いたいって言ってたし、その話も終わった後だし、なんて不思議な偶然なんでしょう、ふたりを縛り上げて梱包できる材料揃ってんだわ。
悪い子は包んじゃおうな、なんて竜胆の足下から包装紙で巻いているとそこへ三途と九井が駆け込んできた。
三途は甲高い悲鳴を上げ、九井は顔を青くして早まるなと私を止める。
別に早まってないけれど?当然のことだけど?
まだ麻縄で適当に強く縛っただけだぞ?
亀甲縛りじゃないだけ良心的だろ私。
ぐすぐす泣き始めた竜胆を見て、九井が私を竜胆から引き離すとすかさず三途が竜胆に巻かれていた包装紙をばりばりと破いた。
知ってる?それ以外と高いんだぞいい包装紙だから。
「サツもふたりが送られてきたって困るだろ!」
「生モノはそれじゃ送れねえから!」
「クール便で出荷すんだよ警察も喜ぶって」
「三途ぅぅぅぅ!!」
「今だけオマエがここにいてよかったあああ!!」
「今だけじゃねえわ!また縛り上げんぞ!!」
三途がふたりの麻縄を解けば、ふたりは三途の腰にひしっと抱きついて昔からずっと変わらないべしょべしょの泣き顔で私を見る。
私がふたりをいじめたみたいな構図になってるけどきっかけはオマエらだからな。
「で、オマエらは何やって姐さん怒らせたんだ?」
「ふたりの彼女だって自称した女にぶっ叩かれたんだわ」
「あー……姐ちゃん邪魔してごめんなさい、手伝います?」
「三途の裏切り者!!」
「オレらが出荷されてもいいのか!?」
ぎゃいぎゃいとふたりが三途の体を揺らすと、三途はふたりを私の前に差し出した。
途端、ぴたりと止まる声。
警察以外に出荷先に心当たりねえんだよなあ。
ぼそっと呟けば姐さんそうじゃねえからとそれを聞いていた九井が溜め息を吐く。
「つーかその女この前の取引先の女だろ?オマエらの趣味じゃねえのにヤったんかよ」
三途が思い出したように言えばふたりは首が飛びそうなくらい横に振った。
なんでも酔い潰れたのをホテルに連れてってそれらしく服を剥いだだけなんだと。
なんだよあの女どう考えても勘違い女じゃねーかそれだけでぶっ叩かれたのか私。
そもそも剥ぐな、服を。
誤解しか生まれねえ。
オレらは無罪です!!と声を揃えたふたりに私から一言。
「いやオマエらの行動で私ぶっ叩かれたから有罪、よって出荷の刑」
「ごめんなさい!!もうそんなことしません!」
「ねえちゃんはオレらいらねえのかよ!!」
「それ私の台詞じゃね……?」
「はァ!?ねーちゃんはオレらのねーちゃんだろ!!」
「オレらねえちゃん好きなのに疑うのかよ!!」
「過激派かよ」
「姐さんも大変だな」
収拾つかねえ。
ふたりの「もうしません」は数え切れない程聞いてはいるけどその代わり別の何かやらかすからなあ。
どうしたもんか。
いや疑ってないんだわ、蘭も竜胆も私に懐いているのも好きってのもわかってんだわ。
構って欲しくて何かやらかすんじゃねえかなってここ十年くらいで感じてんし。
……そう言えば最初の吊るした時も構って欲しいから飛び蹴りされたんだった。
昔のこと思い出すこと多くなったな、私も年取るわけだ。
「ふたりの仕事は終わったの?」
「いや、こいつらマイキーへの報告まだだから終わってねえよ」
「オマエらさっさと報告してこいよ。それまで姐ちゃん帰んねえように見とくから」
なんで一緒に帰るのが決まってんだろ。
立ち上がったふたりが三途と九井、私に「ぜってー帰んなよ!」と釘を刺すと駆け足で部屋を出て行った。
……なんか疲れやすくなったな、アラフォーになるとそんなもんかな。
大きく息を吐いた私の肩を三途と九井が叩く。
「姐さんお疲れ」
「でも姐ちゃんに助かってるんですよ、姐ちゃんのこと引き合いに出すとあいつらちゃんと仕事するから」
「仕事する反社ってどうなんだよ」
複雑。
蘭と竜胆と一緒にふたりの部下が運転する車に乗り込む。
後部座席でふたりに挟まれる場所。
甘えるように私にぴったりくっついて手を握ったりぐりぐりと頭を擦り付けてきたり、いたたまれない部下さんになんか申し訳ねえな。
「夕飯どうすんの?」
「昨日仕込んだ唐揚げあるけど食べる?」
「やったー!」
ちなみに私の頬の引っ掻き傷は手当てしてもらった。
止血はしてたけど、あんだけ喋れば薄らと血が滲んできたから慌てた蘭と竜胆にやってもらい、今は少し大きめのガーゼで覆われている。
この年になると傷とか治んの遅いんだよなあ……顔出しする機会しばらくないからいいけど。
帰り際に会った佐野も気にしてたけど一番ぶん殴りたいあの女ももういないしな、気にしないでとだけ声はかけた。
いつの間にか当たり前のように犯罪組織に馴染んでいる自分が恐ろしいわ。
「傷、痛くねえ?」
「痕残んねえといいけど」
私の肩に頭を乗せた竜胆が聞けば、蘭がそっとガーゼに触れる。
見事に三本線の傷になったからな。
今さらか。
「じんじんするくらいだから平気だよ」
「帰ったらちゃんと消毒しねえとな」
「ねーちゃん化膿しやすいもんな」
以前開けられたピアスホールも化膿するし腫れるしでしんどい思いはしたことあるな。
でも大きな怪我とかしたことはない。
ごめんな、としおらしく謝るふたりの頭を撫で、それをこちらからの返事にする。
疵物になっちまったなーなんてわざとらしく言えばふたりは少し顔色を悪くした。
「ま、疵物になっても身を固める予定ねえけど」
「やっぱりオレらと結婚する?」
「そうすれば解決じゃん」
「しねえから」
やっぱりってなんだ、やっぱりって。
お互いがどう思ってるのかなんて言わなくてもわかんだろうに。
「私は蘭と竜胆とはこのままがいいな」
ふたりに会うまでの穏やかな生活に戻れる気はないし、クソガキの頃から変わらないふたりと一緒なのが当たり前。
何かとやらかすふたりを締め上げるのに体力めちゃくちゃ使うけど、気がついたら締め上げる対象がめちゃくちゃ増えたけど。
でもこれが私の普通になったから。
……つーか何か言えよ、恥ずかしいな。
ふたりを交互に見れば、なんとも言えない顔をしてた。
嬉しそうな、緩む表情を抑えるような、そんな顔。
「お、オレらも、ねえちゃんいるならこのままがいい……!」
「う、うん!どこにも行かねえよな?オレらと一緒なの、ほんと……?」
「ほんと、嘘はついたことねえつもりだけど」
そう言えばふたりは私に抱きつくように腕を回す。
あー苦しい苦しい。
いつもなら鬱陶しいって振り払うけど、心底嬉しそうなふたりを振り払う気にはならなかった。
親戚のおねえさん アラフォーの姿
知らねえ女にぶっ叩かれたから原因の蘭くんと竜胆くんを縛り上げて出荷しようとした、発送先は警察、クール便で出荷してやる。
自覚するのが今さらなくらい絆されてるよ。
灰谷兄弟 梵天の姿
行きずりの女(何もしてない)がおねえさんをぶっ叩いたから出荷されそうになった、打ち上げられた魚のように抗議したけど聞いてもらえなかった。
おねえさん過激派なのは今さら。
おねえさんが普段言わないことを言うもんだからめちゃくちゃ嬉しかった。
ずっと一緒なのはもう随分前からわかってはいた。
三途春千夜と九井一 梵天の姿
灰谷兄弟を出荷しようとしていたおねえさんを止めた。
警察宛はまずい、というか警察も困る。
ぶっ叩かれた姐さん可哀想だなと思う暇もなかった、出荷されそうになった灰谷兄弟の方が可哀想だった。