もしも灰谷兄弟と年齢差が逆だったら②

「過保護!!ついて来んな!」

そんな捨て台詞と共に従妹は大きめの鞄を持って家を出て行った。
安心してほしい、家出じゃねえから。
ただ遊びに来ていた従妹が外に絵を描きに行くっていうからついて行こうかってしつこく聞いただけだから。
普段声を荒らげることは少ないけれど、こうやって眉を吊り上げて怒るの可愛いなあ、なんて言ってる間に従妹の名前は外へ。
そもそも遊びに来ていたというか伯父さんに預けられているって言った方が正しいか。
伯父さんが外せない海外出張が入ってしまって、その間名前をひとりにするのは不安っつって、三ヶ月程預かることになった。
高校生の名前は学校もあるけれど、ここから通える距離だからと毎朝オレらより早起きしてオレらが起きる頃に行ってきますと出てはオレらが帰ってくるより少し後に帰ってくる。
まあ部活もあるしな、美術部。
知ってっか、名前の美術部はアウトドア系なんだとさ。
晴れてりゃ毎日のようにフィールドワークに出るし、雨の日も屋根のあるところまで出かけるんだって。
ちなみに名前に高校まで送ろうか?と聞いたことあるけど「友だちに蘭と竜胆見られんのやだ」って言われて心折れた。
いや……その……思春期だからだと思うんだけどさ……オレが一番落ち込んだわ、兄ちゃんはまだ笑ってたけど。
会話が多いわけでもない、一緒に出かけることも少ない。
元々名前はそういう子なんだとわかってはいるけど、思春期突入してから……多分中学生くらいから?拍車がかかったような気がする。
それに今は期間限定だけど一緒に暮らしてるしな。
オレらが思春期の頃はほら、ネンショー入ってたし出てからもやんちゃしてたからさ。
名前が普通の思春期なんだろうな。

「竜胆ー、名前どこ行くって?」

「なんか適当に散歩しながら行くって」

「そっか、夕方くらいに一度連絡するよ。あいつ夢中になると時間感覚おかしくなっから」

兄ちゃんは時計を確認するとコーヒー片手に新聞を手に取った。
新聞なんて取らなかったけど、名前が毎日コンビニで買ってくるのを見てたら名前がいる間だけでも取ればいいんじゃね?ってなったんだよ。
オレも兄ちゃんも読まない人間だったけど、名前が、というか今の高校生が読むの珍しいなと思って真似してたら兄ちゃんに新聞読む習慣がついた。
ちなみに名前は特定のコラムを読むのが好きみてーだし、新聞紙は名前が絵を描く時に下敷きになるから役立っている。

「このまま名前うちに住んでくれりゃいいのになぁ」

「伯父さんの仕事終わるまではいるだろ?」

「そうだけどさ、こう……言い方よくねえかもだけど、伯父さん帰ってこなかったら伯父さんのことだからオレらに預けるじゃん」

「安心しろ、今のところ順調に仕事進んでるってさ」

「もしもが起こればなぁ……」

今はツンケンしていても可愛い可愛い従妹だ。
それにオレは弟だから妹分がいるのは嬉しい。
兄ちゃんもオレと名前を比べたら名前には甘い。
まあ年齢も変わらねえ弟のオレより十個離れてる名前の方を可愛がるのは当たり前だと思うけど。
今日の夕飯どうすっかなー、名前は昨日から学校三連休だって言ってたからどっかに食いに行くかなー。
名前は食細いから量じゃなくて質だな、なんて考えながらスマートフォンを開いた。

 

遅い。
すっかり夕方から夜に差し掛かっている時間、何回連絡してもトークアプリに既読がつかない。
竜胆なんか目に見えてイライラし始めている。
メッセージじゃあ気づかねえかな、あいつ電話好きじゃねえみてえだけど、時間も時間だからこの際言ってらんねえ。
イライラしたままベランダで煙草を吸う竜胆を横目に、名前の電話番号をタップして連絡をした。
機械的な呼び出し音、あー……でもこんな時間になってっから気まずくて出ねえかな?
確かに多感な時期ではあるけど、意味もなく反抗したりしねえからなー。
多分既読にならないのは普通に絵に没頭してるから、電話かけてもなかなか出ないのはきっと今時間が結構過ぎてるのに気づいて出ようか悩んでいるから。
一度そのまま切って、先にメッセージを入れておく。
怒ってねーよ、迎えに行くから電話出て。
そう入れてからもう一度電話をかければ今度は出た。

『……もしもし』

「あーよかった、今どこ?迎え行く」

『別にいいよ……今帰ってるから』

「じゃあコンビニかなんかにいろよ?竜胆がオマエを飯に連れていきたいってさ。大丈夫、そんなに怒ってねーから」

『うん……』

高校生だから念の為学校のない日は夕方過ぎたらいつ帰ってくるのか連絡するように決めてもいたからなあ。
名前は絵に夢中になんなきゃその連絡欠かさずしてくれるし、こうして遅くになるのは本当に稀だ。
だから気まずさもあんだろうな。
名前と電話を繋げたままベランダの竜胆に声をかけ、それから上着を着て財布や車の鍵を手に取る。

「どこいたの?」

『歩いて三十分ちょっとの自然公園……』

「そういやあったなそんなの」

「兄ちゃん、近くのコンビニここじゃね?」

竜胆がスマートフォンで出したマップを確認して竜胆と家を出た。
オートロックってのは本当に楽だな。
そんなことを思いながらさっさと駐車場で車に乗り込み、名前のいるであろうコンビニへ。
なんか名前が小さい時みてーだな、あの時は伯父さんとはぐれていたけど。
竜胆に運転を任せてオレは名前とそのまま通話を続ける。
特に怒るようなことはない、本当に連絡を入れてない名前は稀だから。
何描いてたのとか、好きなもん見れたかとか、名前の今日の様子だけ。
空描いていた、都会にも自然公園あるんだなってびっくりした、そんな感想にまだ高校生だなあなんて思っているとあっという間にコンビニの前についた。
歩きで三十分って車じゃ五分かかるくらいかな。
コンビニの中に見慣れた姿が見えたので、電話越しについたぞと言えば今出ると名前は通話を切ってコンビニから出てくる。

「ごめん、気がついたらこんな時間だった」

「いいよ、そんだけ夢中になってたんだろ?後ろ座んな、このまま飯行くぞ」

「連絡くらい気づけよな」

「……ごめん」

バツの悪そうに肩を落とす名前に、大きく溜め息を吐いた竜胆は「別に怒ってねーよ!?心配だったけど!」と慌てたように返した。
けれど名前は次の瞬間にはケロッとした顔で、車目立つから早く行こうよ、なんて言う。
切り替えはえーな。
心配していたのに素っ気ない名前の言葉になんとも言えない顔をする竜胆。
あーウケる。
そこは言葉違うだろ、次は気をつけるでいいのにまさかの車目立つって……名前らしいっちゃ名前らしい。
オレは心配してたのに、と文句を言う竜胆が車を出す。

「名前は食いたいモンある?」

「なんでも食べるよ、あまり量は無理だけど」

「昨日は竜胆がオムライス作ってたし和食にしよーぜ、いつもんとこがいい」

「あー、名前はまだ連れてってねえな」

「どこ?」

「いーとこ」

「……舌肥えそう」

複雑そうな顔をしている名前に思わず笑う。
んべ、と舌を出すのが同僚に似ているのでそれやめてと言えば素直に舌を引っ込めた。
ふと、名前がスマートフォンを操作すると後部座席から少し乗り出してオレに画面を見せる。

「へー、こんな公園なんだ」

「公園っていうか自然そのままみたいだったよ」

「オレも見たいんだけど」

「竜胆は運転してるから後でね」

それからまたスマートフォンを操作して、今度は名前の描いていた絵の途中経過を数枚。
今日の空だな、快晴だったから真っ青な空が広がっているし、映り込む木の緑も映える。
何で描いたのかはわかんねーけど、多分色鉛筆かな?水彩はここじゃ難しいだろ。

「これ今夜仕上げるからリビング使うね」

「日付変わる前には寝ろよ」

「うん」

「だからオレも見たいんだけど」

「竜胆運転してんじゃん」

「兄ちゃんばっかずりーじゃん」

唇を尖らせる竜胆にこれじゃ名前とどっちが年上なのかわかんねーくらい拗ねるな、と思いながら珍しく久しぶりに楽しそうに話す名前にうんうんと頷いてやれば、名前の表情が少し和らいだ。


親戚の女の子
花の高校生。美術部。
本編で灰谷兄弟と出会った年齢くらい。
相変わらずお絵描きしてる。
父親が海外出張なので親戚の灰谷兄弟に預けられている状況、平日は生活時間が違うから話す機会も多くはない。
可愛がってもらっているのはわかるけど、それに甘え過ぎるのはな、と思っている。
最初は高校まで車で送り迎えしようか?って言われたけど断った、目立つから嫌。
言葉に少し棘があるかもだけどほら、思春期だから。

灰谷兄弟
伯父が海外出張なので従妹を預かっている。
従妹可愛くて仕方ないけど思春期だから過干渉にならないように接している。
でも竜胆くん自分より年下の子に構いたがりそうだからその度に嫌って言われそう、自分の下にきょうだいいないと年下の従妹を可愛がる心理。
蘭くんは関わり方きっと上手、お兄ちゃんですし。
でも嫌って言われたら竜胆くんよりダメージ受けるかもしんない。
伯父さん帰ってこなかったらずっと一緒に暮らせるのになあ……伯父さん向こうの重要ポストについて向こうに移住しなきゃいけなくならないかなぁ……おや、あやしい予感。

2023年7月29日