もしも灰谷兄弟が猫を拾ってきたら

「オレらが拾ってきたのになんでねーちゃんに懐いてんの!?」

「フツーそこは拾ってきてやったオレらだろ?ほらねこー、こっちこーい」

「フゥー!!」

「めちゃくちゃ威嚇すんじゃん……」

「いって!引っ掻かれたんだけど!?」

「構い過ぎるんじゃないの」

今日はいい天気だなぁ、快晴で日向ぼっこ日和だし外にスケッチに出てもいい、今膝重いけど。
今膝の上に乗っているのは蘭と竜胆が拾ってきた猫だ。
どこで三毛猫拾ってきたのか……というか連れてきて一言目が「猫拾った!飼っていい!?」だよ。
いやここペット飼うにはマンションのオーナーに申請必要だし誰が面倒見るんだ、私か、私が面倒見ろってか。
蘭と竜胆も猫の世話をしているけれど構い過ぎて嫌がられているのが現状だ。
ご飯の時間は綺麗な手のひら返しで寄っていくけど、他は基本的に私にぴったり。
拾ってきてくれたのは蘭と竜胆なんだからそっち行きなよ。
猫じゃらし目の前でちらつかせたのに引っ掻くとかそんなに蘭と竜胆嫌わなくても……拾ったのはふたり、私は特に何もしてない。
ソファーでコーヒー片手に雑誌を広げていると、猫はこっちをじっと見てぱちぱちとゆっくり瞬きをする。
ぱちぱちと同じように瞬きをして撫でてやればにゃあんと甘えたような鳴き声を上げた。
拾ってきて十日くらい経つけれど、私の部屋の前で鳴かれたり隙あらば入ってきたりするのは困る。
作業に集中できないし、絵具とか絵とかで遊ばれるても困るんだもん。
ゴロゴロと喉を鳴らして私のお腹に頭を擦り付けてはちらりと蘭と竜胆を見る。

「オレらだってねーちゃんに膝枕してもらったことねえんだぞ!」

「この泥棒猫!」

この前猫の脇に手を入れて抱き上げた蘭がこいつオスだなーなんて言った時は強烈な猫パンチ食らっていたけれど。
最後まで面倒を見れる気がしないのでふたりに頼んで引き取り手を探しているけれど、天竺メンバーからはお断りされた。
なんならこの前来た時に黒川と鶴蝶以外は見事に猫パンチされるは猫キックされるは引っ掻かれるわで大騒ぎ。
斑目が猫鍋にすんぞ!と声を上げたら一番引っ掻かれていた、ちょっと可哀想とは思った。
三毛猫のオスは珍しいから引き取り手候補たくさんいると思ったんだけどな、予想って外れるもんだ。
にゃあにゃあぎゃあぎゃあうるさいリビングで大きく息を吐く。
慣れた、悲しいことに。
コーヒーのおかわりを求めて猫を膝から下ろして台所へ。
その間も猫は私についてくるし、それに蘭と竜胆もついてくる。
引っこ抜いたらついてくる生命体じゃないんだよ大人しくしてろ。
ポットに用意していた分がなくなっているのでケトルに水を入れて火にかける。
コーヒー豆を取り出してゴソゴソと準備していると、くいくいとジーパンを引かれた。
視線を落とすと、後ろ足で立って私の足に前足を伸ばす猫。

「ニャア」

「オマエのおやつじゃないよ」

餌を用意する時の音に似ていたのかな。
くりくりとした可愛らしい目でこっちを見上げているけれど、時間外のご飯はないよ。
そんな私と猫のやり取りを見た竜胆がニヤニヤとしながらしゃがんで猫の尻尾をちょいちょいと指先でつついて笑う。
ねーちゃんにフラれてやんの、なんて言うと猫は不服そうに唸ると器用にその体勢で竜胆の手に猫パンチを繰り出した。
やめろやめろ、私が今コーヒー準備してんだろ。
火ィ使ってんだからやめろ。

「ねえちゃん、オレもコーヒー飲む」

「じゃあマグカップ出して」

「ねーちゃんオレも!」

「ニャアウゥ!ニャウ!ニャアアア!!」

「オマエにはねーよばーか」

「人様のモンやるわけねーだろ」

「猫相手にムキになってんじゃねーよ」

いじめられた!とばかりに猫が私ににゃあにゃあ鳴いて訴える。
猫と同じレベルで喧嘩するな。
狭くはない台所だけど、私と蘭と竜胆と猫がいる時点で狭くなるんだよぎゃあぎゃあにゃあにゃあうるせえな。
さすがに堪忍袋の緒が切れたので蘭と竜胆の足を踏み、猫を竜胆に押し付け、ふたりの首根っこを引っ掴んでリビングにポイッと転がした。
うるせえ静かにコーヒーくらい淹れさせろ。

 

「ねーちゃん何買ってきたの?」

「キャットタワー、もう引き取り手見つからないからうちで飼うしかないでしょ」

「こいつの名前どーすんの?」

「拾ってきたのはふたりなんだからふたりで決めなよ」

買ってきたキャットタワーをリビングで組み立てる。
猫は相変わらず私の足下でちょろちょろしているのでそのまま蘭と竜胆にパスした。

「兄ちゃんなんて名前にする?」

「ねこでいーじゃん、な?ねこ」

「ニャア」

「嫌だってさ」

「ンだよ贅沢だな」

いやそれは人間ににんげんって付けるのと変わらねえから。
組み立てているキャットタワーけっこーでかいな、持ってきた椅子に乗ってキャットタワーが倒れないように天井に突っ張り棒の要領で固定する。
猫って登れる場所があるといいらしいよ、猫初心者にはわからなかったけど。
猫の名前にああでもないこうでもないと話をするふたりに時折猫が相槌を打つようににゃあと鳴いた。
最初から思ってたけどこの三毛猫けっこう賢いな。
拾った!って言ってた時は本当に弱っていたけど。
大方キャットタワーを設置して、最後に外れないか揺らして確認する。
よし、こんなもんだろ。

「ねーちゃん終わった?」

「終わった。決まった?」

「決まんねー」

「もうねえちゃんが付けてよ、オレらじゃねこくらいしかしっくり来んのねえもん」

「……じゃあ蘭と竜胆の名前から取れば?」

そう言えば蘭と竜胆は顔を見合わせ、閃いたように明るい表情を浮かべた。
……さて、それは猫のお気に召すかな?

「うどんで!」

「兄ちゃんの蘭の〝ん〟とオレの竜胆の〝どう〟で!」

「まさかのそっち」

まあいっか。
ねこよりマシだ。
猫は複雑そうににゃあにゃあ蘭と竜胆に文句を言うように鳴いているけれど、まあねこよりいいでしょ。
何か言ってよ!と猫は私を見るけれど、いいじゃんうどんで。
変に気取らずいい名前だと思うよ、ふたりが考えるには面白い名前だけど。

「オマエ今からうどんな、うどん」

「なんか飯食いたくなってきた、なーうどん」

「ニャウゥ……」

これからうどん作ったよーとか言ったら反応しそうだけど。
キャットタワーの入っていた段ボールを片付けてソファーに腰かける。
すかさず猫……うどんが膝に乗ってにゃあにゃあにゃあにゃあ鳴いてきたけど、名前に関しては蘭と竜胆に文句を言ってくれ。
まあでも名前も決まったし、次は一度病院に連れて行かなきゃだよね。
野良だったと思うから健康状態見たりワクチン打ったり、オスだから去勢とかもしなきゃいけない。
お金もかかるだろうけど、まあ私も絵師としてそこそこ売れてきたから問題ない。
家から出すことはないしね、ここマンションだし外に出たら帰ってこれない。

「明日うどんを病院に連れて行くけどついて来る?」

「病院?なんで?」

「こいつ健康そうだけど」

「ワクチン打ったりしないといけないんだよ。オスだから去勢もしないと……」

「……きょせい?」

「きょせいって去勢?」

「えっ、こいつタマ取られんの?」

「オスなのに?えっ、タマなしになんの?」

「発情期にメスのところに行きたくても行けないストレスがあるから。先に言っておくけど猫増やすのはなしで」

「……オマエ可哀想だな」

「うどんオスなのにな……」

私の両隣に腰かけた蘭と竜胆が哀れむような目でうどんに声をかけ、慰めるようにそっと頭やら背中やら撫でる。
うどんはうどんで何の話をしているかわからないだろうな、病院行ったら暴れるかもだけど、蘭か竜胆に押さえつけてもらえばいっか。
キャリーバッグも買ってきたから連れて行くのに苦労はしない。
というか私が結局面倒見る割合多そうだな。
自分のことじゃないのにしょもん……と肩を落とす蘭と竜胆をうどんは不思議そうに見上げた。
次の日、嫌がるうどんをキャリーバッグに入れて徒歩で動物病院へ。
ワクチン打つ時に診察室で暴れ回ったり逃げ回るうどんを蘭と竜胆がふたりがかりで捕まえ、ぶすっと注射されたうどんはひいひいと私にこいつに酷いことされた!と訴えるように泣きついた。
さらに後日、無事に去勢を終えたうどんが悲しそうに足の間を見つめる姿を見て、蘭と竜胆はちょっとお高いおやつをあげているのを私はコーヒーを飲みながら見ていた。
うどんが私の部屋に入って想像通り描きかけの絵や画材を荒らすように遊び、私に首根っこを掴まれて怒られているところは蘭と竜胆に似ているなと思ったのは、また別の話。


親戚のおねえさん
蘭くんと竜胆くんが猫を拾ってきた。
最初は引き取り手探すように言ったけれど、黒川くんと鶴蝶くん以外の天竺メンバーが引っ掻かれたり猫パンチされたりするのを見てこりゃ無理だなと察した。
ふたりのネーミングセンス……まあでもらしいっちゃらしいか。
この後おねえさんに懐きつつも部屋に入ってきたら荒らすように遊ぶのを見てそんなところまで似なくていいんだよと思った。

灰谷兄弟
ねーちゃん猫!猫拾った!飼っていい!?
喧嘩の帰りに弱っている三毛猫を拾ってきた。
普通拾ってきたオレらに懐くもんじゃねーの?なんでねえちゃんに懐くの?オレらは?
しかも雄猫、おねえさんの膝の上に乗るのを見たら面白くない。
おねえさんからネーミングセンスの心配をされている。
なんだかんだ蘭くんと竜胆くんとも良好な関係を築くし、去勢されるの可哀想に……と同情した。

三毛猫
灰谷兄弟に拾われた猫。オス。
静かなおねえさんににゃあにゃあと甘えに行く。
去勢された時は落ち込んだ。
おねえさんの部屋に入って荒らすように遊んだらおねえさんに怒られた。
ひえ……この人には絶対逆らわないよ……ボクいい子だから……

2023年7月29日