もしも探偵の世界と交わっていたら②

「ねえちゃん……本っ当にごめん!」

「オレらは断ったんだけど向こうがどうしてもって!でも絶対ねーちゃんに危害行かねえようにするから!!」

「断り切れなかったヤク中の野郎フィリピンでも南極でも北極でもサツでも出荷していいから!!」

「オレも兄ちゃんも出荷作業手伝います!!」

今日はいい天気だなぁ、ちょっと暑いくらいだけど、曇りなのに。
蘭と竜胆の必死な様子に本当に断り切れなかったんだろうなと思いつつ、あのヤク中改めヤクチュウ絶対出荷してやると決めた。
私は確かに蘭と竜胆の従姉だけど梵天じゃないんだよな、絵を取引に使うのは黙認しているだけで。
なんでも今回の取引相手がかなり規模のデカい組織で、向こうのボスが私の絵にご執心で、日本にいる幹部と会ってほしいんだと。
……いや、そこはオマエが直接来いよ。
そう思った私絶対間違ってねえから、正論だから。
なんだよ本人来ねえで幹部が会うって。
馬鹿なの?いや馬鹿だな絶対。
私が一般人のことも考慮して、会うのは梵天の息がかかった会員制のバーで、個室ではなくフロアで。
取引自体は元々蘭と竜胆が担当していたのもあって、他の構成員の配置やらなんやらは全部調整したそうだ。
それから念のために鶴蝶も。
同席ではなく私たちの席の近くで待機なんだと。
佐野とそのボスが会えばいいのに、何故私、つーかどこから私と梵天の繋がり漏れた。
まあ、ヤクチュウ出荷コースは決まったからそれで納めてやろう、何をって、私の怒り加減を、少しだけ。
蘭と竜胆に連れられて、こちらが指定したバーへ足を踏み入れる。
薄暗い店内、蘭と竜胆が今日は梵天の構成員しかいないと言っていた。
蘭と竜胆の間に座るとメニューを手渡される。
ねーちゃんは飲むとアレだからノンアルだけな、と竜胆から言われたし蘭もうんうんと頷いた。
飲むとアレってなんだ、確かに弱いけれど。

「ねえちゃんどれ飲む?普段はここメニューねえんだけどさ、ねえちゃん来るから一枚だけ作らせたの」

「私だけのためにしては結構いい紙使ってない?」

「当たり前じゃん。ねーちゃんのメニューだし」

「そしてノンアルしか載ってない件について……値段は?」

「オレら持ちだから値段書く必要なくね?」

「それな」

「どれだ」

コピー用紙じゃないし、分厚いし、なんならこれ箔押ししてない?
少し青みがかっているのは本当に私のメニューだからなのかな、この青綺麗だ。
どれにしようかな。
横から蘭が覗き込んで、こっからは甘いやつでそっからは甘くないやつね、と教えてくれる。
フードも頼みなよと竜胆が言うので、サラトガクーラーとナッツ類の盛り合わせでお願いした。
蘭と竜胆もそれぞれ注文をし、竜胆は灰皿を手元に引き寄せると胸ポケットから煙草とライターを取り出して煙草を口にする。

「でもなぁんでねーちゃんのことわかったかなぁ」

「そりゃあれだ、内通者がいんだよ」

「スクラップ?」

「スクラップ決定」

「今頃三途が炙り出してっかな」

「だろうなぁ。嬉々としてやってんよきっと」

店員さんが運んできた飲み物を口にして、合間でポリポリとナッツを食べる。
あ、美味しい。
ふたりの仕事の話は極力聞かないようにして、キョロキョロと店内を見渡した。
何枚か私が描いた絵が飾られている。
確か九井が個人的に!個人的に欲しい!!と言ったものだったかな。
こうして飾られているのを見るとなんだか嬉しい。
今度こういうお店に似合いそうな絵を描いてみようかな、照明とか気にしたことそんなにないし、蓄光の絵具とか使ったら楽しそうだ。
そう思いながら飲み物とナッツに舌鼓を打っていると、店員さんがやってきて通路側の蘭に何か耳打ちした。
それを見て竜胆がお店の入口へ視線を向ける。

「あちらさん来たってよ」

「おーいたいた……あん?なんか……どっかで見た顔が……」

煙草を咥えて不思議そうな顔をする竜胆。
私からでは蘭が影になってどんな人が来たのかは見えない。
まあ梵天ではなくても犯罪組織なわけだし、別にわざわざ見なくてもいいか。
ねえちゃんあーんして、と蘭が口を開けるので適当に取ったカシューナッツを放り込む。
ちょっと塩味効いていて美味しいよねこれ、今度作業の時に食べようかな、あー……でもコーヒーと一緒だったら塩味じゃない方がいいか。

「お連れしました」

店員さんが人を三人連れてこちらにやって来た。
……ごめん、ただの不審者にしか見えねえわ。
上から下まで黒ずくめの男がふたり、それから……あれ?ちょっと前に会ってない?

「待たせて悪かったな」

「いーやァ?別に来なくてもオレらはここで飲むだけだし」

「ねーちゃんオレもあーんして」

さすが煽りスキルカンストしてるだけのことはあるわ。
今度はくるみを竜胆の口に放り込めば、あっうめーわこれ、と竜胆はポリポリと噛み砕く。
わかるわ、美味しいもんこれ。
ピスタチオは殻から出さないといけないので、殻を外すのに少し苦戦していると「福寿さん……!?」と名前を呼ばれた。
あーやっぱり会ったことあったなー。

「なんで名前さんがここに……!?」

「なんでって、ねえちゃん連れてこいっつったのはオマエらのボスだろ」

「バーボン、知り合いか?」

「え、ええ……前に報告した米花町での個展で……」

何故酒の名前。
えいっと少し乱暴にピスタチオの殻を外して中身をポリポリと食べながら私の名前を呼んだ男に目を向ける。
なんだっけ……安室だっけ。
自己紹介されたけど忘れてた、出禁リストに名前を載せたような気もするけど。
ちなみにあの時の子どもも探偵だと名乗った男も、というか米花町のあの個展に来た人間みんな出禁リストに追加した、私のギャラリーに事件呼び込まれても困るし。
蘭に座れば?と促され、男三人は私たちの目の前に腰かけた。

「で、その女がボスご執心の絵師か」

「……どーも」

「ジンだ。こいつはウォッカとバーボン」

だから何故酒の名前。
コードネームだってよ、と煙を息と一緒に吐き出した竜胆が小さく言う。

「……思ったより普通の女ですね兄貴」

「梵天と関わっている絵師と聞いちゃいたが……思ったよりもただの女だな」

これあれだろ、ディスってんだろ。
初対面で?はァ?シバくぞクソガキ共。
そんな苛立ちが表に出ていたのか、手にした別のピスタチオが殻ごと砕けてテーブルに散らばった。
それを見た安室は褐色肌を薄暗い店内でもわかるくらい青褪め、蘭と竜胆はテメェ口の利き方気をつけろよと凄む。
クソが、こっちはいつでもオマエらのボスとやらが気に入っている絵を使っての取引を九井に言ってナシにしてもいいんだぞ。
こういう組織はボスに直結することは否が応でも止めるだろ、ソースは梵天。

「ま、まあまあ、ボスが気にかける方ですから、見た目は関係ないでしょう?絵師ですし、人となりよりも絵だと僕は思います」

それオマエもディスってんの?この前本当にこの絵を描いた人ですかって言ったの忘れてねえからな。
次のピスタチオが犠牲になる前にその口慎めよ。
ピスタチオの次はオマエらだ。
私はムスッと機嫌の悪さを隠すことなくナッツを口にし、私を覗いた五人が取引の話を始めた。
こそっと後ろの席にいる鶴蝶が姐さん頼むからまだキレんなよと私に釘を刺す。
いや、私がキレんのが悪いんじゃなくてキレさせたやつらが悪いからな。
店員さんを捕まえて、飲み物のお代わりを注文した。
アップル・フレーズルっていうやつ、りんごのノンアルカクテルらしい。
ナッツ類の盛り合わせは思ったよりも量が多いから追加しなくて問題ないな。
ついでに店員さんは私が砕いたピスタチオを掃除してってくれた、ごめんよ。
まくまくとナッツ類を頬張ってポリポリと噛み砕く。
アーモンドも塩味効いていて美味しい、ナッツ類に塩味はいい組み合わせだ。

「……名前さん、あそこに飾られているのは名前さんの描いたものですか?」

「そう」

「個展での絵も素敵でしたけどここの絵も素敵です。今度僕も描いてもらいたいなぁ」

「人はあんまり描かない。人をイメージした空は描くけど」

「こだわりがあるんですね」

人のいい笑顔だけど口引き攣ってんぞ。
まあこの人は私があの個展で何したのか知ってるもんな。
運ばれてきた飲み物を口にして、今度どんなの描こうかなと考えているとジンと名乗った男が私に声をかけた。

「ボスがお前の絵をご所望だ、金額はそっちで指定して構わねえ。描け」

「は?やだけど?」

「あ?」

「私は好きなものを好きに描いているやり方だから描けと言われてはいやりますなんて言うわけない」

「金額は指定して構わねえって言ったろうが」

「お金の問題じゃない。それにお金に関しては私じゃなくて梵天の担当に言って。それに描けじゃねえだろ描いてくださいだろ口利き方そろそろ気をつけろよクソ野郎」

「ねえちゃんストップ、そっからはオレらが話すから」

「だから前にも言ったろ、ねーちゃんに直談判してどうこうなるモンじゃねーんだよ」

ピシッと持っていたピスタチオが割れる。
私の様子に蘭と竜胆はストップをかけるし、安室もジンとかいう男にストップをかけた。
おい今混ぜるな危険だったって呟いたの誰だ。
しばらく私とそいつで睨み合う。
ほんっとロクな人間いねえな犯罪組織って。
そりゃそうか、犯罪組織だもんな。

「ジン、絵に関しては今日関係ありません。やめましょう、本当に、いやあの彼女怒らせたくないですし」

「お前がさっさと色目でもなんでも使えばよかっただろうが」

「ウォッカ!シッ!!」

……ほーん?
そういうこと?この安室とかいう優男がいるのって、そういうこと?
安室は真っ青な顔で私を見て「いや、あのですね、これは……」と何か言おうとするけれど、言葉は最後まで出ず口を噤んだ。
蘭もねえちゃん?と首を傾げ、竜胆は心做しか少し身を引く。
まだ残っているナッツの中から殻がついたままのピスタチオを手に取り、それをテーブルの上に置いた。

「ここに殻付きのピスタチオがあります」

「は?」

「あ?」

「え?」

「……兄ちゃん」

「シッ!竜胆シーッ」

私が何やろうとしているのか、蘭と竜胆にはわかったらしい。
指先でコロコロとピスタチオを遊ぶように転がす。
本当は食べ物で遊んじゃいけないんだよ。
でもさ、今からするのは必要なことだろ?
きょとんと目を丸くする目の前の三人、それからにっこりと普段緩めない表情筋を緩め、そしてそのピスタチオの上に拳を叩きつけた。
ぐしゃだのバキだの、そんな悲しい音を立ててピスタチオは殻ごとさっきの比にならないくらい粉々に砕ける。

「次は、オマエらが、こうなる番だ」

「……っ」

「ひえっ」

「ひい」

「……やると思った」

「……オレも」

ほんっとに失礼なやつにはもうこうして実力行使するしかねえんだよ吊るさねえだけマシだと思え。
その後、私に絵を描けとは言わなくなったし、私に何か話を振られることもなくその日の取引は終わったらしい。
なんかあの銀髪野郎もグラサンも安室も顔真っ青だったな。

「ねえちゃん、今回オレらが悪いんだけど、あいつら一応そっちの世界ではめちゃくちゃ物騒なやつらだからマジでこっちの心臓冷えることやめて……!」

「喧嘩売られたから買ってやっただけだが?」

「兄ちゃんあいつら帰っていく時の顔見た?ウォッカとバーボンめちゃくちゃマナーモードになってんしジンがスペキャんなってたんだけど、ウケるー」

「ウケるけど……ウケるけどよぉ……!!オレねえちゃん心配!」

「大丈夫だろ、だってねーちゃんがピスタチオバッキバキにしてから大人しかったじゃん」

吊るさないだけマシだよ、なんて蘭に言う竜胆は現実逃避をするように煙草を反対側に咥えてライターをカチカチしていた。


親戚のおねえさん
何故私が梵天と別の組織の取引に行かにゃあかんのか。
なんかめちゃくちゃディスられていたのでイライラしていた、今日の犠牲者はピスタチオがいくつか。
吊るさなかっただけマシ、次会ったら吊るされる、約三名が。

灰谷兄弟
ねーちゃん連れてくの?なんで?
でもこの取引は梵天側も美味しいので断り切れなかったんだろうな、と思っている。
悪気のないねえちゃんへのディスり……後がこえーなぁ。
怖かった。
ピスタチオ可哀想……

黒の組織の三人
とんでもねえおねえさんだった。
目に見えてビビったのはウォッカとバーボン、ジンの兄貴はスペキャになった。

三途春千夜
おねえさんによって出荷されそうになって泣き叫んだ。

2023年8月4日