もしも探偵の世界と交わっていたら③

「さすがに自分の身内以外を吊るすのはなって思ってんよ、子どもは特にさ。でもさすがにルール守れないんだったらそこのフックに吊るして五人セットでワンコインでオブジェにして売るぞクソガキ共」

「ごめんなさいー!」

「ルール守りますー!」

「もうしねえよー!」

「おっ、お姉さん!ごめんなさい!!こいつらにも言って聞かせるからその顔やめて!!ほら小学生には怖い顔してるから!」

「はァ?元々こういう顔だけど?」

「スミマセン!」

名前さんこえーよ!!
博士にお願いして名前さんの個展にやってきた。
米花町ではなく、名前さんのギャラリーで開かれている個展。
いろんな店が並ぶ中、一際目を引くギャラリーだ。
元太たち少年探偵団も一緒なんだけど、ここで問題が発生。
この個展では成人した大人一人につき小学生以下の子どもは二人までの入場規制があった。
博士ひとりに対してオレたちは五人。
仕方ねえよな、名前さんの絵はひとつひとつがめちゃくちゃ高い値段つけられているし、賑やかなでものを壊しそうな小学生に人数制限かけるよな。
しょうがねえから順番に入ろうと提案する前に元太、光彦、歩美ちゃんの三人が入り込んだのでスタッフがストップをかける。
ケチだの少しくらいいいじゃないかと三人がスタッフを困らせていると奥でお客さんの対応をしていた名前さんがやってきた。
オマエ出禁にしただろ、と言われたけどそこは今回だけ!と必死にお願いした、なんで米花町の人間出禁なんだ!
……いや、この街は米花町に比べたら事件なんてほとんど発生しないんだった、そりゃそうか。
名前さんがここの一番偉い人だとわかると、三人はああだのこうだの言葉を並べ、中に入れるように喚く。
すると、名前さんはめちゃくちゃ怖い顔をして三人に淡々とルールを話し、かつ冒頭の言葉を述べた。
小学生涙目ぇ……これはこえーわ。
泣き出した三人との間に入ったけれど、名前さんに睨まれて何もできなかった。

「お姉さん、誰かに絵をダメにされたことあるの……?」

「クソガキが人のギャラリーだってのに騒動起こして額縁壊すこと多いから、悪いけど子どもは制限してる」

「……ちなみに一番値段が低い絵でいくらくらい?」

「あー……頼りにしている会計顧問はこれって言ってたからそれにしてる」

名前さんがオレに渡した購入用のパンフレット。
泣いている三人と呆れた溜め息を吐いている灰原、オロオロしている博士と全員で覗き込む。
……たっっっっか!!
え?マジ?
いやでも名前さんの絵、いろんなところで評価されているし全部一品しかないことを考えるとこのくらいになるか?
……思い出した、ロスの親父が一目惚れした絵を買ったんだって連絡きて、画像も送られてきたんだ。
その絵とタッチが似ているし、隅に書いてあるサインもそのまんま。
もっかい言っていい?マジで!?
三人と博士が驚きの声を上げ、灰原が絶句した。

「それから、ここの案内パンフレット」

「……本当だ、小学生以下は大人一人につき二人までって書いてある」

「……江戸川くん、その下見て」

「え?なになに?……如何なる理由で展示品を傷つけたり損壊したりした場合、法的手段を用いて弁償費用を請求します……!?」

ちゃんと赤文字で書いてあるところ用意周到だ……!
騒いでいた三人も真っ青になって、光彦が絞り出すように順番決めて見ましょう!と言い出し、元太と歩美ちゃんも頷く。
すげーな、いつもなら入らせてくれるまで駄々捏ねんのに。
それだけ名前さんの表情と言い方、それにパンフレットが効果あったらしい。

「おい名前、客が待ってんぞ」

「明司、ちょっと取り込んでるから待ってもらって」

五人で順番を決めていると、名前さんに声がかけられた。
……えっ?誰?
右目に走る一本の傷、オールバックの黒髪に入る金のメッシュ。
カタギじゃ、ない。

「こっちは明司武臣。従弟の蘭と竜胆の仕事仲間で今日はこっちの手伝いに来てくれてんの」

「こ、こんにちは」

「おう」

「お兄さん、傷痛そうだね……」

「あー……これな……」

「こいつ、若い頃暴走族だったからそん時やんちゃした傷だよ」

なるほど……ちょっと待って?
もしかして蘭さんも竜胆さんも元暴走族だったりする?
それなら名前さんが口悪くて怖いのも納得行くような……気がするような……名前さんは元暴走族ってことないよね!?
オレの思っていることが顔に出ていたのか、名前さんは私はずっとただの絵師だよと付け足した。

「コナンくん!順番決まったよ!」

「オレと光彦、歩美とコナン、灰原はひとりだ!」

「待ってる人たちはふたつ隣の喫茶店で待機してましょう!」

いつの間にか決まってるし……
名前さんはそれに偉いじゃん、と零す。
まさか福寿さんにそう言われるとは思わなかったのか、三人は嬉しそうに笑った。

 

彼女の絵は見たことがある。
組織で、あの方が彼女が若い頃から彼女の絵を気に入っているからといくつも研究施設に飾られていた。
描いているのは空ばかり。
画材も水彩や色鉛筆がほとんどで、こんなにも色褪せないものかと驚くくらい綺麗だった。
ちらりと彼女へ視線を向ける。
あんなにも額がつくんですもの、誰かに利用されていなければいいのだけど。
さっきの彼女に声をかけた男の様子を見るに、彼女の監視ではなさそうだけど。
むしろ親しいというか、上下関係はないのだろうけど彼女にはあまり逆らえなさそうというか。
江戸川くんが前に彼女と彼女の従弟の話をしていたけれど、大丈夫そうね。
彼女は、名前さんはお客さんと話を終えたらしく、お客さんを送り出すと疲れたように近くの椅子に腰かけた。
そんな彼女にさっきの男、明司さんが声をかけていくつかやりとりをすると明司さんはギャラリーから出て行く。

「……そんなにじろじろ見なくても、聞きたいことがあるなら聞いていいよ」

「あっ……」

足を組んで背もたれに体を預けた名前さんがそう言うので名前さんのところに近づいた。
綺麗な人、年齢を聞いた時は驚いたけれど、少しだけ年齢に相応な皺が目元にある。
座りなよと促され、名前さんの隣にあった椅子に腰かけた。
博士は私の様子を見ると、ホッと息を吐いて彼も好きにギャラリー内を見て回り始める。

「名前さん、たくさん絵を描かれるのね」

「好きだからね」

「あの絵が一番好き。真っ黒な雲から太陽が差して、ゆっくり照らしてくれるの」

「あれね、せっかくなら大きく描こうと思ってさ」

「……どんなに暗い空も、明るくなるんだって、そう思うと素敵」

「君は小学生にしては大人びてるね」

うちの弟分たちも見習ってほしいよ、なんて溜め息をひとつ。
……彼女の弟さん、三十路じゃなかったかしら。
苦労しているのね、と思わず返せば嫌いじゃないんだけどねと返された。
近くのテーブルにあったパンフレットを手に取れば、ここには展示されていない絵もいくつか載っている。
ギャラリーの隅にある小さな購買コーナーで売っているポストカードの原画もあるようだ。
名前さんはそんな私を横目に「あれのやつあったかな……」とテーブルの上をゴソゴソと漁り始めた。
手に持っているのはポストカードだろうか、ただ、なんでこの購買コーナーではないところに置いてあるかはわからない。
ご自由にどうぞと札があるみたいだけど。

「ああ、あった。ほら、あげるよ」

そう言った名前さんに渡されたのは、あの絵のポストカードだった。
ポストカードのサイズまで小さく印刷されているし、端が途切れているようだけど。

「これ、売り物じゃないの……?」

「印刷ミスでズレたやつだよ。お友達たちもいくつか持ってった。君もいるなら持って行っていいよ」

「ありがとう……!」

これ小さい額縁に入れて飾るわ。
自分のベッドの枕元に置いて、寝る時も起きた時も見て、きっと毎日穏やかになれる。
ギャラリーを見て回っていた博士がこちらにやってくると、名前さんに実は買いたい絵が……と声をかけた。
博士なら買えるものね、少し嬉しい。

「じゃあどうぞ腰かけてください。契約書や送り状にお名前やご住所をいただきたいので」

「博士、どの絵にするの?」

「あそこにあるやつじゃよ。ほれ、真っ青な空にビルや建物が描いてあるじゃろう」

博士が指差した一枚の絵。
もちろんそれなりに値段はするけれど、でもそれを毎日見ることができると思えばきっと安いものだ。
椅子に座った博士が名前さんとやりとりしながら時間が過ぎる。
彼と彼女の話が終わるまで、私はずっと手渡されたポストカードを眺めていた。


親戚のおねえさん
ここのルールは私、破るなら子どもでも心は多少痛むが吊るしてオブジェにするぞ。
そんな言い方を比較的マイルドに真顔で言ったら小学生たちに泣かれた、解せぬ、元からこういう顔だ。
子どもの入場規制をかけているのは絵を傷つけてほしくないのと、できればゆっくり見てほしいという気持ちから。
大丈夫、小学生でも守れることを守れねえクソガキもいる、聞き入れた君らはまだ偉い、いい子。

少年探偵団と博士
コナンくんがおねえさんの個展があるんだって、と言ったら行きたい!と声が上がったので行ったけど全員では入れなかった。
優しいスタッフさんにはやんわり窘められたけどおねえさんの言い方と表情に怖くて泣いた。
でもちゃんとルール守ったら偉いと言われて嬉しかった。
みんな一枚以上は印刷ミスのポストカードをもらっているし博士はちゃっかり一枚購入した。

明司武臣
今日は灰谷兄弟が仕事でギャラリーに来れないので代わりに来ておねえさんの護衛がてらお手伝いしていた。
オマエらよりいい子だったぞ、と変に煽るので事務所ではプチ喧嘩が起こる。

 

続きでした!
なんと、まだ探偵世界の皆さん吊るされてません!
怪盗キッドが来たら多分警察が確保する前におねえさんが吊るす予感もする。
書くかはわからない。

2023年8月4日