……変なの、なんか、変な人がいるような気がする。
アルデンテって言ってなかった?あのおそば屋さん。
パスタじゃあるまいし……
なんだか最近、おじ様はピリついている。
お城に顔を出した時もどこか疲れているような感じだったし、変だと思う輩には無闇矢鱈に近づくんじゃねェぞととても言い聞かせられているんだよね。
危ないと思ったらすぐ逃げるか誰か呼べとも。
そこまでわからないつもりじゃないんだけど、おじ様が念入りに言うもんだし、気にしておこう。
さて、今日は絵を描く道具の買い出しと自分の絵の売り出しだ。
ここのところたくさん絵を描いているのもあって特に岩絵具がなくなりつつあるし、たくさん絵を描いたってことはその分買い取ってくれる店に売りに行くってことだ。
先に絵を売りに行って、それから売れた分のお金で岩絵具や墨を買う。
筆も追加で買ってもいいかな、丁寧に使っていても長く使っているものは毛が痩せてきているし。
どうしても筆が痩せるんだよね、経年劣化もだけど私の場合毎日何枚も描いているからさ。
細い筆は毛が跳ねてしまって描いた時に線が酷いことになるし、普段からの手入れもだけどどうしても無理な時は買い替えないといけない。
まあ仕方ない、消耗品っちゃ消耗品だから。
よし、と大方纏めて戸を開けたら、目の前に戸を叩こうとしている人がいた。
「ページワンくん?」
「おう姫様。どっか行くのか?」
「はい。絵を売りに行くのと、その足で筆や岩絵具を買い足そうと思いまして」
「……どこだ?」
「すぐそこの通りですよ、少し前まで凄い人でしたけど」
私の言葉にページワンは何か考え込むような顔をする。
なんで……?
何かあったのかな?
急ぎかと聞かれたけど、急ぎっちゃ急ぎかな。
筆がなければ墨があっても描けないし。
ああそうだ、人が多かったのはおそば屋さんに並んでいたのもあったし、今日は火祭り前の宴をおじ様が城でやる日だし、小紫の花魁道中もあったからだったな。
花魁道中の前に、また別の騒ぎがあったみたいだけど……
ワノ国の中でも一番華やかで活気のある花の都、大きい通りからこの長屋は離れているけれどそれでも何か騒ぎがあれば聞こえてくる。
……うん、それもあって最近おかしいなって、思うんだよね。
とってもザワザワする、変な胸騒ぎっていうのかな。
最近おじ様がピリついているのと同じ。
ページワンは何が起こっているのか知っているのかな、それなら行かない方がいい?
帽子越しに頭を掻き、ページワンは私が持っていた売りに行く絵を攫うように持ち上げた。
それから私の背を押して、用事はさっさと済ませに行くぞと促す。
どうやら一緒に行ってくれるらしい。
長屋から出ると、そこにはページワンとは別にもうひとり男の人がいた。
大きいなこの人……どちら様?
「ページワン、彼女は?」
「姫様だよ、オロチのところの姫様」
「……あの!?」
どの?
男の人は目を丸くして、でもそれから丁寧に失礼をと頭を下げる。
ページワンとのやり取り的に同じくらいの地位にいる人かな。
はじめまして、と私も頭を下げれば男の人はX・ドレークと名乗った。
外の人だな、うん。
「姫様っていっても思ってるようなやつじゃねェよ、すげーいいやつ。な、姫様」
「ページワンくんがそう言ってくださるのでしたら、ええ」
「仲良いな」
「お友達ですので」
「茶飲み友達!」
「おともだち」
そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔をしなくても。
なー!と笑うページワンにええ、と笑う。
そうそう、本当に茶飲み友達なんだよね。
よくうちの長屋に来て適当お話して、お茶とお菓子を食べて、たまにページワンは道具の買い付けを手伝ってくれるから凄く助かるんだ。
紙を買うのも意外と大変で、たくさん描くからたくさんの紙がないといけない。
これが嵩張るし重いし、追加の墨や岩絵具、ついでに水を買うのも大変でさ。
とっても助かる、本当に。
姫様さー用事すんだら家から出るなよ、危ねェから。
版元へ向かっている途中、ページワンがそう口にした。
……なんでも、おそば屋さんと狂死郎一家が揉め事を起こしたそうだ。
結果はおそば屋さんの圧勝、なんで?
ページワンとドレークはそれを粛清しに来たんだと。
マジか、こっわ。
というかこの花の都でよくそんなことできたなそのおそば屋さん。
ありえねー……今までだったらそんなことする人、いないよ、マジで。
違和感これか……何が起こってるんだ……
思わず黙ってしまうとページワンが慌てて、あんたのところに被害行かねェようにするから!大丈夫だって!ドレークもいるし!と言うのでわかってますよと答える。
ドレークがどんな人かはわからないけれど、ページワンが言うなら大丈夫だと思うし。
だって飛び六胞……だっけ?
ページワンくんは強いですものね、と言えばページワンくんは照れくさそうに、けれど嬉しそうににっこりと笑った。
可愛いなー、若いなー。
ちなみにページワンとドレークを引き連れて版元に行ったらめちゃくちゃビビられた、付き添いですって言ったら姫様も大変ですものねとなんかよくわからん言葉をかけられたけど。
版元の店主からお金を受け取って、そのままいくらなのかとりあえず店先で数える。
売った分の金額と間違いがないか、少なく渡されることはないけれど私の立場を気にして多く渡されることがあるからちゃんと確認しないと申し訳ない。
確かに、と確認を終えてそれを巾着に入れようとしたらページワンが私の手を掴んだ。
「思ったより安くねェか?姫様が色のついた絵を描くなんて前まで珍しかったはずなのに、白黒のやつと同じ値段になってんじゃん」
おっとォ?まさかのページワンからのストップがかかったよ?
あの、そんな顔して店主さんを見ないでやって……確かにこの人がめついけど私がおじ様の姪だからって結構ビクビクしてんだからさ……
ページワンがおおん?と店主に詰め寄ると、店主はすいやせん魔が差して!!と私の手に追加でジャラジャラとお金を乗せる。
お前な……魔が差してって……別に私はおじ様の権力を振り翳す趣味はないけど、役人に見つかったら大変だぞ……
例の一件以来、私の護衛がこそこそ潜んでいるんだし、私は見つけたことないけど。
そこまでお金に不自由してないから気にしてなかったな、でもそのままだとつけ上がるから多少は言わないとだめ、ってことね。
「あんたも変だと思わなかったのかよ」
「自分の絵に値段がつけられるってそれだけでも現実味ないですし、多くって言うほどの腕じゃないと自負しておりますので……」
「もっと自信持っていいと思うけどな」
ほら、ちゃんと金はしまえよ。
そう促されたので巾着に入れて、店主にぺこりと頭を下げて次の店へ向かうことにする。
というかドレークもついてくるんだ……会話はなくてもめちゃくちゃ見られてるんだが……?
今度は絵を描く道具。
ページワンもいるなら絵皿も何枚か買っちゃおうかな、たくさんあっても困らない、色をつけて描くことも増えたからさ。
店先で終わるまで待ってるからなとページワンが言ってくれたので、私は中の方に入って筆や絵皿を吟味する。
「姫様、こちらなんかどうですか。都の高名な職人が作った筆がございます」
すると店の奥から桐の箱を持ってきた女主人が私のところへやってきた。
開いた桐の箱の中には一本の筆。
なんでも羊や鹿の毛を使って作られたそうで、墨や岩絵具の含みもいいらしい。
いろんな筆を使っているからこれがとても上質な筆だとわかる。
それから、と女主人はさらに別のものを持ってきた。
絵皿、梅のように象られた、何色も同時に色を入れられる梅皿だ。
最近では色を使って絵をお描きになっていると聞きましたので、ぜひ姫様にと仕入れました。
その言葉に女主人を見れば、ああ心からそう思っているんだなと感じる。
そういえば、この人はよくあの版元でも絵を買っているんだったっけ。
どっちも上質だ。
いつもなら高価なものは買うのを躊躇ってしまうけれど、たまにはいいだろうか。
道具を選ばなくても確かに絵は描けるよ。
上質なものは知ってしまうと使い心地がよくて、今まで以上に丁寧に扱えそうだ。
それに梅皿ならたくさん絵皿を買わなくてもこれだけで済むかも。
ひとつひとつ絵皿を変えて作らなくても、作ったものをここに移せばその都度洗うだけでたくさん洗わなくても大丈夫そうだ。
「何か特別な手入れは必要なものですか?」
「いいえ、常日頃のように、姫様がしているようにお手入れをすれば大丈夫ですよ」
そっか、じゃあそれ買おうかな。
お値段は張るけれど、さっきの絵を売った分もあるから何も問題はない。
絵皿多めに買おうと思っていたけど、これで十分だな。
丁寧に包んでくれている女主人を見ながら店の文机の上にその分とあと紙と岩絵具の代金を置く。
またご贔屓に、の言葉に頭を下げて新しい筆と梅皿、紙を受け取って店先へ出ればページワンはそれだけ?と首を傾げた。
そうそう、今日はこれだけ、でもいつもよりお金を使ったかな。
嵩張る紙はページワンが持つと言ってくれたので素直に甘えよう。
「姫様は絵を描かれるのですか?」
「はい。拙くはありますが、絵を描くのは好きです」
「あれ、お前まだ姫様の絵見たことなかったっけ?」
「ああ、そんな余裕はあまりなかったからな」
「カイドウ様かキングのところにあるぜ。今度見てみろよ」
それは初耳だ。
確かに何枚か描いては渡してを繰り返していたからどっかカイドウの伝手で外に売っぱらっているのかと……
鎖国している国の絵って珍しい部類に入るだろうしさ。
ページワンとドレークと話をしながら歩いていたら長屋についたので、ページワンから持ってもらっていた紙を受け取る。
「あっ、そうだ。キングがあんたに何か用意したって言ってたから後にでも誰か届けに来るはずだ。来週の金色神楽にそれつけて来てくれって言伝も預かっている」
「金色神楽……火祭りの日ですよね」
「毎年ここでひとりなんだろ?一回くらい来てもいいじゃん。おれもあんたが来るの待ってるからさ」
向こうでも何かあったら頼ってくれよ、そう言うページワンに前向きに考えてみますねと返せばページワンは待ってるからな!と言い残してドレークを伴って走っていった。
ドレークは途中、丁寧に私に頭を下げたので倣うように頭を下げる。
戸を開けて中に入り、早速筆の入っている箱を開いた。
うん、上質だし上品だ。
筆は誰も使っていない新品の状態だと布海苔で固めてあるから、どのくらい柔らかいのかはぬるま湯に浸してからじゃないとわからない。
長屋を出る前にお湯を沸かしていたからそれを使うか。
でもキングが用意したって、何を用意したんだろう……所謂贈り物ってことでしょ?あのキングが?意地悪な面もあるキングが?
ごめん想像できないわ。
土間にある火の消えた囲炉裏の上に置いていた鉄瓶を手に取って、筆を洗う時に使う瓶へぬるま湯を注ぎ、それから新品の筆の先を浸す。
しっかり筆の根元まで浸して、優しく丁寧に解せばあら不思議、布海苔で固められていた筆先が柔らかくなった。
一度ぬるま湯から出して軽く水気を拭い、それからまた水を含ませてみる。
お、おお……!水の含みがとてもいい……!
めちゃくちゃ柔らかいし、描くの楽しくなりそう!
梅皿も出して、早速何を描こうか案を考えていく。
火祭りの日に鬼ヶ島か……おじ様から土産話を聞いてはいるけれどほとんどカイドウと酒を飲んだ話ばかりだったしな……
あとクイーン?っていう人の踊りがなんとかって……というかキングにクイーンって、キングは男の人だったし女の人なのかな。
お祭りか……私は幼い頃におじ様に手を引かれて行った火祭りの方が好きだったな。
あの時のおじ様はあまり楽しそうじゃなかった、私の前では優しく笑ってくれていたけれど、道行く人を憎らしげに見ていたっけ。
まあ、火祭りを楽しめなかったおじ様が祭りを、たとえ海賊がいても楽しく飲んで食べて賑やかに楽しそうに過ごせるならそれでいいや。
そんなおじ様が見れると思えば鬼ヶ島の金色神楽も悪くはない、かな?
……買ってもらったりんご飴、美味しかったな。
金魚掬いもやったけど、子どもの私じゃ掬えなくておじ様が何匹か掬ってくれたっけ。
大事に飼っていたけど、ちょっと目を離した隙に家に入り込んできた野良猫に食べられた気がする。
金魚描こう。
梅皿使うのはまた今度、今は純粋に筆の描き心地を試したいから墨で。
金魚もいろんな種類がいるんだっけ。
元々の種が変異したり、その変異した種を交配させたりして形も色も様々な種類があったような気がする。
普通の金魚、和金……?が確か全てのルーツだったはず、前の世界では。
もちろんひらひらした大きい鰭を持つ金魚も綺麗だよ、動きに合わせてひらひらするの可愛いよね。
とまあ、夢中になって描いていた時に大きな音が外から聞こえたのはびっくりした。
何か爆発でもしたんか、こんな都の真ん中で。
でも意外と大きな音は遠ざかっていったし、地響きはあれど気にするものじゃなかったのでお絵描き続行。
金魚、可愛い。
自分で描いたけど。
……また今度飼ってみようかな。
透明な金魚鉢に入れて、泳ぐ姿を描きたい。
筆の使い心地も最高、なにこれやべーわ。
こんないいもの知っちゃったら癖になっちゃうな。
紙いっぱいに金魚を描いて、次は何描こうかなと思っていると戸を叩く音がした。
「姫様!姫様おられますか!」
「はい」
なんだなんだ、騒がしいな。
手早く筆についた墨を拭ってから土間に下り、戸を開ければ護衛の人が。
どうしました?と聞けば息を切らしながらその人は言葉を選んで口を開く。
「さ、先程オロチ様が宴の最中に賊が入り込みまして……!」
「え……」
おじ様のところに?
さあっと血の気が引いていく。
胸騒ぎの正体ってこれ?
自然とカタカタ手が震える。
「あ、いえ、オロチ様はご無事です!オロチ様からあなた様がご無事か確認するようにと仰せつかりましたので、戸を叩かせていただきました」
「……そう、よかった」
「ですが、何があったか詳しくは知りませぬが小紫太夫が狂死郎親分に斬り捨てられ……お亡くなりに」
なんだって?
なんでおじ様のところへ賊が入り込んで、狂死郎が小紫を斬り捨てることになるの?
普通はその賊を狂死郎が斬り捨てるんじゃないの?
情報量が多い。
小紫様……おじ様にいたく気に入られた綺麗な人だったのに。
おじ様が惚れたから正妻にしたいと思っているのは知っていた。
年が離れ過ぎでは?と思ったけれど、そんな疚しい気持ちじゃなくて、あくまで正妻という立場で私の友人になれればと言っていたっけ。
もちろんその美貌に惚れてもいたのだろうけど、多分私と年が近いからあまり疚しい気持ちはなかったんだと思う、多分、おそらく、男女のあれこれはよくわからない。
……おじ様、落ち込んでいるだろうな。
「オロチ様からは念の為に姫様を城へお連れするように言われておりますが、如何なさいましょうか?」
「……明日でも、大丈夫ですか?私におじ様へかける言葉を考えさせてください。おじ様、今落ち込んでいらっしゃるでしょうから」
「お優しいのですね姫様……承知致しました。オロチ様からもすぐに来られぬなら護衛を増やすようにと指示を受けております故、今夜はここでお休みくださいませ」
「はい」
「……あとカイドウ様から、姫様に渡すようにとこちらを預かっております」
なんだろう、それかなキングから私に渡すものって。
護衛の人はでは、と頭を下げて戸を閉めた。
……少ししたら長屋の前に人が増えたから、多分護衛の人が来たのかな。
受け取ったのは桐の箱、それから手紙かな?
座布団に腰を下ろしてその箱を開け、丁寧に絹で包まれているそれを開いてみる。
「わ……簪だ」
鼈甲に細かな細工の花がついている簪だ。
……見た目はそんなに派手とは思わないけど、何色だろうこれ。
花は菊かな?
ツヤツヤした鼈甲は少しひんやりしていて、飾りの部分も花と装飾品が施されている。
ちょっと揺らせばしゃらしゃらと音がして綺麗。
それを手にしたまま手紙を開いてみた。
特に文章はない、簡潔に「花は菊、色は赤」と書かれているだけ。
まあキングらしいっちゃらしいわな。
……待った待った待った待った!!
あの人、この国で女に簪を贈る意味わかってる!?
その気があるのかは知らないけどさ、簪を贈る意味なら知ってそうなんですけど!!
「や、やめてくれ……年甲斐もなく……恥ずかしい……」
かあっと顔が熱くなる。
嘘じゃん、誰かそうだと言ってくれ。
この国で、男が女へ簪を贈る意味。
──あなたを、守ります。
つまりは、プロポーズと等しい意味なんだよ。
黒炭の女の子
なんちゃって転生者。
最近の花の都もオロチの様子もおかしいなと感じ取っていた。
ページワンとはふたりでお友達と言えるくらいに仲良し。
オロチの宴に賊が入り込んだことはとても心配、小紫が斬り捨てられたことにもショックを少なからず受けた。
キングから簪を贈られたんだけど、あの人意味わかってる!?と柄にもなく顔が赤くなっている。
ページワン
例のそば屋の件で姫様が安全かの確認に来た。
用事があるって言われたので護衛兼ねて一緒に行くことに。
すげー、キングマジなんだな……と知っているひとり。
金色神楽に来てくれたら嬉しい。
X・ドレーク
ページワンについてったら姫様がいて、オロチの姫様と知った時はびっくりした。
まあ海軍でしたからね、海賊はともかく上の人にはとても丁寧。
黒炭オロチ
このお話では小紫への疚しい気持ちは少なめ。
正妻ではあるけど年も近いから姪の友人になってほしい気持ちがあった。
ほら、可愛がっている娘みたいな子どもと年が近いとそういう目では見れないよねってこと。
キング
簪を贈る意味わかってんじゃねーかなこの人。
ちなみに12月1日の誕生花は菊なんですよ。
そういうこと。