兄貴分と再会したら四皇の大看板だった⑩

「名前は今年のキングの誕生日はどうするの?もう今日よ」

「それ相談しに来たんだけど」

「前のように私がプレゼントってすればいいじゃない」

「……いろんな意味で酷い目にあったけど?」

ブラックマリアがくすくすとそうだったねと笑う。
そう、キングの誕生日。
ここへ来て初めてキングの誕生日を知って、当然プレゼントの用意とかもなかったからどうすればいいかなと考えた結果、私がプレゼントだよと言ったらどうなったか知りたい?
足腰立たなくなりましたとも……一日ベッドでキングに介抱してもらってましたとも……
いや、結局美味しく頂かれているような気はするけどさ、その時ほんっとやばかった。
それからはキングが好きそうな酒とかつまみとか、シャンプーとトリートメントとか、用意しているけど結局食われんのよ……
どうせ今年も食われるんだろうけど、やっぱりプレゼントの用意はしたいよね。
遊郭でブラックマリアとその部下さんたちとお菓子を食べながらお茶を飲んで和気藹々と話をする。
女が集まれば姦しいってね、女同士ならではの下世話なお話はもう恒例行事だ、特にキングの誕生日前となれば。

「名前さんがプレゼントすればなんでも喜びますよ」

「そうそう、誕生日じゃなくたって喜んでくれるじゃないですか」

「今年も私がプレゼントをすればいいのではないですか?ちょっとお高いボディークリームありますよ」

なんてこったい、味方がいない。
流れるようにこれどうぞとボディークリームやら焚き染めるお香やらなんやらと差し出された。
……貰っておきます……はい。
意外にも、ここで祝われるのを騒がしいなと言いながらもキングは上機嫌だったりする。
わかる、私も自分の誕生日の時はどんなに賑やかで騒がしくて耳が痛くても嬉しいもん。
参考までに私が貰ったことのあるプレゼントを思い返してみたけれど、お菓子ばっかりで参考にならない。
成人祝いも思い出してみれば、初めての酒を甘いものがいいとわがまま言って飲んでみたはいいものの、すぐ酔い潰れてパパに仕方ねェなと部屋まで運んでもらったことがある。
実用的なものだと爪研ぎとか、ブラッシング用のブラシとか、ふざけて首輪とリードを持ってきた下っ端は私が蹴る前にパパが雷落としてたっけ。
もう最悪今から花の都にでも船借りて突っ走って良さそうなもの用意しよっかな……
渡されたボディークリームの蓋を開けて匂いを嗅げば、ふわりと甘い匂いが漂った。
お香もそのまま嗅いでみれば、強いけれど印象に残りそうな匂いがする。
聞けば花の都の遊郭で花魁なんかが愛用しているものだってさ。

「それは確か牡丹の香りだったかね……ちょっと強いけれど、いいんじゃない?」

「どのくらいもつかな」

「二時間は香るはずさ。ボディークリームはお風呂の後に塗るのがいいよ」

「あ!せっかくですからマリア姐さんと名前さん、お風呂入ったらどうですか!」

「確かに!お風呂上がりにマリア姐さんが名前さんにクリーム塗ってあげたらどう?」

「あら、いいわね。早速行きましょうか名前」

私を置き去りに話が進むゥ……
私の答えは聞く必要がないかのようにブラックマリアが立ち上がり、部下さんたちが私の手を引いたり背を押したりした。
いや、ちょ、いろいろ事情があるので遠慮したい!
フード脱いで顔見られるのまだなんか恥ずかしいし、それより裸のお付き合いというものでは!?
今さら顔なんて見られているし別に意味あって隠しているわけじゃないけれど、綺麗な人に直視されるのは、キング含めてだけど……恥ずかしいんだって!!

「名前は私より年上なのに恥ずかしいなんて……そういうところ大好物よ」

「そうじゃないって、ちょ、あの……いやあああああああああああ!」

「あら、可愛い声も出るのね……ますます好み」

部下さんとブラックマリアにあれよあれよと脱がされて浴槽に入れられた。
耳が可愛いだの腕や尻尾の毛並みが素敵だの、めちゃくちゃ褒められ触られた。
ひぃん……

 

それから時間は過ぎて、ライブフロアからいつものように、いやもしかしたらいつも以上に賑やかな喧騒が響き渡っていた。
どうせなら私と同じような服でも着る?とブラックマリアに言われたけれどそれは全力で阻止した、やめて……やめて……
お風呂は気持ちよかったです、お風呂大好き。
遅れてカイドウさん、キング、クイーン、ジャックくん、飛び六胞のいる部屋へブラックマリアと入ればめちゃくちゃ注目される。
カイドウさんとクイーンなんかは「あっ察した」みたいな顔してた。
いつもの外套は羽織っているけれど、室内だし賑やかで耳は痛くなるけれどフードは脱いでおく。
既に出来上がっている人たち多いな、うるティとページワンはべろべろですよ。
……あれ、ふたりって成人してたっけ?

「遅くなりました。名前と身嗜みを整えていたので」

「おう、ようやっと華が来たな」

やめて……変なハードル上げないで……
カイドウさんの言葉にブラックマリアはにっこりと笑って私の背をキングへ押し、本人はカイドウさんの隣を陣取る。
大丈夫よ、と耳打ちしてくれたブラックマリアは私にウインクをひとつ。
キングは私に気づくとそのまま手招きをし、それから流れるように私を胡座をしている膝の上に乗せた。
……酔ってますわこれ。
少し酒臭いし、マスク越しでもちょっとふわふわしている気がする。

「待ちくたびれた」

「ちょっとブラックマリアのところでお話してたから……誕生日おめでとう、キング」

「ああ、ありがとう」

キングが私に甘いところは飛び六胞新入りのドレーク以外は知っているからまーたやってるよみたいな顔して砂糖を吐きそうな顔をしていた。
ドレークはめちゃくちゃ目を丸くしているし、こっそりササキが耳打ちすれば「は!?」と声を上げる。
やめて……ほんっとにやめて……恥ずかしいんだってば……
ジャックくんが姉御の分だ、と酒の注がれたジョッキと適当に食事がよそわれた皿を渡してくれたのでありがとうと声をかけて受け取った。
お肉!お肉多い!やった!!
まあメインはキングなんだけどね、ちゃんとキングの好みの刺身とかもあった。
ジョッキを手にしてキングに向ければキングは目を細くして自分のジョッキとぶつけてくれる。

「いつもより甘ェ匂いがする」

「んっと、ブラックマリアがお風呂入れてくれたから」

「毛並みもツヤツヤだな」

上機嫌に私の頭を撫で繰り回すので尻尾を振り、耳を垂れさせて受け入れれば「いちゃつくなら余所でやれよ」とカイドウさんがげんなりした。
多分キングが酔ってるからだと思うんですけど、私無実。
……ここへ来てから思うけれど、キングがこうやって自分の誕生日を祝ってもらって、それを喜んでいるのは私も嬉しい。
毎年思う。
三十年以上も前だけど、あんな場所にいた自分たちがこうやって当たり前を受け入れられることができるなんて、当時は思ってなかったから。
感慨深いなァ……

「ところでよォ、お前らガキのひとりやふたり拵えねェのか」

「ぶっ」

と、しみじみと思いながら酒を飲んでいたのにクイーンの言葉に思わず飲んでいた酒が気道に入って噎せた。
何言ってんだこのおっさん。
だらーと口から溢れる酒を拭う余裕もなくクイーンを睨めば、他にも噎せたり噴いた人はいたらしい、主にカイドウさん、次に顔を真っ赤にしたドレーク。
カイドウさんは酔っていてもキングと私のことには特に突っ込まないようにしているようで、赤い顔のままクイーンの顔に拳をめり込ませた。
フーズ・フーとササキは「聞いてねェ聞いてねェ」「酔っ払い過ぎて寝言でも言ったんじゃねェの」と漁っての方向を向く。
酔い潰れていたはずのうるティは「名前に手ェ出した大看板はどいつだァ!」と叫ぶも酔いが回っていてそのまま崩れ落ちた。
やめて……やめて……ひぃん……
あらま、と口元を押さえているものの、ブラックマリアの目はそこんとこ詳しく、と言っているように見える。
叫びながら逃げ出したい、切実に。

「何寝言吐かしてんだカス」

「そうだそうだ!キングと名前のことに首突っ込むんじゃねェ!!」

「男と女ひとりずつは欲しい、双子でもいい」

「お前も油を注ぐな!!」

「やめて……やめて……」

「ほら見ろ名前がいたたまれねェ!!」

聞きたくなかったそんな本音。
ここで正気なのはキングとクイーン以外だ、実はふたりとも仲良しだな?
脱いでいたフードを被って隠れるように身を丸くするけれど、というかキングの膝の上だ逃げ場がない。
ジャックくんとフーズ・フー、ササキ、ドレークからは同情と憐憫の視線を向けられているような気がする。
そんな視線に気づいたキングは私に腕を回して「おれのルーヴを見てんじゃねェ!」と声を荒らげた。
やめてェ……ほんとにィ……後生ですからァ……

「カイドウさんと叔父貴に名付け親になってもらう」

「もうやめてやれ!兄弟に殺されるぞ!!」

「おれに似た女の子と名前に似た男の子、逆でも絶対可愛い」

「兄御、酔い過ぎだ……姉御が息してねェから……」

「ぶええん……」

「誰だおれの名前を泣かせたクソ野郎は!!」

「お前だ馬鹿野郎!!」

「……犬女、実のところは?」

「馬鹿やめろフーズ・フー……!」

「黙れ猫ちゃんのくせに!そこら辺でにゃんにゃんしてろばァーか!!」

思わずフーズ・フーに向けて持っていたジョッキを投げつけたけど、このくらい許されるでしょ!?

 

酔っていたとは言え、名前は悪いことをしたと思う。
お開きになって名前を抱えて部屋へ戻れば名前は一目散におれのベッドに潜り込んで毛布を被った。
クイーンに作ってもらった靴を脱いでいるのは律儀だな。
マスクとジャケットを脱いでベッドに腰を下ろし、ベッドでこんもりと膨らんだ場所に手を置く。
確かに酔っていた。
けれど、言ったことは紛れもねェ本音だ。

「名前、そろそろ機嫌治せ」

「……機嫌が悪いわけじゃないもん」

「じゃあなんだ……ああ……」

皆まで言わなくてもわかる、恥ずかしいのか。
あんな会話今さら恥ずかしがるような年齢でもねェだろ。
……いや、名前には酷か、幼いまま大人になったようなモンだからな。
そっと毛布を捲ってみればぱちりと目が合う。
毛布を被っていて少し薄暗いが顔が真っ赤になっているのが見えた。
酒も入っているだろうがそんなに飲まないからまず酔いからくる顔の赤さじゃねェ。
悪かったよ、と言えばのそのそと毛布から顔を出す。
そのままおれの膝にしなだれるように体を預けると、赤い顔のままおれを見上げた。
ふわりと鼻腔を擽る甘い匂い。
ブラックマリアと身嗜みを整えていたらしいが、これはあいつが仕込んだな。

「名前」

名前を呼んで腕を広げれば戸惑いながらも体を起こして飛びついてくる。
いつものように甘えた鳴き声を出しながら頬をおれに擦り付け、嬉しそうに尻尾を振っていた。
羽織っていた外套の留め具を外してやれば、落ちそうになったそれを受け止めた名前が外套の内ポケットへ手を入れる。
取り出したのは上品な桐の箱。

「それは?」

「ブラックマリアからもらったお香。花の都の花魁なんかも使っているんだって」

……それがどんな意味なのかわかってんのかこいつは。
いいや、絶対わかっていない。
初だとか幼いだとかじゃなくて、純粋に知らない。
ここまで無垢に近いと、こう……邪な考えしか浮かばねェな。
使ってみる?とおれに差し出した名前からそれを受け取り、箱を開いて中身を確認した。
すんと匂いを嗅いで、ああやっぱりなと思わず眉を寄せる。
ブラックマリアからもらった香、花の都の遊郭で使っているもの……十中八九そういうものだろう。
いい匂いでしょ、と嬉しそうに言う名前の無知さになんとも言えず、黙ってその香に火をつけて受け皿に置いた。
受け皿をサイドボードに置けば、強めの甘い匂いが部屋に漂う。
こんなもの使わなくても、名前からはいつもより甘い匂いがするけれどな。

「お前、これがどんなもんか知ってたのか」

「花の都で流行っているお香……?」

「……こんなもん流行っていたらやばいだろ」

「そうなの?」

きょとんと首を傾げる名前の耳元に唇を寄せて、これがどんなものなのか内緒話をするように言えば一拍置いて名前の顔がさっきの比じゃねェくらい赤くなった。
まあ、ブラックマリアには感謝だな。
わざわざ名前というプレゼントを用意してくれたんだ、今度一声かけておこう。

「待って、待って……知らなかったから……!」

「待たねェ。据え膳されて男が止まると思うか?」

「思いませェん……」

ひぃん、そうなると思わなかったもん……
べしょりと耳が垂れ、涙目になった名前を押し倒して唇を重ねれば、観念したのかおれの首に腕を回す。
次の日の朝、疲れ切って熟睡している名前の腹を撫でて本気だからな、と呟いてまた睡魔に身を委ねた。
いいじゃねェか、夢を見るのはタダだろ。
それがありえそうのない未来だとしてもな。

 

名前の体調が悪いらしい。
拾い食いでもしたんじゃねェか?なんてフーズ・フーの言葉に名前は体調悪いからちょっと威力弱いかもー、なんて吐かしてフーズ・フーの鳩尾に綺麗な蹴りを入れたものの、確かに顔色は良くねェな。
……ただ、こう、勘なんだが、デリケートな問題な気がするんだよなァ……聞きたくねェなァ……
それを察したクイーンがおれの肩を叩き、もうカイドウさんから聞いてくださいよなんて言いやがる。
おま、おま……!
それで予想が当たってたらどうすんだ!
おれがどうなるかわかってんのか、兄弟に話言ったらやべーぞ、マジでやべーぞ。
ふと、ジャックが「兄御の誕生日からどれくらい過ぎましたっけ……」なんて核心に近いことを呟いたのでぶん殴って黙らせておいた。
あーあー!聞きたくねェ!!
もし、もしそうだとしたら手放しで喜ぶ気持ちはあるけどよ……
心の!準備……!!
主に兄弟にぶん殴られる心の準備……!!

「でもカイドウさん、名前ちゃんマジで体調悪そうだからさっさと聞いて医者にでも見てもらって処遇決めた方がいいっスよ。キングなんかほら、誰が見てもそわそわしてるし」

「じゃあお前が兄弟にぶん殴られる役な」

「そこはキングっスよ!?」

「何言ってんだあいつはもう殴られるのは逃れられねェ決定事項なんだよ……兄弟が怒り狂う様なんてのは見聞色使わなくてもわかるだろうが!!」

「そうだけど!!そこはキングの保護者のカイドウさんの役目!」

「お前としての所見はどうなんだ!!」

「間違いなく黒!!おめでとうございます!!」

「めでてェけどォ……めでてェけどよォ……!」

こんな複雑なおめでとうございますがあるか!
けれど聞かなきゃいけねェからな……うん……腹決めるか……
とりあえずおれから直接言うよりは、穏便に済ませるにはキングにも言わずに聞いた方がいいだろう。
こっそりブラックマリアに声をかけて、事を説明すればああやっぱり、と察したような表情をしていた。
それにあの席で酔っ払った勢いの発言が本当になるとは誰も思うまい……
名前に声をかけに行ったブラックマリアと入れ替わるように部屋に駆け込んできたのは、まさかのヤマト。

「クソオヤジ!キングがとうとう既成事実つくったってほんと!?」

やめろォ……濁していたのにお前がはっきり言うな……
いつものように喧嘩を始める気力もなく、酒も飲んでねェのに痛む頭を抱えながら誰に聞いたのかヤマトに問う。

「えっ、鬼ヶ島じゃめちゃくちゃ噂になってるけど?それよりほんと!?僕叔父さんになるの!?」

「待て待て待て待て」

「名前におめでとうって言ってくるね!男の子かな?女の子かな?」

「当人たちもわかってねェのに男女の話にお前が首を突っ込むんじゃねェ!!」

駆け込んできたように駆け出そうとするヤマトにとりあえず雷鳴八卦を打ち込んで止めておいた。
伸びたヤマトはそのまま放置しておく、さすがにいつものようにやり合う気すら湧かねェよ……
その後、名前に話を終えたブラックマリアが戻ってきて、その報告にああやっぱりな、とクイーンと揃って遠い目をした。
めでてェけれど、有言実行するやつがいるか。
多分兄弟にも話をしなくてはならないだろうし、おれも結局殴られるだろうな……
無理無理、一度空島行って飛び降りてこよ……

 

名前
狼のミンク族と人間のハーフ。
キングの誕生日にプレゼントに頭を悩ませ、いざ準備してもどの道美味しく頂かれるのは目に見えているのでそれに関してはちょっと諦めの境地。
酔ったキングに具体的過ぎる未来像を言われるとは思わなかったししかも割りと人のいる前だったから羞恥で死ぬかと思った。
ちゃんと美味しく頂かれました。

キング
祝われるのは嫌いじゃない。
酔って具体的な未来像を口にしたし、ナチュラルに惚気けた人。
酔ってはいたが本気だからな。
名前が百獣海賊団に来てからは毎年名前を美味しくいただいてます。
ブラックマリアからのお香は催淫作用のあるものだと見抜いた。
知らずにもらってくる迂闊さも可愛いよな。
美味しく頂きました、誕生日おめでとう。

カイドウ
もうね、身嗜み整えてきたって時点でいろいろお察し。
酒を噴くことに定評がある。

クイーン
酔って何口走ったのか覚えていない。
なんか顔面凹んでねェ?

ジャック
姉御が不憫でならねェ……

飛び六胞
お子様ふたりは酔い潰れていた。
他の四人もお酒は強いけど、ひとりは名前になにか仕込んでいるし、ひとりはキングと名前の関係を察して顔赤くするし、残りのふたりはそっぽ向いているし……
これが百獣海賊団スタイルだからな……と遠い目をした。

2023年8月5日