「カイドウさんカイドウさん!」
「あ?珍しいな名前」
「この人新しい飛び六胞にどうですか!!」
喜んでますよと隠さない顔と激しく振られる尻尾のまま名前がカイドウさんのところへやってきた。
……ボコボコにされた男を引きずって、だ。
まさかボコボコにした男を引きずって来るとは思わなかったカイドウさんが酒を噴き出す。
そりゃそうだ。
名前が引きずっているのは最近ここへ参入した最悪の世代のひとり、X・ドレーク。
……見事に伸びてるな。
「ンなモンぽいしろ、ぽい」
「ん!」
おれの言う通りぽいと男を放った名前が褒めてと言わんばかりにこちらを見上げるから偉い偉いとぴょこぴょこ動く耳と一緒に頭を撫でた。
名前がここへ移籍し、飛び六胞になってから随分経つが今まで名前のお眼鏡に適うやつはいなかったな。
下克上主義とはいえ、能力者でもねェこいつが甘く見られることは多々ある。
相変わらずフーズ・フーとやり合うこともある、その度に返り討ちにしてきた。
遠征で連れて行けば恥じない働きをし、今では懸賞金はジャックに並ぶ九億。
大看板を四人するのは締まらねェしな、とカイドウさんが頭を悩ませていたところにこれだ。
ゲホゲホと噎せているカイドウさんに代わり、名前の頭を撫でながら口を開く。
「なんでこいつだと思ったんだ?」
「ちゃんと飛び六胞並に強かったと思うし、古代種の能力者だから!あと真面目そうだから私の仕事全部してくれそう!」
「……そうか」
嬉しそうにしている手前何も言えねェ。
まあ確かに、こいつの請け負っている仕事がな……割りと真面目なやつじゃねェとこなせねェしな……
なんならこいつじゃねェと本当にこなせないものはそのままにして、そこそこ真面目なやつができるモンはぶん投げちまえばいい話だ。
さて、噎せていたカイドウさんはなんと答えるか。
カイドウさんは息を整え、大きく深呼吸をひとつ。
「……お前が言うくらいだ、強いんだな?」
「私よりは弱いと思うけど」
「ならいいな。キング、こいつを医務室に連れてってやれ」
「わかりました」
誰かひとりくらい外に控えているだろう。
声をかけて部下にドレークを医務室に運ぶように指示を出す。
相変わらずご機嫌に尻尾を揺らす名前。
体全身から伝わる褒めろオーラ。
わかったわかった、偉い偉い。
頭を撫でようと手を翳せばへにょ、と耳が撫でられたように垂れた。
……可愛いな。
手を引っ込めればむっと顔を顰めるが、また手を出せばへにょと垂れる。
可愛くて何度か繰り返していれば、何かを堪えるように天を仰いだカイドウさんが我に返り、いちゃつくなら他所でやれ!とおれと名前をそのまま部屋の外へ放り出した。
後で兄弟に教えるか、なんて声が聞こえたが……そういえばカイドウさんの手にカメコの電伝虫があったような……
部屋の外に放られたが、名前はおれを見上げて「抱っこ」と手を伸ばす。
一体お前はいくつだ。
……いや、いくつでも関係ねェか。
腕に乗せるように抱き上げてやれば、上機嫌におれに頬を擦り付けた。
「嬉しそうだな」
「嫌いな猫ちゃんと同じ肩書きじゃなくなると思ったらめちゃくちゃ嬉しい」
本当にフーズ・フーとの相性最悪だな。
甘える様は猫のようだと思ったが言わねェでおく、機嫌を損ねたいわけじゃねェからな。
ご褒美に何か欲しいモンあるかと聞けば大きな耳をぴょこと立てた名前が「甘いもの食べたい!」と目を輝かせる。
いつも食ってるじゃねェか、とは言えずわかったわかったと宥めた。
カイドウさんのところから追い出されてしまったので、とりあえずおれの部屋に戻る途中で名前の望む甘いモンを調達する。
「というかだな、お前が飛び六胞下りてお前がどうなるかわかってんのか?」
おれの膝の上で満足そうに大福を食べるルーヴの口元を拭いながら聞けば、きょとんと目を丸くした名前が頷いた。
カイドウさんのことだから名前はおれたち大看板のサポートに回すだろう。
心配しているのはそれじゃねェ。
名前のことを気に入らねェ人間は少なからずいるだろうから前より喧嘩を売られる回数も増えるだろう。
こいつのことだから負けはしねェだろうが……下克上の認められるうちで真正面からやり合う人間だけではねェのも確かだ。
「大丈夫。私の方が強いから」
「まあ、何かあったら逐一報告しろよ」
「うん」
おれも名前も思っていない方向で、杞憂には終わるんだがな。
おかしいな、飛び六胞から下りたらそれなりにいろんなやつらから攻撃されるんだろうなと思っていたんだけど。
なんでこうなってるんだろう。
明確な立場ではないけれど、大看板のサポートになったまではいいと思う。
私が請け負っていた仕事らしい仕事も、ほとんどが新しい飛び六胞のドレークに渡せたのもむしろ最高。
能力者でもないのに飛び六胞だ、みたいなことで私のことをよく思ってないやつも多かったはず。
……なのに。
「名前さん!これ花の都で流行っているお菓子ですって!よかったら休憩にどうぞ!!」
「名前さん……!おれ、ここでの動きがまだ曖昧なんで教えてもらっても、いいですか……!!」
「踏んでください!」
「罵ってください!」
「お兄ちゃんと呼んでください!」
何この状況……?
なんか数名変態も混ざっていたけど、なにこれ?
後者に関しては怖くて半泣きになりながら蹴っ飛ばしてキングのところへ逃げた。
だって怖くない?
こんなにたくさんの構成員の名前なんて覚えていないし、知らない人から踏んでくださいだの罵ってくださいだのお兄ちゃんと呼んでくださいだの、えっ、変態……?
泣きながらキングと、そこにいたクイーンに訴えればキングは目に見えて不機嫌になったし、クイーンも頭を抱えて「そっちかー、まさかのそっちかー」とドン引きしていたんだよ。
「名前……その変態共の人相をにーちゃに言ってみろ」
べしょ、と垂れた耳を撫でて私と視線を合わせたキングが顔を覗き込んでそう言う。
あっ、殺りに行くつもりだこれ。
多分マスクの下はにっこり笑っているんだろう。
想像以上の剣幕にひゅ、と息を飲んだけど震える声で覚えている人の人相を伝えればキングはちょっと出てくる、そう言って私の頭を撫でて部屋を出ていった。
部屋に取り残されたクイーンと私。
クイーンは私を手招きして、食べていたおしるこを別の器によそってそれを私の前に置く。
「まァあれだ……名前ちゃんも大変だな」
「ここって変態が多い海賊団だったの……?」
「それカイドウさんに言ったら泣くから言うなよ、絶対だぞ。フリじゃねェからな」
よしよしと私の頭を撫でるクイーン。
キングが部屋を出て数分後。
遠くで起こっているはずなのにとんでもねェ悲鳴やら命乞いをする声が聞こえてきて、思わず耳を垂れさせて尻尾を足の間に挟んだ。
おーよしよし、こえーなァ……とクイーンが私の背を撫でる。
気を紛らわすように勧められたおしるこを口にした。
おしるこ、美味しい……
外から聞こえる悲鳴が止んで、戻ってきたキングはすっきりした表情だ。
……黒のレザーからでもわかるくらい、返り血酷いけど。
というかだな、もしかしてある意味飛び六胞って肩書きに守られていたのでは……?
そういう意味だなんて思わないじゃん、てっきり攻撃される方かと思うじゃん……!なんてこった……!
テーブルに突っ伏して項垂れれば、怖かったな、とキングが背を撫でる。
そうだけどそうじゃないんだ……変な現実に項垂れているんだ……
今も縄張りを守っているパパへ。
どうしよう娘は初めてパパのところに帰ってもうお外に出たくないと思ってしまいました。
しくしくしながらカイドウさんに現状を伝えたら酒を噴き出して少し前の私と同じように蹲って泣き始めた。
「なんでこうなるんだよォ……あんまりだァ……なァ名前……」
「ぶえええええん……パパの兄弟分の部下がみんな変態だったなんて知らなかったァ……」
「やめろよォ……兄弟に殺されんだろうがァ……うおおおおおおおん……」
「パパァ……ぶええええええええん……」
「カイドウさん、もう現実見ましょ。おれも見るんで……」
「名前、安心しろ。お前を邪な目で見るやつからにーちゃが守ってやるからな」
それぞれクイーンとキングに慰められながらカイドウさんと私はおいおい泣いた。
自棄酒だァ!とカイドウさんが私にも酒を注いでくれたので、遠慮なくそれを飲み干す。
苦手でも飲む、じゃなきゃこんな現実受け入れられるか。
まあ、酒に弱い私はほんの三杯くらいで顔真っ赤にして意識飛ばすんだけど。
気持ちはわかるがそこまでやけになるなとキングに言われながら抱き上げられて部屋を後にしたような気がする。
名前
狼のミンク族と人間のハーフ。
飛び六胞じゃなくなったー!やったー!!
と思っていたはずなのにどうしてこうなった。
なんてこった……
しばらくキングから離れなくなる。
キング
名前が飛び六胞から下りたらいろんなやつらから狙われるだろうなと思っていた。
そういう意味じゃない……そうじゃない……
名前が変態の被害にあったので粛清しに行った。
可哀想な泣き方に思わず昔のようににーちゃに言ってみろと聞き出す。
安心しろ、にーちゃが守ってやるからな。
クイーン
そっちかー。
カイドウ
なんでそうなった……マジ無理自棄酒しよ……