なんか、うるティやページワンに懐かれたような気がする。
ワノ国の花の都の見回りに行く時なんかふたりはほとんど必ず着いてくるんだよね。
それにフーズ・フーと一触即発って時もふたりが間に入ってむしろフーズ・フーとふたりが一触即発状態。
私が止める側になるなんて思わないじゃん。
なんならキングと部屋に向かいながら話している時ですら横から来てかっ攫われていく。
……なんでェ?
「ってことがあるんだけどどう思う?ジャックくん」
「兄御の機嫌が最近悪いのはこれか……」
九里へ向かうジャックくんの肩の上で言えばジャックくんは大きく息を吐いた。
え、キング機嫌悪いの?初耳。
最近うるティとページワンに連れて行かれる頻度高いからなァ……
何かした方がいい?と聞けば何もしない方がいい、と答えられる。
それにしてもなんで懐かれたかな。
思い当たるのは私が子どもになっていたらしい時期なんだけど。
ただ、意識がはっきりしていた時はクイーンが零した薬からふたりを突き飛ばしたことしか思い当たることはない。
だってクイーンが手にしている薬が無害なわけないし、ふたりよりも私の方が何かあっても対応できると思った。
……嫌な過去だけど、そういうことがないわけじゃなかったし、なんとかなると思っていたから。
うん、まあ、結果は聞いただけでも申し訳なかったけれど。
「姉御はキングの兄御がキレたところは見たことあるか?」
「クイーンと怒鳴り合ってるのがせいぜいかな」
「あの人もここじゃ大看板だ。カイドウさんの右腕だしな、それだけでキレたらどうなるか予想はつくだろう」
まあ、確かに。
クイーンと怒鳴り合ってる時だって私がいればすぐ切り上げるから気を遣わせているんだろうなとも思う。
戦闘も見たことないし、大看板って立場を考えればそりゃあ……やばいよね。
「前に兄御のマスクに傷がついたことがあったんだが」
「うん」
「それだけで敵味方無差別に攻撃するくらいキレた」
「うわ……」
でもそりゃキレるわ。
キングの素顔どころか肌と髪が見えただけでそりゃブチ切れ案件だよ。
私といる時だって、私の部屋でもマスクは外さないし、外すのは本当にキングの部屋だけだ。
キングが素顔を晒すってことは自分の身にも周りにも危険が及ぶから。
おいそれとそんなことはしない。
「やっぱり姉御は兄御の事情は知ってたんだな」
「うん。私とキングは小さい時少しだけ一緒にいたから」
「素顔は晒してなくてもそれだ。キレさせたくねェと思うだろ」
「……で、うるティとページワンがキングをキレさせる手前だと」
「……そりゃあ、自分の女との時間を邪魔されたらそうなるさ」
なるほど、そういうモンなのか。
そこは私の経験不足というか察しの悪さも原因だな。
ちょっと反省。
帰ったらうんと甘えに行こう。
うるティとページワンが突撃して来たら返り討ちにするくらいの心づもりでいよう。
九里に到着したのでジャックくんの肩から下りた。
誰だっけな、確か、カイドウさんとオロチに立ち向かった人が大名として納めていた土地だっけ。
この国にカイドウさんたちが来た時はパパもその戦闘に参加していたって聞いたことがある。
留守番で縄張りの島にいたから聞いただけ。
「姉御はまだ来たことなかったから今日は顔合わせ程度だ」
「わかった」
「ここの真打ちたちとはまだだったもんな」
「うん。花の都とか兎丼が多かったかな」
「ここは農園がある。と言ってもおれたち百獣海賊団やオロチ、博羅町の人間に行き渡っている」
「なるほど。なんか今となっては感覚麻痺してるけど海賊が国を納めてるようなモンになってんの不思議だよね」
「……まあ、カイドウさんはワノ国だからここに居座っているからな」
詳しいことは私も知らないけれど。
ジャックくんに連れられてここを仕切る真打ちやギフターズたちと顔合わせをして、相撲とやらの興行を横目にちらりと町を見渡した。
……この国ってどこからでもピリピリとした殺気というか、敵意ってあるよね。
ササキと花の都に行った時もそう。
なんだっけな、ササキが親友だと言っていたあの人とか。
その人が面倒を見ている花魁とか。
怖い怖い。
人伝に聞いた何かの二十年目とかも。
海賊である以上、争いは隣人なんだけどさ。
「姉御?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事」
「……キングの兄御の機嫌取りは頼む」
「……それ私じゃなきゃだめ?」
「姉御じゃねェと無理」
その前にとんでもねェやることあったわ。
トントン。
控えめなノックの音に顔を上げる。
外していたマスクをしようか悩んだが、こんな控えめのノックをするやつはひとりだけだ。
入れと声をかければぴょこ、と耳を立てた名前が入ってきた。
「どうした」
「さっき帰ってきたから……今日一緒に寝てもいい?」
どこか緊張した面持ちの名前に内心首を傾げながらもおいでと声をかければ嬉しそうに尻尾が揺れる。
ぱあっと表情を明るくするとパタパタと足音を立ててやってきた。
おれのところまでやってくると、「抱っこ!」と手を伸ばしたので抱き上げてやれば甘えるようにキュンキュンと喉を鳴らしながらおれに頬を擦り付ける。
珍しい。
特に今日は何もなかったと思ったが……ジャックからも九里の真打ちとギフターズとの顔合わせだけだと聞いているしな。
しかもいつもより心做しか甘え方が激しいような……
すりすりと頬を寄せる姿は可愛らしいが、何かあったんじゃねェかと髪に唇を寄せて宥めながら背を撫でた。
「待て待て、何かあったか?」
「ん……私ってよりはキングが」
「おれが?」
「……ジャックくんが、キングが私との時間を邪魔されて機嫌が悪いって言ってたから」
あンのズッコケジャック……!
気が利くなんてレベルじゃねェだろうが……!
思わず出そうになった舌打ちを抑えていると、心配そうにこちらを見上げる名前がおろおろと視線を動かす。
確かにクソガキ共が狙ったかのように名前を連れて行くことが多かったから機嫌が悪かったのは確かだ。
あのクソガキ共焼き殺してやろうかと思うくらいには。
「それで?それを聞いてお前はどうしようと思った?」
少しくらいの意地悪は許されるだろう。
髪を梳くように撫で、肩口に顔を埋めて首筋に吸い付く。
情事を思わせるように腰に腕を回し、寝間着の裾から手を這わした。
尻尾の付け根を毛並みを逆撫でるようにすれば「うひぃ」と色気のない声を上げて尻尾をぴんと立てる。
なんだかんだご無沙汰だったんだ、このくらいの意地悪は許容範囲のはずだ。
乗ってくればラッキー、ここで拒絶しても予想通りと言えば予想通り。
さあどう答えるか。
可哀想なくらい顔を赤くして耳を垂れさせた名前が意を決したように口を開いた。
「……す、する……?」
……こいつは、本当に、ああもう。
とっくに生娘ではないし、なんなら三十路だっていうのに、この初々しさ。
恥ずかしそうにやっぱ今のなし……と両手で顔を覆うなまえ。
いや、そこまで言ってなしになるわけねェだろ。
顔を覆う手を掴み、真っ赤になっている名前をまじまじと見つめる。
唇を重ねればぎゅっと目を瞑っているものの大人しく受け入れた。
掴んだ腕をおれの首に回せばおずおずと力を入れ、唇に舌を這わせれば控えめに口を薄く開く。
開いた唇の隙間から舌を入れて引っ込んで逃げようとするそれに絡ませながらおれより小さい体をベッドに押し倒した。
待ったは聞かない。
聞く必要がない。
散々いじめ抜いていれば夜も更け、空が白み始める。
ぐったりと力が抜けた名前が何か恨み言を吐いていたような気もするが、最初に煽るような真似をしたのはこいつなので黙殺して名前に腕を回し、束の間の微睡みに身を任せた。
「……姉御」
「……なに」
「いや、あー……」
「……」
「……」
「……」
「おれが言った手前で悪ィんだが、大丈夫か?」
「大丈夫に見えるんなら医者のところに連れて行こうか?」
「すまねェ……」
心做しかよろよろと歩く姉御に声をかければ何言ってくれたんだてめェと言いたげな視線が向けられた。
兄御たちのように八つ当たりで手は出ないが、視線が全てを物語っている。
反対にさっき擦れ違ったキングの兄御は機嫌が治っていた。
どんなに疎くても何があったなんて察しがつく、つきたくなかったけどな。
カイドウさんからはキングの兄御と名前の姉御のアレコレに口を出すなとふたりには内密に話が構成員のほぼ全員に伝達されているとはいえ、あー……これは露骨にわかりやすい。
いつもよりきっちり羽織られている姉御の外套の裾から覗く尻尾は少々不機嫌そうに揺れている。
触らぬ神になんとやらだ、何もそこに突っ込まねェでおこう。
と、思っていると兄御たちのいる部屋から激しい音が聞こえた。
姉御と顔を見合わせて振り返れば部屋から弾き出されるように転がるクイーンの兄御。
「ちょっとからかっただけじゃねェか!!図星だからってすぐ殴んじゃねェ!」
「うるせェ殺すぞカス野郎」
「殺る気満々だなァおい!!……あ、名前ちゃん!名前ちゃんからも言ってやれよ!大の大人が夜の事情をつついたくらいでブチ切れんな……って……」
こちらに気づいたクイーンの兄御が姉御に声をかける。
しかし、不自然に言葉が途切れた。
クイーンの兄御の視線の先は名前の姉御。
あ、と固まったクイーンの兄御の視線におれもキングの兄御も釣られる。
その先には、姉御が顔を真っ赤にして涙目でぷるぷると震える姿が。
……あ、これ死んだ。
主に、クイーンの兄御が。
どう見ても今にも泣き始めそうな姉御を見て、キングの兄御が黙っているはずもない。
無言で足に炎を灯したキングの兄御が容赦なくクイーンの兄御を蹴り上げた。
「ぎゃああああああ!!今ガチで殺す気じゃねェか!!」
「殺すに決まってんだろ能無し野郎!おれの名前を泣かせやがって!!」
「元はと言えばお前が原因だろうが!いつも通りさらっと惚気んな!!」
「うるせェ死ねカス!!」
「あ、姉御……」
「ぶえええええん……!」
酷い。
あまりにも酷い惨状だ。
兄御たちを止めればいいのか、姉御を泣き止ませればいいのか。
いや優先順位は圧倒的に姉御だ、ほら見ろ、蹲っちまった!
城内だってのに兄御たちはそれぞれブラキオサウルスとプテラノドンに姿を変えちまうし、その騒ぎを聞きつけたやつらがどんどん巻き込まれていく。
おれに止めろって?
おれもこれに加担してねェとは言い切れねェから……悪ィな。
やってきた女性陣は察したのか、名前さん!名前さんは悪くないですから!デリカシーのない男が悪いですから!と口々に慰め、その言葉がおれたち大看板に刺さった。
さらに飛び六胞のうるティもやってきて「名前を泣かせたクソ野郎はどの大看板だァ!!」と参戦する始末、最早恐竜大戦争。
姉貴を追いかけてきたページワンはそのまま黙って姉御の背を擦る。
「……お前ら元気だな」
この騒動を沈めたのは乱闘を起こしているキングの兄御とクイーンの兄御、それからうるティに雷鳴八卦をちょこっとだけ手加減したカイドウさん。
酷い、あまりにも酷い。
べしょべしょに泣いている姉御はやってきたブラックマリアに「男なんて甲斐性なしばかりなのよ。甘いものでも食べに行きましょう」と慰められながら回収されていった。
おれ?おれはよォ……この後ピンピンしている兄御たちにとっちめられたんだがそんな理不尽いつものことだろ。
名前
狼のミンク族と人間のハーフ。
ジャックとなんちゃって恋愛相談みたいな話をしたらとんでもねェことになった。
ある種被害者。
キング
名前と一緒に話をしていると横からうるティとページワンにルーヴをかっ攫われていく頻度が多くて本人も自覚するくらい機嫌が悪かった。
いつもより増している甘えっぷりに何事かと思ったけれど据え膳食わぬはって言うしな。
クイーンにからかわれてキレた、そのまま過去一、二を争うレベルの乱闘になった。
ちょこっとだけ手加減したカイドウの雷鳴八卦を食らったけどピンピンしている、そういう種族なモンで。
この後ジャックにいろいろ含めて八つ当たりする。
クイーン
からかったらブチ切れられて近くにいた名前に声かけたら泣かれた。
ちょこっとだけ手加減したカイドウの雷鳴八卦を食らったけどピンピンしている。
この後ジャックに完全な八つ当たりする。
ジャック
なんちゃって恋愛相談みたいなことしたらどうしてこうなった。
キングの不機嫌さをどうにかしたかったのは本当。
圧倒的被害者な苦労人。
うるティとページワン
名前がちっちゃくなった件で庇われたことで好感度急上昇、特にうるティが。
ページワンは姉貴とはまた違ったお姉ちゃんだなって思っていたし無理にかっ攫う必要はないんじゃ……とは思っていた。
恐竜大戦争に参加したうるティとなまえを慰めることを即決したページワン。
カイドウ
だから男女の、特にキングと名前については口出すなとあれほど……今日も酒がうめえ。