「はい、じゃあ的に向かって構えてー」
「ねえ!ねえちょっと姐さん!!的っておれ!?」
「何言ってんだお前は的じゃなくて人質役のお手伝い」
「それにしては的近くない!?なんで拘束されてんの!?これ海楼石じゃん!!お手伝いじゃないじゃん!!」
「海賊に人質取られた時の想定でやるよー。外したら人質死ぬから気張っていけー。お手本これね、えいっ」
「きゃああああああああああああ!!掠った!おれに掠った!!」
「最悪人質死ななきゃオッケーだから」
今日も海は綺麗だなァ……珍しく快晴で穏やかな海だ。
ガープにまだまだひよっこの海兵たちのために訓練をしてくれないかと頼まれ、ガープが処理すべき書類を全て今日の日没までに片付けることを条件に射撃訓練の指揮を執る。
全員多少は当たるんだよ。
でもたまに外すし、海兵たるもの外したら一般市民に命の危機だから精度を上げるための訓練に移行した。
お手伝いとして一時間前にチャリンコに乗ってサボっていたクザンを捕まえたのでそのまま海楼石の鎖でぐるぐる巻きにして、立たせたところに的を置く。
全部顔の真横やら体の近く、中には海賊の腕を見立てて首のところに丸太を括りつけて的を設置した。
戸惑う海兵たちにお手本と称して懐から取り出した銃を抜いてノールックで撃てば、見事クザンの顔の真横にある的に当たる。
大丈夫大丈夫、死ななきゃ人質奪還できるから。
まあどこかの国のお偉いさんだったら傷もつけちゃいけないけどね。
甲高い悲鳴を上げるクザン、それを見て何人かが顔を青褪め、何人かはプレッシャーに負けて卒倒した。
情けねェな、お前ら海兵だろうが。
「人質らしいいい悲鳴をありがとう」
「褒め言葉!?それ褒め言葉になんの!?」
「褒めてんだよ。いやァ、私の書類業務を増やしたことになんて怒ってないよ?弟たちと飯食いに行く時間がなくなったことになんて、怒って、ねェよ?」
「怒ってんじゃん!!」
「うるせェな的が声を上げんな」
「的って言ったよこの人!!」
大丈夫、私はどこかの赤い髪の海賊団の狙撃手程じゃなくてもほとんど百発百中だから。
一般市民に怪我させたことないから。
その他はあるけど。
本当は今日射撃訓練をするんじゃなくて明日にしようと思っていた。
今日はこのクソガキがサボらなきゃ、今頃私の弟たちとご飯に行っているはずだった。
逆に聞くぞ、なんで怒らないと思ってんだ?
なんなら銃じゃなくてもいいんだぞ、愛用しているペーパーナイフがここにあってだな……
「ちなみにクザンに当てなければそこで訓練は終わりね、的に当たるまではやること」
「おれに当たったらどうなんの!?」
「未来の大将として昇級の話を上に通す」
「鬼だこの姐さん!!」
はい構えてー。
卒倒した数人はそのまま号令をかければ海兵たちはそれぞれ顔を見合わせ、戸惑いながらも構える。
クザンがやめろ思い直せ!と声を上げるけれど、今日ここでは私がルールなんだよ諦めな。
「やばかったら多少は避けてもいいよ」
「無茶振りィ……!あっ、ちょ……いやあああああああああああああ!!」
うん、いい悲鳴、まるで人質にされたか弱い女だ。
何人かが無事に的に命中させ、訓練終了を言い渡せば青い顔でありがとうございます……と言いながらふらふらと去っていく。
なかなか当てられない海兵にコツや基本を話していると、姐さん、と声をかけられた。
振り向けば、いつもより少しだけ朗らかな表情のサカズキが。
「なに?あれ、遠征じゃなかった?」
「おん……今回は、殲滅せんかった」
「ん?」
「……全員捕縛にした」
「おおー。凄いじゃん、やればできる子。偉い偉い」
「……ん」
私に報告書を手渡すサカズキの後ろに勢いよく振られる尻尾の幻覚が見えた気がする。
帽子を脱いで大きな体を屈めるもんだから、いつかのようにいい子じゃんよくやったねーと撫でれば相変わらず人質役のお手伝いをしているクザンから声が上がった。
「おれとの扱いの差ァ!!贔屓だ!贔屓!!」
「いやサボったクソガキが何言ってんの?」
「そうじゃ、日頃の行いの賜物じゃけえ」
「お前普段殲滅してるくせに威張るな」
ふんすと得意気に胸を張るサカズキとぐぬぬと歯軋りをするクザン。
ぶっちゃけ私からすればどんぐりの背比べだからな、そこんとこ間違えんなよ。
射撃訓練にサカズキも参加し、なかなか的に当たらない海兵に怒鳴り散らす姿と、訓練を終えた海兵からの報告を受けてかけつけたセンゴクが「頼むから!本物の人間を的にしないでくれ!!」と私に泣きつくまでクザンは人質役のお手伝いをしていた。
さて、弟たちとのご飯の埋め合わせはいつにしようかなァ。
忌まわしい記憶を上塗りしていく女を知っているか。
あの実験施設での出来事なんてめちゃくちゃ甘ェことなんだと思い知らされたことはあるか。
子どもの頃に会ったことのある、優しいと思っていた女が、実は海軍のガチの生きる伝説歩く厄災世界のトラウマメーカーと呼ばれていたことを知ったおれの気持ちを誰が全部理解できるのか。
子どもの頃は、それはそれは種族関係なく幼い子どもには優しい優しいねえさんのような人だったと記憶している。
それが今ではどうだ、軍艦に斥候へ出たらその姿を見つけ、柄にもなく嬉しくて声をかけようとした瞬間にあの女は容赦なくこちらにライフルの銃口を向けてほぼノールックで撃ち込んでくるんだぞ。
挙げ句の果ての言葉が。
「食えるところのねェカイドウんところの鳥じゃねェか」
だぞ!!
何もかも打ち砕かれた……憧れも尊敬も淡い恋心も全部。
つーか食われるところだった……
そりゃあ……種族柄身バレはやべェから顔隠しているし、でも背中の黒い翼と炎はそのままだし、なのに気づかねェって……いや、もしかしたらおれ以外にもおれの種族が生きているかもしれねェからそんな反応だけだったかもしれねェけど。
泣いた。
カイドウさんの部屋でさめざめと泣いた。
それからは軍艦にあの女の姿があればすぐ回れ右で船へ戻るようにしている。
している、していた!なのに!!
「カイドウがワノ国から出て何か用事?うちの部下たちがビビってっからさっさと根城に引き上げてくれねェかなァ」
軍艦から距離があるのに、カイドウさんがワノ国へ回れ右の指示を出したのに、あろうことか女はそこにいた。
酒を飲んでほろ酔いだったカイドウさんの顔色が赤から元に戻るどころか白も通り越して青くなる。
なんならその女を知らない部下はいないから全員がカイドウさんの後ろに隠れる。
おれ?おれも隠れた、なんならクイーンのカスがおれの前に出て庇うようにして、いつもなら怒鳴り合うところ大人しくしていた。
ほんっっっとうにこの女は!ほんとに!!
ライフルを担いだ女はカイドウさんの前に出ると、無表情で睨み上げる。
いっその事気絶できたらどんなに幸せか……無駄に物理的にも精神的にも耐性のある自分を恨みたい。
「おっ、おおおおおおおおおおお前クソババア何しに来やがった!!」
「は?聞いたのこっちだろさっさと答えろクソガキ」
「遠征でしたけどババアがいたので帰ります!!」
吃っていても腐っても敬語になっても四皇の一角。
けれど女には通用せず、カイドウさんはいっそ泣きそうだ。
女はふぅん……と呟くとライフルを担ぎ直す。
「ならいいや。無駄なことはしたくないしね」
四皇との遭遇と対処を無駄なことと切り捨てるイカれた冷酷さ。
プライドなんてズタズタだ、むしろそんなものこの女の前ではなかった。
こそ、とカイドウさんの後ろから女を見れば女とぱちりと目が合う。
怖いんだよなああああああああ。
四皇の大看板でも逆らえないこのプレッシャーは誰にもわからねェだろ!
こえーんだよ!!
そんなおれと女に気づいたカイドウさんが割って入るように「うちのキングをいじめんな!!」と啖呵を切る。
「はァ?」
無理だった、短い音で切り捨てられた。
すいません……とカイドウさんが丁寧に直角に頭を下げる。
あのカイドウさんが、と狼狽えるような身の程知らずの馬鹿はいねェ。
それだけこの女は恐ろしい。
舵を進行方向とは真逆へ切ったのを見て女は帰ろ、と船縁に足をかけた。
しかし、女は「あ、そうだ」と船縁に足をかけたまま振り返る。
「なんかさァ、ワノ国の名物とか積んでない?弟たちのお土産にしたいんだけど」
「……お前弟いたんだな」
「可愛いやんちゃな弟がふたりね。で、なんかない?」
なんかあったら何もしないで私は軍艦に戻る。
逆に聞きたい、なかったら何をするつもりだ……!
怖くて聞けないけどなァ!!
カイドウさんは急いで部下に持ってきたモン集めろォ!と指示を出せば、部下たちはいくつかの積荷を持ってきた。
女はヤンキー座りをして何か物色すると、いくつかを手に取る。
ワノ国で作られた精巧な簪、象られた花はそれぞれ蘭と竜胆だったか。
「じゃあこれもらうわ。ちゃんとまっすぐワノ国に帰れよ」
「言われんでも帰るわ!!」
大切そうにそれを懐にしまい、女は立ち上がると船縁を蹴って高く跳び、月歩を使って軍艦に戻った。
弟に簪を土産にするのはどうかと思う、言わねェけど、いい子だから言わねェけど。
「……いや、海軍なのにやり口が海賊じゃねェか!」
我慢しきれずに叫んだクイーンの言葉におれを含めた全員が勢いよく首を縦に振って頷いた。
海軍……?海軍ってなんだったか……
海軍のおねえさん
ちょうどいいお手伝いがいたんだよサボっていたから引っ捕まえてきたよ。
ガチの生きる伝説、歩く厄災、世界のトラウマメーカー。
小さな子どもには優しいし、どんな子どもでも庇護下にあると思っている。
弟がふたり、それぞれ花の名前だとか。
クザン
サボっていただけなのに……
おかしいな?おれ大将だよな?
サカズキ
ほら姐さん!今回は殲滅じゃなくて捕縛じゃ!
褒めろ褒めろ!
キング
まだ幼い頃におねえさんと会ったことがあるし優しいねえさんだなって思っていたけど成長して出会ったら容赦なくライフルぶっ放された挙げ句食えねェ鳥と言われた。可哀想。
カイドウ
うっ、古傷の足の小指が疼く……!
なんなら吐きそう……!
クイーン
やることが海賊じゃねーかあのババア!!