「中将、本当に何もしないのですか?」
「勝手に自滅してくれたらいろんな手間が省けるじゃん、船長の癇癪で自滅なんてさ。はは、ウケる」
「中将、ウケると言う割には顔が笑ってません。鉄仮面です」
「珍しく笑ってんだろよく見ろよこの表情筋を」
「中将、ところでその書類はなんですか」
「これ?この前天竜人ぶん殴った時の始末書ならぬ反省文」
「中将、多分逆です」
「おいクソババアァァァァァ!!てめェも海軍ならママの食いわずらいを止めろォ!」
「アプフェルシュトュルーデルを寄越せェェェェ!!」
「いやでーす。つーか何言ってんだあのババア」
今日も海は綺麗だなァ……なんか目の前のでっけー船の上で四皇が癇癪起こしているけど。
そんなことより反省文書かないと。
五老星もうるせェんだよ、建前だけでもってさ。
あー忙しい忙しい。
船内で書類業務をするのも飽きたので、気分転換に甲板で書類業務。
空は青いなァ……いい天気。
ちょっと離れたところでは四皇のババアが自分の船で癇癪起こして暴れているけどさ、大丈夫大丈夫、センゴクがサボったクザンを怒鳴りつける時の雑音と一緒。
あ、船内の鏡は割るか海楼石で封鎖しておけよー。
向こうに厄介な能力者いるからな。
まあ指示出す前に私の部下たち有能だからもうやってるけど。
一番近くの鏡の中から「あのババア!!海楼石なんて姑息な真似しやがって!!」と声は聞こえた。
お茶です、と気が利く部下にありがとうと声をかけ、コーヒーの入ったマグカップ片手に反省文を進める。
「わがままなクソガキには暴力が一番躾にぴったりですっと」
「天竜人をクソガキで済ますのは中将だけです」
そォ?ガープなんかめちゃくちゃ目に見えて嫌ってんじゃん。
知ってる?ガープは大将が天竜人直属の部下に当たるから大将の話を蹴り続けているけど私の大将への昇進は天竜人が拒否してるからなんだよ。
天竜人全員ストレスで胃に穴が空いて死ぬからってさ、胃に穴が空いた程度で死ぬなよ情けねェな。
ちなみに処置が遅れれば命の危機らしいよ。
部下に言えば存じ上げておりますと遠い目をしていた。
ところでアプフェルシュトュルーデルって何?ああ、さっき立ち寄った島で自分と部下のおやつと弟たちのお土産にもらったお菓子のことか。
なんかこれで今日の分は最後って言われたな。
海楼石の合間を縫って鏡からこちらへ飛んできたクソ硬い餅をペンで弾き、一度それを持つ手を止める。
「何すんだクソガキ、インク垂れたら書き直しじゃねェか」
「ペンで弾きやがったババアが何言ってやがる!!」
「反省文でも一応書類なんだよ上司に提出するなら液だれしちゃよくねェのわかるだろ、見た目大事」
「わかりたくもねェな……!!」
書類は無事、書き進めて問題なし。
まあ近くの島に被害が及ぶと判断すれば止めるよ、沈めるよ、ビッグ・マムの船を。
本人は止めない、そのまま自滅してくれればいいのにね。
鏡の向こうには私に餅を投げてきたクソガキの他にも鏡の能力者やきょうだいがいるのか、「この人でなし!!」「お前も海軍の姉ちゃんなんだろ!?」「親が暴れて子どもが困っているのに!!」「人の心がねェ!!」と口々に叫ぶ。
いや私を姉ちゃんって呼んでいいのは弟たちと海軍の弟分と妹分だけだから、海賊なんて以ての外。
「まあでもあの船近くの島から離れる方向に進んでいるし、潮の流れも遠ざかるだけだから放置でいいでしょ」
「わかりました。本部へ舵を切ります」
「驚かねェぞ……見えたから驚かねェぞ……!」
「じゃあ私がこのままその鏡割っても驚かないね、えいっ」
「ぎゃあああああああ!このクソババアやりやがったああああああ!!カタクリお兄ちゃんなんとかしてェ!!」
甲高い女の悲鳴。
持っていたペンを鏡の中心に投げれば鏡に綺麗な罅が蜘蛛の巣状に入った。
これでよし、餅も飛んでこない。
というか食いもんで遊ぶな。
あっやべ、ペン投げちゃったわ。
と思っているとすぐに新しいペンを部下が用意する。
いやー気も利くし手際がいいよね、見聞色の覇気使えんの?え?使えない?そっかァ。
相変わらずよくわからん長い名前の菓子の名前を叫ぶババアを横目にいい天気だなァと呟いた。
普通の海兵なら四皇のママが癇癪を起こしていたら逃げるか死ぬ気で止めるかのはずだ。
それがどうだ、このイカれたババアは甲板でのんびりコーヒーを飲みながら書類をせっせと作成している。
割れた鏡からどうにかして覗けば始末書、天竜人、暴力、躾……などなど海兵が書くにしては、というか人間が書くにしてはおかしな単語が並ぶ書類じゃねェか?
おれは見たことないが、この女は自分の気分を害した相手がたとえあの天竜人でも容赦なくその拳を奮うらしい。
イカれてる。
ママとはまた違った方向で。
というかママよりやべェ。
常に冷静沈着でいる分タチが悪ィ。
「別に止めてやってもいいけどさァ、その分こっちにメリットあんの?」
部下から受け取ったらしい菓子を頬張りながら女が首を傾げる。
女のメリットとはなんなのか。
と、何か口に出そうと思った時、女の手にする皿に乗っているものに思わず目を見開いた。
「アプフェルシュトュルーデルじゃないか!!なんであんたが持ってんだい!」
「さっき立ち寄った島でもらった」
美味しいねーこれ、と頬張る姿は確信犯なんじゃないかと疑ってしまう。
ブリュレははっと閃いたように手にした鏡で本船にいるオーブンにそのまま声をかけた。
「オーブン兄さん!このババアがアプフェルシュトュルーデル持ってるよ!」
『はァァァァ!?』
「早くママに伝えて!!ついでにこのクソババア沈めてもらってよ!!」
『わかった!ママ!!あのクソババアがアプフェルシュトュルーデル持ってるぞ!』
『あのババア……!おれが食いてェもんわざと持ってたろ!!』
ママブチ切れ。
それを聞いた女は目の前でそれを全て口の中に納めると仕方ねェなと立ち上がる。
丁寧なことに、部下はわかっていたかのように書類を片していたテーブルや椅子を下げた。
女がアプフェルシュトュルーデルが入っているらしい箱を掲げる姿を見て、おれたちも急いで本船へ戻る。
いや本当にわざとらしいな。
本船に戻れば、ママはゼウスに乗って軍艦へ向かっていた。
「なァに?これ欲しいの?めちゃくちゃ美味しかったわー、弟たちのお土産にぴったりだわー」
見事なまでの棒読み。
愛用のライフルを構え、小手調べとばかりにママへ向かって発砲。
何の変哲もないただの銃弾だ。
女はそのままアプフェルシュトュルーデルの箱を抱えたまま空を駆け、ママの〝威国〟をライフルを逆持ちして何もない海の方へ弾き……いやなんでライフルで弾けるんだ。
もうめちゃくちゃじゃねェか。
軍艦に危害が及ぶのを避けたいのか、ママを素通りしてこちらの船へ乗り込む。
女の姿を見たきょうだいたちは阿鼻叫喚。
そりゃそうだ。
このババアがここに乗り込んだこと、しかもその手にはママが食いたくてたまらない菓子。
……地獄しか見えねェ。
「じゃあ止めてやるからこの船にあるお菓子一種類ずつをふたつずつ寄越せよ。弟たちのお土産なんだ」
酷い。
この要求は酷い。
海軍なのにお前は海賊か。
しかし頷くしか術はなく、おれもオーブンもブリュレも他のきょうだいたちも頷けば、女はその箱を開けた。
確かにアプフェルシュトュルーデルだ。
「なんで急にやる気になったんだ……」
「アプフェルシュトュルーデルだけよりも他にたくさんお菓子があった方が弟たちは喜ぶから」
本当に酷い。
行動原理がまさかの弟。
でもありがとう、顔も名前も知らないクソババアの弟たち。
癇癪を起こしているママに食べさせるのだって一苦労なのに、女なら大丈夫だという変な信用まであるのは、この女がやべー女だからだろうな。
思い出すのはまだおれたちがガキの頃、やはり今のようにママが食いわずらいを起こし、その場にいたこの女が海兵の寿命を引き抜いていたママの横っ面を引っぱたいてその口に目当ての菓子を突っ込んだことがあるからだ。
他にもその他諸々、おれたちにいくつトラウマを植え付けたか。
……今日もママはこの後この女に引っぱたかれる、未来なんて見えなくても誰でもわかる。
「お菓子寄越せェェェ!!」
「言われんでもその口に突っ込んでやるよババア。っらァ」
ゼウスから飛び下りたママが甲板に着地するよりも早く、ブリュレに菓子を預けた女はライフルを逆持ちしたままそれを構え、まるでボールをバットで打つかのようにママの横っ面にぶち込んだ。
うっわ……うっわ……えげつねェ……
一応ママは四皇なんだけどな、その四皇に覇気も纏わせずにホームランってか。
見てられなくてきょうだいたちと揃って両手で顔を覆う。
ママが着地するよりも遥かに強い衝撃が船を襲い、ママが目を回して甲板に仰向けに倒れた。
女は仰向けに倒れたママの上に下りると、ブリュレに手を伸ばすのでブリュレがそれを渡す。
「親が子ども困らせてんじゃねェよクソガキ親を困らせるのが子どもなんだよ逆をすんじゃねェ」
そして宣言通り、ママの口にそれを突っ込んだ。
ママは目を回したままだったが、満足したような表情なのでとりあえずは解決か。
ほっと全員が息を吐く。
……この女が海軍じゃなくて、うちにいればありがたいんだけどな、全員ストレスでメリエンダすらできなくなるからな。
「ありがとううううううババアなんて言ってごめんよお姉ちゃんんんんんん!!」
「いやお前らにお姉ちゃん呼ばわりされる筋合いねェから」
相手は海軍だってのにブリュレは自分よりも小柄な女に抱きつくとおいおい泣いた。
はあ、と呆れたように溜め息を吐きながらも女はブリュレの背中を優しくあやす様に叩く。
それから女の言った通り、船に積んでいた菓子を一種類ずつ、ふたり分を女に渡した。
本船の隣に停まった軍艦へ菓子を抱えて飛び乗る女。
「島の近くで癇癪起こしたらマジで沈めっからな。自分の親の手綱くらい握ってやるつもりでやってろクソガキ共」
そう言い残して女は部下たちに指示を出して軍艦を海軍本部の方向へ舵を切らせた。
……まあ、感謝はしているがな。
これだけは言わせてもらおう。
「……ママの手綱なんて握れるわけねェだろうが!!」
それな、ときょうだい全員が頷いた。
海軍のおねえさん
天竜人殴ったくらいで反省文書かせんなよめんどくさいな。
四皇の癇癪をウケると言いながら顔は鉄仮面。
アプフェルシュトュルーデルは美味しかった。
たくさんお菓子ゲットしたからお土産たくさんでほくほく。
止めた理由?親が子どもを困らせるモンじゃねーじゃん。
シャーロット・カタクリ
感謝はしている。
普段なら尻尾巻いておねえさんから全力で逃げる最高傑作。
シャーロット・ブリュレ
ババアって言ってごめんよお姉ちゃん!
普段なら泣きながらおねえさんから全力で逃げる。
シャーロット・リンリン
アプフェルシュトュルーデル食べれて満足。
おねえさんの部下さんたち
特別な訓練を意図せず受けてます。
アプフェルシュトュルーデル
調理したリンゴをシュトュルーデル生地で巻いたお菓子。