元同僚と成り行きで同居しているんだけどわがままなガキにしか見えない件について誰か教えてくれ

メインエンジニアの直美とエド、それから局長は新しいパシフィック・ブイへ赴いた。
いやね、いろいろあったわ、ほんと。
私は八丈島に残って崩壊してしまったパシフィック・ブイの後始末。
海中で作業もできて、尚且つ生きているサーバーや無事なデータがあった時に新しいパシフィック・ブイへ転送できる職員ってことで週五で海に潜っている。
家族の別荘は家族へ連絡をしてとりあえず作業が完全に終了するまでの住まいになった。
……ただ、私だけじゃないんだけどね。
なんか連日海に潜り過ぎて髪が変色したような気がする。
そんな私を見兼ねたのか、最近では同居人が私が風呂から上がると待ってましたとばかりにめちゃくちゃ髪のケアするんだよ。
ヒモじゃない、私のパソコン使ってなんかクラウドソーシングでお仕事してるの、なんかウケる。
そういやこいつグレースだったわ、正直めちゃくちゃ大人の女性だし肌綺麗だし普通にメイクしてたわ。
今日は休日、と言っても八丈島の郵便局に局留めしている郵便物引き取りに行ったり、買い出ししたり、愛車の水上バイクのメンテしたり、なんだかんだ充実している。

「俺も運転したい」

「免許なきゃさせない」

「いいだろバレなきゃいいんだから!!」

「やだ」

「やだがやだ!!」

クソガキかよ……
マジであの大人っぽいグレースなんだったんだ。
丁寧に編み込んでいたコーンロウはどこへ、少しウェーブがかかる髪を後ろで括った男が私の足にしがみついて「じゃあ後ろ乗せろ!!」と駄々を捏ねる。
こいつ細身のくせに力強いんだけど。
カーテンレールにかけていた私物のドライスーツを手にすれば、俺もー!と相変わらずの駄々っ子。
こうなると聞かねえだろうな……
はー、と息を吐いて男にしがみつかれたまま押入れまで向かった。
確か、家族が来た時に着るウェットスーツかドライスーツがあったはず……父さんのじゃでかいか、なら姉さんのだな。
ほら、とドライスーツを渡せば頬を膨らませていた男は目に見えて機嫌が治り、最初からそうしろよな、なんて言いながらいそいそと準備を始める。
ライフジャケットも二枚出して渡せば素直にそれに腕を通した。
私もドライスーツを着てライフジャケットを重ね、貴重品をウエストポーチに突っ込んで水上バイクのキーを手にする。
この別荘の前からは砂浜へ向かう道があるし、そこも所謂プライベートビーチみたいなもんだ。
はよしろと声をかけ、男が家から出るのを見てマリンブーツを履いて家の鍵を閉めた。
砂浜への道を歩きながらスマートフォンは防水ケースに入れて首からかける。
水上バイクに乗っている間にどっかに行かないようにライフジャケットの下へ入れた。
空は快晴、海も荒れてない。
クジラとかイルカは運が良ければ見られそうだ。
髪も簡単に纏め、サングラスをかける。

「ほら」

もう一本、男にサングラスを渡すと大人しくそれをかけた。
グローブもしっかり着けて、水上バイクが沖へ流されないように括っていたチェーンを外す。
石なんかがスクリューのところに入っていると故障の原因になるから念の為水上バイクを揺らし、準備ができると男はテンション高めに水上バイクに飛び乗った。
いや身軽だな。
脳内でグレースの姿がこんな動きしてるとなんか面白い。

「早くしろよ!」

「あーはいはい」

少しだけ浅瀬から沖へ向かって水上バイクを押し、私も水上バイクへ上がる。
エンジンをかけると、男は躊躇いもなく当然のように私の腹に腕を回した。

「お前俺が一緒に出かけないかって誘った時何してたんだよ」

「あー……あん時?」

沖へハンドルを向け、風を切りながら海上を進む。
あれか、グレースが休みが一緒だから出かけない?って誘った時か。
そりゃね、家族が来ていたから姉さん乗っけて走ってたわ。
それから妹、最後は姉さんと妹を乗せて。
この水上バイクは三人乗りだから久しぶりに会った姉妹で遊ぼうって海上を走ってたんだっけな。
父さんは自分の水上バイクをわざわざ本土から持ってきていたから父さんと並走していた。
それを男に伝えれば、男は私の肩に顔を乗せてふーん……と含みのある声を漏らす。

「埋め合わせくらいしてくれたってよかったじゃねえか」

「そんな仲だった?」

「仲だっただろ!薄情者!傷ついた!!」

嘘つけ。
つーか耳元で騒ぐなうるせえ。
何か言ってやろうか、と思った時に水面下で動く影を見つけて水上バイクのスピードを落とした。
急に止まると勢い余るからゆっくりね。
水上バイクがスピードを落としたのに気づいた男が怪訝そうな声を出したので、そこ、と海を指差せば男はその方向へ向く。
すると、大きなクジラが水面から跳び上がった。
太陽の光を反射する水滴、逆光で虹のように輝いて、まるで一瞬時が止まったかのような感覚に陥る。
大きな体で軽々と宙を舞ったクジラが水面を叩きながら海へ戻れば、その衝撃で生じた大きな波が水上バイクを揺らした。

「すっげー……」

感嘆の声を零しながら男は私に回している腕に力を入れる。
時期的にそろそろクジラたちも八丈島から離れる頃か。
確か、冬は暖かい海で繁殖や子育てをするために八丈島近海にやってきて、夏は餌が豊富な冷たい海で生活をする。
そろそろ初夏に入るから、多分今日見られればラッキーだった。
波に水上バイクがさらわれないように操作しながらクジラから距離を取る。
ぽかんとクジラに見入っている男に埋め合わせになったでしょ、と言えば私の肩に顔を埋めて小さく「うん」と頷いた。

 

「なんで俺置いて買い物行ってんだよ!!」

「寝てたじゃん」

「起こせ!!」

「起こしたらなんで起こしたってキレんじゃん」

「キレねーよ!!」

「もう既にキレてるくせに何言ってんだお前」

煙草を口にして台所で夕飯の準備に取りかかる女に文句を言えば、女は呆れたような顔をした。
成り行きだ。
女に助けられた、俺はそのまま女の別荘に身を置いている。
女は直美や局長と新しいパシフィック・ブイに向かうのかと思えば、このまま八丈島に残って爆破されたパシフィック・ブイの後始末をしているんだと。
ヤンキー上がりでよくICPOの施設にサポートとはいえスタッフになれたもんだ、さすがに新規で立ち上げるスタッフにはなれなかったらしい。
毎日毎日、海に潜ってパシフィック・ブイの解体作業、それから引き上げられたサーバーの解析。
週休二日だから週末は休み、よく愛車って言ってた水上バイクのメンテをしたり、買い出しに行っている。
俺は女のパソコンを使って、クラウドソーシングでエンジニアとしての仕事を受注していた。
偽名でもできるもんなんだよな、振込先の口座は女の口座だけど。
俺の口座はグレースの名義だし、さすがにもう使えねえ。

「ほらお土産、これ食べて大人しくしてて」

煙草に火をつけた女が俺に何か手渡す。
……サブレ。
菓子食って黙ってろって?
えっ、俺クソガキって思われてる?
この島のお土産といえば、なものに呆けていれば女は俺に背を向けて夕飯の支度を再開した。
煙草吸いながらやるなよとか、子ども扱いするなよとか、いろいろ言いてえんだけど。
大人しくサブレの袋を開け、中身を口にして近くの椅子に座る。
ずるずると、女が何も聞いてこないこと、詮索しないことに胡座をかいてここにいる。
なんなら態度も変えないで、俺に誰だと聞くこともなく接しているし、正直こいつが何を考えているのかわからねえ。
……多分、何も深く考えてないんだろうけど。
じゃなきゃ俺を後ろに乗せて海を走らねえだろ。
わざわざなのかどうなのか知らない、クジラが見られるところまで行くんだから、マイナスな印象はない……多分……おそらく……きっと……

「肉がいい」

「昨日肉だったから今日は魚」

「刺身、寿司」

「素人がそんなもんできるわけねーだろ、焼き鮭」

「洋風がいい!」

「マジでてめー手伝いもせずに言うだけなら飯抜くぞ」

おっと、これ以上言ったらやばそう。
こちらを振り返らずにドスの効いた声で言葉を口にした女の後ろにそろそろと忍び寄り、小柄な体を見下ろした。
煙草の匂いが鼻を掠める。
ここにいるようになってそこそこ過ぎるけど、女から煙草の匂いがしない時の方が少ないんじゃないかと思うんだよな。
煙草咥えて車に乗って港に向かうし、煙草咥えて帰って来るし、ちょっとした時もほとんど煙草咥えている。
今もほら、半分くらいまで煙草が短くなったらそれを灰皿に押し付けた。
小さな鍋を煮立たせ、そこに豆腐を入れて出汁と味噌を入れる。
その傍らグリルには鮭の切り身を俺と女の分二枚を置いて火加減を確認し、作り置きしている煮物を冷蔵庫から出した。
思ったよりも手際がいいっつーかなんつーか。

「……手伝う」

「箸出して」

「おう」

「ご飯は冷凍のやつ電子レンジでチンするからそれでいい?」

「うん」

パシフィック・ブイでは女が料理するなんて知らなかったな。
休日はパシフィック・ブイにはいなかった、多分いつもここに帰ってきていたんだと思う。
別荘って言う割には私物多いし、ベッドは全く埃っぽくなかった。
冷蔵庫の中身も少なくはあるが新しいものがほとんど。
ちゃんと電気も通っていて、誰か住んでいたのかって思うくらいには生活感がある。
女に言われた通りに居間にあるローテーブルに箸を並べ、俺に気を遣ってかスプーンやフォーク出していいからと声をかけた。
……おっぱいのついたイケメンだと思ったけど実は家庭的ないい女なのでは?
は?好きなんだが?
鮭の香ばしい匂いがする頃になると、女はラップで包んで冷凍していた白飯を電子レンジに入れて煮物を皿によそって居間にやってくる。

「洋風がいいなら明日はパスタとかにする?」

「する!」

「元気な子どもか」

うるせーな!いいだろテンション高めでも!!
女の好みなのかパシフィック・ブイではスタッフに合わせて洋食が多かったからなのか、この家で女が作るのは和食だ。
いやどれも美味いんだけど!
はー、水上バイク運転できるイケメンで飯作れるいい女って最高では?
結婚したっけ?いや今結婚した。
座ってなよ、と、女は俺に声をかけて台所に戻った。
……なんか、これからのことどうするかって思ってたけど、俺ずっとこの女と一緒がいい。
男女の仲とか、そういうのはいいから一緒がいい。
ありのまま、グレースでもピンガでも、こいつは俺を正面から見てくれる。
電子レンジの音がして少しすると、トレーに白飯と味噌汁、茶を乗せて女が戻ってきた。

「テレビつければ?」

「面白いのやってねーから別にいい」

「時間的にバラエティーばっかだしね」

あまりバラエティーは進んで見ないらしい女は行儀よく座っている俺の前にトレーに乗せていたものを置いて俺の向かいに腰を下ろす。
いただきます、と手を合わせた女を真似て俺も手を合わせて飯に箸をつけた。

「うっま」

「それならよかった」

少しだけ穏やかな表情を浮かべて女は味噌汁に口をつける。
会話は別になくていい。
共通の話題の方が少ないから。
女は何も聞かない、バックドアの件も、レオンハルトの件も、全部局長辺りから聞かされているはずなのに。
きっと聞けば「今さら何言ってんだお前」って顔をするんだろうな。
明日も女は休み、なんなら日によっては海が荒れているから急に休みになることもある。
天気が悪ければ女は外に出ることはなく、縁側で申し訳程度に開いた窓の前で煙草を口にしてぼんやりしているだけ。
そんな女の近くに寄り添って、同じようにぼんやりしているだけでも、何もかもなくなった俺には十分だ。

「デザートに果物買ってきたけど後で食べる?」

「食べる!」

きっと傍から見たらヒモだし、なんならただ世話されてるガキかもしれないけど、時間が許す限りは女と一緒にいたいと、強く思う。


元サポートスタッフの女の子
新しいパシフィック・ブイへ、なんてことはなく後始末をするために八丈島に留まった。
まあ自分はヤンキー上がりで問題児でしたからね、呼ばれないとは思ってましたとも。
海に潜るのは好きだし、都会と違って比較的穏やかな今の環境は気に入っている。
元同僚の現同居人はクソガキかよ、と思うことはあるけど別に何かされたわけではないからそのまま好きにさせている。
知り合いの島民にピンガのことを彼氏?って聞かれたらそんなもん、と答えていたりいなかったり。
というか最早ママ。

ピンガ
女の子のところでわがまま言いながら伸び伸び過ごしている。
女の子にいろんなものを情緒含めぐちゃぐちゃにされてからクソガキムーブで居座った。
ちゃんとお仕事はしている、匿名もしくは偽名でクラウドソーシングでエンジニアのお仕事。
低単価の仕事は「クソかよ!」って思いながら蹴って高単価しか受けてない、エンジニアとしての腕はもちろんとてもいいので引く手数多。
女の子のことは異性として好きを通り越して人としてめちゃくちゃ好き。
俺結婚してたわ。

2023年8月5日