詐欺師が弱視だった話

ベッドの上で、辛そうに大きな体を丸めて蹲る姿を見るまで確信が持てなかった。
天谷奴さんはオッドアイだ。
虹彩異色症、ヘテロクロミアともいう。
左目は綺麗な澄んだ緑、右目は黒と言うにはもの足りない灰色。
医学に関して知らないことだらけなのだけど、オッドアイの時点で気づくべきだった。
外に出る時は必ずサングラスをかけている。
昼も夜も関係ない、外されるのは室内。
私の家に来ると必ず照明を暗くするのもそうだ。
なんで暗くしたのか聞けば「その方が雰囲気あるだろ?」と誤魔化されたし天谷奴さんのことだから深く考えなかった。
天谷奴さんの暮らす家では間接照明で、私の家ほど明るくはなかったし、毎回毎回同じこと言うから天谷奴さんが来る日はいつもより薄暗くするのが習慣になっている。
それから夜を共にする時、窓に背を向けているか布団を頭まで被っているか。
たまに私の胸やら腹やらに顔を埋めていたっけな。
そう考えるといろいろと気づくタイミングはあったはずだ。

「あ……ごめ……」

何か言わなきゃ、でも喉が引き攣って声がうまく出ない。
勢いよくカーテンを開けるんじゃなかった。
震える手でカーテンを閉めて、ベッドに歩み寄る。
手を伸ばせば届く距離だけど、安易に手を伸ばしてはいけない気がして動けない。
はあ、と天谷奴さんが深く息を吐いた音がやけに部屋に響いた。
むくりと大きな体を起こし、手で目を覆ったまま私に手招きをする。
表情が見えないのが怖い。
恐る恐るベッドに乗り上げて膝立ちになると、そのまま片腕で抱きしめられた。
天谷奴さんが私の胸元に顔を埋めるような形になり、素肌に髭が触れてなんだかこそばゆい。

「……ちょっと痛かったわ」

「ごめん……」

「おじさん大分傷ついたなァ」

「……ごめんなさい」

「……冗談だよ冗談、お前が泣きそうになんなって」

顔を上げていたずらっ子のように笑うところに胸が痛む。
右目の瞼が上がりきってない、ということはやっぱり右目は強い光に弱いんだ。
手を伸ばして右の頬に触れ、親指で右目の下を撫でる。
何度か撫でているとそれを受け入れてくれるように目を閉じた。

「見えてるの?」

「明る過ぎると見えねえんだよな」

「こっちだけだよね?」

「おう。左は普通」

「どう見える?」

「あー……目の前で常にフラッシュ焚かれるみてえな」

「うわ」

それは……なかなかしんどいやつ……
言葉に詰まっていると、天谷奴さんは喉でくつくつ笑って私に腕を回したままベッドで倒れ込む。
ちょっと待って何か言って!
天谷奴さんを押し倒す形になって、自然と顔に熱が集まるのを感じた。今絶対顔赤い!

「もう一眠りしてぇなァ」

「いや起こしに来たんだから起きてよ」

「どこかのねーちゃんがカーテン勢いよく開けっからなァ」

「ぐ……」

「……真面目だなお前。おじさんの二度寝に付き合ってくれよ」

「……少しだけ、ね」

どうせ今日は予定のない休みだし、だらだらただ時間を過ごすのもたまにはいいのかもしれない。
今の体勢は私の精神衛生上よろしくないので隣に並ぶように変えた。
カーテンは朝陽を案外簡単に遮断する。
薄暗い中でも天谷奴さんが目を細めて笑っているのが見えた。

2023年7月25日