詐欺師の誕生日を祝う(2021ver.)

目を開けると外はまだ真っ暗だった。
枕元に置いてあるスマートフォンを手に取れば日を跨いでいることと、真夜中であることを示している。
今の姿勢が落ち着かなくてもぞもぞと身を捩っていると、咎めるように腰に腕を回された。

「あんまり動くなよ……」

眠れない、と言外に訴えるもんだから動くのを止め、回された腕の中に納まる。
冷たい足が暖を取るように絡められ、湯たんぽ代わりとでも言うように腕の力が強くなった。
今夜は珍しく雪がちらついている。
明るい時間は雨だと思っていたのに、いつの間にか雪に変わっていた。
そりゃあ湯たんぽ代わりにされるわ。
私が湯たんぽ欲しくなる。
飼い猫も珍しく寝床ではなく電源の切った炬燵の中で眠っていたぐらいだ。
背中を向けたままだとなんか物足りなくて、またもぞもぞと体勢を直す。
向かい合う体勢になって、目を閉じる彼の顔をじっと見た。
室内は薄暗くてはっきりと見えないけれど、そこまで寝苦しくはなさそうだ。
手を伸ばして右目の傷に触れる、癖っ毛に触れる、整えられている顎に触れる……繰り返していると鬱陶しそうに手を捕まえられた。

「あんだよ……ねみーんだよ俺は」

「うん」

「……」

「あのね、まだ言ってなかったんだけどさ」

日付は変わってしまったけれど、言おう言おうと思ってまだ言えてなかったんだけれど。

「生まれてきてくれてありがとう、零さん」

ほんの数時間前は一月二三日。
零さんの誕生日。
言いたかったいくつかの言葉のうち「おめでとう」は伝えられたけれど、それはまだ伝えられてなかったから。
眠そうにしていた目をぱっちりと見開いて、色の違う両目で私の顔を見ると零さんは大きく溜め息を吐き、それからさらに私の体を抱き寄せた。
苦しい。
肩口に顔を埋めた零さんの息遣いがダイレクトに伝わってくる。
何か言いたげな、そんな感じ。
二回目、また大きく息を吐いて、それから大きく息を吸う。

「……ありがとう」

噛み締めるように言うもんだから、大きな背中に腕を回してあげると応えるようにさらに強く抱きしめられた。
お誕生日おめでとう零さん、生まれてきてくれてありがとう。

2023年7月25日