詐欺師が口紅を選ぶ

「あっ、新色出てる」

名前が口紅の並ぶコーナーに立ち寄った。
そういうのに興味がないのかと思った日もあったが、そうではないらしい。
ごめんちょっと待って、とテスターを手に名前は色を見比べていく。
淡い色、鮮やかな色。
化粧品を手に取る姿はあまり馴染みがないからかどこか目を引いた。
今日唇に引いているのは淡いピンク。
意識して控えめにしてるわけではないだろうが……たまには思い切ればいいのにと思う。
淡い色を2種類手にしてどちらにしようか悩む名前の後ろから手を伸ばし、ひとつ、目を引く色のテスターを手に取った。
念の為、自分の手の甲で色味を確かめて商品を手にし、それから名前が持っていた2種類の淡い色とテスターは元に戻す。

「俺からのささやかなプレゼントな」

「え」

「会計してくるからいい子にしてろよ」

ぽかんとしている名前の頭を撫で付け、その場に残してレジへ足を向けた。
所謂プチプラコスメだが、色は悪くない。
すぐ封を切るつもりなので会計を終えてそれをポケットに突っ込んで名前のところへ戻る。
少し離れたところで別の化粧品を眺めていたが、俺に気づくとゆっくりとこちらへ近づいてきた。
困惑を隠しもしない表情、かつ怪訝そうに俺を見上げる。

「ほら」

ポケットから口紅を取り出し、さっさと封を切って名前の手の上に乗せた。
キャップを開け、軸を回して中身を出せば真っ赤なそれが姿を見せる。
今名前がしている色よりも鮮やかな赤。
淡い色が似合わないわけじゃない、が。
自分の好む赤を唇に引かせてみたいと思うのは男の性みたいなモンだろう?
そのままの場所でやるのは店側に悪いと思い、まじまじと赤い口紅を見つめる名前の背を押し、人通りの邪魔にならない通路の端へ寄った。
そこで名前の手から口紅を取り上げ、俺へ顔を向かせるために顎を掬う。
何が起きてるのかわかってない惚けた表情は本当に敏腕刑事なのかわからなくなるな。
くつくつと喉の奥で笑いながら、淡い色を塗り替えるように鮮やかな色を滑らせた。
……悪くないな、似合ってんじゃねえか。
もう一度名前の手に口紅を持たせ、それから今度は名前の鞄に手を入れて化粧ポーチを取り出す。
さらにその中から鏡を取り出し、名前に向けた。

「わ……発色すご……」

「いつもの淡い色も似合ってるが、そういう鮮やかな色も似合う」

「ほんと?あまり鮮やかな色は似合わないと思ってたから……」

「現に似合ってんだよ。この俺が保証してやる」

似合わねえわけねえだろ、俺が選んだんだから。
天谷奴さんの保証なら大丈夫だね、と名前が笑う。
俺の保証は詐欺師の保証だけどいいのか、言いかけた言葉を飲み込み、名前の肩に腕を回した。
今はただの男と女のデートみてーなモンだからな、野暮はなしだ。
機嫌がいい名前があれこれと言葉を並べていく。
その度に目を引く鮮やかな赤は俺の気をよくさせた。

2023年7月25日