伊武隼人と飲んで酔い潰される

ゴンッ。
そんな音を立てて、隣で飲んでいた女が顔から机に落ちた。
恨めしそうに「いたぁい……」と突っ伏したまま声が聞こえる。
酒に弱えなぁ、まだそんな飲んでねえだろ。
……ああいや、少し度の強いものにしちまったけど。
負けず嫌いが災いして俺のペースに合わせようとしていた名前の背を撫でてやった。
カウンターの向こう側にいるマスターは呆れたように肩を竦め、弱いのわかってるならあんまり飲ませんでくださいよと咎められる。
よわくないもぉん……と弱々しい声を上げるも隣じゃねえとほとんど聞こえねえんじゃねえか。

「後で部屋に連れて行きますからそのままにしておいてください」

「連れてってやろうか」

「……」

「なんだぁ、その間は」

「いえ……さすがに彼女と歳の近い男を密室に二人きりにさせるのは、と……」

結構遠回しに言うなこのマスター。
じゃねえとこんな治安の悪い町で用心棒の女とふたりで店は切り盛りできねえか。
何もしねえよと笑えば、はあ、と溜め息を吐かれた。
酔い潰れて顔をテーブルに突っ伏したままの名前からすぅすぅと寝息が聞こえる。
……こいつとうとう寝落ちた。
片方の頬がむにっと潰れちゃいるがそこそこ可愛い寝顔だとは思う。
名前の手から飲みかけのグラスを取り上げ、そのまま中身を飲み干した。
ロックのウイスキーは彼女には少し強すぎたかな。
それからしばらく、名前の髪をくしゃくしゃと撫でながら酒を飲み進め、マスターと会話をして時間を潰す。

「そういやこいつとアンタはどこで知り合ったんだ?」

「私が絡まれているところを助けてもらったんですよ。聞けば働き口を探してるって言ってたから住み込みで雇いました」

それまではひとりでふらふらしていたんだとか。
物騒だなァ。
そろそろ時間なんで店じまいさせてください、とマスターが言うので空になったグラスを渡した。
さて、割りと本気でこの寝こけている女はどうするか。
肩を揺らして声をかけても起きる気配は皆無。
マジか。
マスターはそんな名前の様子に溜め息を零すとひとつの鍵を取り出してカウンターに置く。

「階段上がって一番遠い部屋が彼女の部屋です。この老骨に彼女を担ぎ上げる元気はありませんで……」

「そうかい」

早めに戻ってこっちに顔出してから帰ってくださいよと言いながらマスターはキッチンに入っていった。
もう一度名前に声をかけ、それでも酔い潰れて寝たままなので悪いとは思いつつも肩に担ぎ、鍵を手にして店を出る。
店の横の路地から裏に周り、階段を上がって言われた部屋に向かった。
ダブルロックじゃねえのは物騒だなァ、今度ドア変えろって言おう。
鍵を開けて部屋に上がれば、女が暮らすには不便もあるんじゃねえかと思うワンルーム。
バーの賄いでもあるのか、あまり使われた形跡のないキッチン、ひとり暮らしにはちょうど良さそうな冷蔵庫、風呂やトイレ以外に区切りのない部屋にはベッドとテレビ、クローゼットが味気なく置かれている。
あまり揺らして吐かれても困るしなぁ、と思いつつそっとベッドに横たえてやった。
ううん、と唸って体勢を変える名前。

「……あんまよォ」

腕っ節が強いからって、それなりに気を許しているからって、男を前に無防備になんのはよくねえぞ。
どうせ聞こえてねえんだろうけど。
かと言って、酔い潰れた女に手を出す程落ちぶれちゃいねえ。
べしっと眠りこける名前にデコピンをすれば、さっきのようにいたぁい、と返ってきただけだった。