翠石依織の目元に触れる

存外こいつの体温は冷たいんだと思った。
いつものように定期的にうちの店に来てはキャバ嬢たちにポートレートの更新を頼まれる名前は、淡々とこなしているように見えるが楽しそうにカメラを手に取る。
誰がどう見ても人付き合いが苦手なんだとわかる物腰ではあるが、カメラマンとしての腕は確かだ。
どういう人脈かは知らねえが、あの〝CLUB paradox〟でのカメラマンも請け負っているしな。
一通りキャバ嬢たちのポートレートを撮った名前は持参しているタブレット端末で編集を始めた。
いくら開店前の店内とはいえ、堂々と席に着くのは抵抗があるとは言っていたが慣れてきたのかキャバ嬢に勧められるまま近くのソファーに腰掛ける。
長い前髪が表情を隠し、ただでさえ読みにくい表情がさらに読めなくなる。

「出来はどうや」

後ろからタブレット端末を覗き込むように身を乗り出して言えば、ちらりと前髪の隙間からこちらを一瞥すると「これから仕上げます」と抑揚のない声で口にした。
このままだと余計に顔が見えんわ。
隣に回り込むように移動し、腰掛ければ少し身を引かれる。
綺麗に整えられた指先がタブレット端末の画面を撫でるように動くのをなんとなく目で追った。
淡い色が爪を彩っているが、あまりにも自然な色で一瞬本当に塗っているのかわからなくなる。
しばらく名前の指先をじっと見ていると、困惑したような表情で俺を見ていることに気づいた。

「あまり見られると集中できないんだけど……」

「俺なんかの視線で?」

「はい、翠石さんの視線痛いんで」

……少しはオブラートっちゅうもんをな、な?
綺麗に撮れている写真が名前の手の中でさらに綺麗になっていく。
世の人間は加工だなんだと言うんだろうが、名前の加工は被写体である人間の良さをさらに引き出すような加工の仕方だ。
いや、そんな詳しくないからわからんけどな。
こんな俺でもこいつの撮る写真が綺麗だってのはわかる、わかっているつもりや。
手早く全員分の写真の加工が終わると名前は深く息を吐いた。
タブレット端末をスリーブさせると大きく伸びをし、それから俺に向き直る。
じっと見つめたかと思うと、おもむろに手を伸ばした。
ひや、冷たい指先が俺の目元に触れる。
名前からこんなアクションはなかったもんだから動けずにいると、目尻を撫でるように冷たい指先が往復した。
な、なんや……

「……翠石さん、アイシャドウ少しよれているから直そうか?」

「あいしゃどう」

まさかの申し出に思わず鸚鵡返ししてもうた。
……なんて突拍子もない……
固まる俺の様子なんてお構いなく、ショルダーバッグから化粧ポーチを取り出してひとつのアイシャドウを手に取る。
四色の中には俺が好んで引いている色も。

「……誰にでもそう声かけんのか」

「いや、被写体には声かける」

「被写体」

「翠石さん、この後翠石さんのポートレートも更新してくれって女の子たちに言われているので」

あ、そういう……
慣れた手つきで俺の目元にチップを滑らす名前の言葉に心のどこかで落胆した。
けれどこう真正面から顔を見られる機会ってないからなァ……
まあ、ある意味では──

「役得っちゅうか……」

「はい、直し終わりました」

少し得意げな柔らかい表情。
いつも見にくかった顔を見られたと思ったら、俺の落胆なんて些細なことか。

2023年7月28日